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薩摩のコーヒーぼっけもん達

3月4日の南日本新聞に、珈琲文化学会 鹿児島支部 通称 「さつまコーヒーぼっけもんの会」 会長の飯田敏弘先生のコラムが載っている。観光が専門ということで、奄美にもよく足を運んでいらっしゃるらしいが、私はまだ 島では会っていない。鹿児島での会合に出たのはもう10年以上前、懐かしさに読み行くと コラムの内容は喫茶文化について。まだコーヒーの周辺について大いに興味をもって 探求しているようだ。
名古屋のご出身 冒頭の 家族「今日何処の喫茶店 行く?」と会話を交わしているのが 喫茶店。 という話は 1996年 最初の珈琲文化学会 鹿児島大会でも披露していた。名古屋では 喫茶店で モーニングを、とってから一日が始まる 、らしい。すごい と思った。今では 全国に知られた 名古屋 モーニングサービスの実情。驚くこともない。
記事中 琥珀亭の濱田さんの事が出ている。でも、廃業したと記されている。体調壊されたのだろうか。姶良から 鹿児島市内へ週2回 配達に出かけていたが、この 琥珀亭 マリアッチ、茶楽亭によく 寄っていた。茶楽亭も、大病を患ったと聞いた。店名も 蜻蛉に変わっていた。皆 自分のコーヒーに自信を持ていた。支部の会合では 持論を曲げぬ者たちばかりで、激しいやり取りになることもしばしば。あの頃の 情熱を今でも 持ち続けて励んでいるだろうか。飯田先生には是非会って 鹿児島のぼっけもんたちの今を 聞いてみたい。
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舞 誕生日

34歳の誕生日 鹿児島に帰ってきているという ふありさんから メッセージが来た。自分は うれしくなーい「30歳過ぎたら誕生日なんかうれしくなーい」なんて、言ってるけど 舞の事は祝ってくれている。なにしろ 舞は 25歳の姿のまま みんなの記憶に出てくるのだから、「おめでとー」って言いたくなるのか。生きてたら うんと奇麗な姿になっていた ってことはないだろうから。なんて 舞ごめん!
どんな34歳になっているか?相変わらず 騒々しいくらいの元気だけは 健在だろう。
みんな 舞の事 憶えてくれているよ。そして 連絡くれる。お父さんに 幸せ。舞18


クラリネット あの曲にあこがれて

クラリネット 落札 2回目。ヤフーオークションでいとも簡単に。毎日づっとオークション出品クラリネットを探し続け、「確かなものが、手ごろな値段で入るかも」と、思えば入札していたが、落札ならず 連敗。
半ばあきらめ、今度はエレアコギターに挑戦と、目標を変えたら、偶然見つけた クラリネット YCL250 画像見る限り 奇麗 新しそう。何と 入札終了15分前、安い!と、入札。多分 自動入札した誰かがもっと高額で落とすだろうと、期待薄でいたが、意外にも、続く入札がなく、「おめでとう あなたが 落札者です」の、表示が。
昨年 得た クラリネット と、ほとんど変わらぬ金額で、より 性能の良いものが手に入った。出品者は沖縄在。2日後にはとどいた。
で、前の 楽器は?というと なかなか 音が出せない。2回 落下させたことあり。見た目には変わりなく、私がヘタだからなんだ。と、いじけながらも、お腹が痛くなるほど、力んで吹いていた。それが 新しい楽器では いともスムーズに出る。高音も 低音も クラリネット特有の広い音域 柔らかな音色。うれしくて、他の楽器ちと休憩。クラリネットばかりに集中。その目的 目標は、「鈴懸の径」を演奏する事。これが昔からのお気に入り。ベニーグッドマン より 鈴木章治。譜面はある。やってみた、難しい!
以前 当地 アマービレ楽団のクラリネット女史に、教えを請おうと、願ったが、あっさり拒否され、ならば 「鈴懸の径」を聞かせてと要望したが 「知らない」と。彼女なら 譜面があれば何でも吹けるのだが。でも 譜面通りにしかやらないだろうな。それに この曲はデュオでやるものだ。やってくれる二人を頼むなんて無理。とりあえずは私が頑張ってみるか。そして 多重録音に?そのうちジャズクラリネットを趣味にする誰かが現れるかも。


青春の輝き

先月 奄美高校吹奏楽部の定期演奏会で、1,2年生と顧問教師が 引退する3年生のために演奏した曲。
カーペンターズの「青春の輝き」 H先生のオーボエ演奏に うっとり 引き込まれ、この歌にはまってしまった。
カーペンターズは 70年代 毎日のように耳にした、我々の世代にとっては、単に懐かしいだけでなく、今でも心に響く歌だ。私のお気に入りは、「クロス トゥ ユー」と「スーパースター」 この曲はもちろん知っているけど それほど注目してはなかった。
それが あの 高校生たちの演奏を聴いて以来、頻繁に口ずさんでいる。なるほどタイトル通り、あの 輝いてた時 を、よみがえらせる曲だ。
youtubで 探して聞いていると、ある 日本人のうたに、出会った。今度はその歌手に はまっている。安定した歌唱。カーペンターズのカバーを専門にしているのか? カレンよりうまいんじゃないか、その名はSinonとある 壇蜜に似てるかな。知らなかった。


舞の7回目の命日。
今年も 墓参りをしてくれた 姶良の晴香さんからメッセージが届いた。天候が荒れてる中 3人の子供の手を引いて「舞ちゃんに会いに行こう」と、出かけてくれた。8年前のあの夜。もう 最後だと彼女に連絡をして、オートバイで駆けつけてくれた彼女が 病棟の入り口についたとき 舞は息を引き取った。直後 部屋に来てもらった彼女は、舞の横で泣、き崩れていた。間に合わなかったことを、悔やんでいるとは聞いたことないが、無念だったのでは。もう少し早く連絡できていれば。
翌日 仮通夜..。 前日残業で 連絡がついたのが遅かった 佳那さん 入院中、外出許可をもらってお母さんに抱えられながらやってきた愛美さん 指宿から駆けつけてくれた香織さん 島からも古仁屋の美菜ちゃん 舞とは高校で一緒だった身重の千菜 中学での大の仲良し 佳奈子さん 3人は進学した 国際大 音楽科の同級生 この仮通夜が久しぶり再会の場になった。そして住んでた出水の仲間たち。この仮通夜、次の日の通夜 翌日の葬儀にも大勢で来てくれた。水俣や 川内で舞が親しくさせてもらってたご家族も、遠路を来てくださった。 通夜の時は 中学の同級生たち。葬儀の時は高校の多くの同級生たちが火葬場まで付いてきてくれた。最後の食事の儀は 親類の分しか用意してなかったけど、舞のためには、この友人 同級生たちと 共にすべきだった。49日の法要には 鹿児島にいた晴香さんが出席してくれた。舞が幸せな時を過ごすことができたこの人たちのおかげであること、ずっと感謝している。
あの 最後の日 元彼のゆう君が たまたま 来てくれてた。既に意識を失てるかのような無反応の舞の手を取り 励ましてくれた。
その時は、二人 恋人どおし戻っていたのかも。「ゆうくんは、誰かしっかりした人がついてないとダメ」 舞が言ってた。ゆう君 いい人見つけて幸せにやってるかな。舞も 彼方で、願っているよ。