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珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

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街の有名自家焙煎珈琲店が、コーヒー豆の卸をやめたらしい。それで、喫茶店からの問い合わせが、多くなってる。私の珈琲を使うようになって、売り上げが増えれば、ありがたいことだが、実際は困っている。かの珈琲店、当地では最も早く、自家焙煎を恥じ寝た店。1970年代初めだったと思う。店主だったご主人は、他界されたが、奥様が引き継いだ。「苦味礼賛」の人だった。この言葉は 東京吉祥寺 もか の標氏が著作に使った言葉だが、かのご主人、バッハグループで、修行し、やはり苦味礼賛の人だった。確かに苦味の中に甘みを、感じる美味しさはあるが、酸味も、美味しい 甘酸っぱさにも評価を出してるのが 私の考え。もちろん 深煎りにした苦味の珈琲もあるが、あくまで 本来の性質に因って焼いている。苦味が特徴ならそれが強調されるよう深く。酸味が個性の豆は 浅煎りで、酸味が感じられるように。
さて この店の珈琲を長く 使っていたひとたちは、その強烈な苦みに親しんでいる。わたしにも 同じタイプの珈琲を要求する。既に私が商品化している フレンチ または、イタリアンのローストのブレンドで、納得してもらえれば、問題ないが、やはり 同じにはならない。従って 新しいブレンドを、要求する。単独焙煎豆の掛け合わせでできればよいが、混合で深煎りを要求されると、大変だ。

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駅伝大好き人間、独り言

駅伝シーズン到来!
先月末から、「出雲大学駅伝」「実業団女子プリンセス駅伝」「全日本大学女子駅伝」と、続き 今週末は「全日本大学男子駅伝」
各 都道府県では、都大路を目指す、高校駅伝の地方予選会。来春まで続く駅伝レースの各々 みな楽しみ。
そんな中 シーズン初めに起こった出来事に メディアが騒々しい。プリンセス駅伝での這って中継点まで進行した選手に関する件。「どうして辞めさせなかったのか」という意見。私の意見は「あれでよかった。」無事たすきは繋がったから。
選手が走れなくなった地点から、目指す中継点は見えてたと思う。行けると思えば這ってでも。たすきを繋ぐのが使命 駅伝を走ってる選手ならそう思う。強制的に棄権させられたら、悔しくて それこそ死にたくなるかも。ちょっと 表現が過激になってるけど、過去にそういうことを口にした選手もいた。見守ってた競技役員はかつて選手を経験してたんじゃないだろうか。箱根駅伝などのテレビ中継でも、繰り上げスタートになってしまった 選手の 無念の様子が映し出され、「何としてでも このタスキを次の人へ」という強い意志があったことが伺える。それゆえ 今回 無事たすきが繋がったことにほっとした というのが私の感想。できればたすきを受け取った次走者が、よかった と、笑顔でいてくれたら、当該選手も嬉しかったのでは。
ただ このトラブルの原因が、この選手の最初の中継点でのミスが、起因してる可能性は大きいと思う。上位でやってきた チームメイトを見逃し、たすき受け取りが遅れ、タイムをロスしてしまった焦りから、無理をしてしまったのではないか。ケガから復帰できて間もないという事だった。余裕をもってスタートし、体の調子を伺い、中盤からエンジン全開の予定が、最初からエンジン全開にしてしまったのでは。あくまでわたしの予想だけど。
もう一人 先頭を独走しながら、倒れた選手は、途中から明らかに様子がおかしかった。手の振りが前でなく上に向かってる。テレビ中継のアナウンサーが「コースを間違えました」なんて言ってたが、意識が朦朧としてしているのは明らかだ。こんな場合は直ちに保護すべき。ドクターストップの制度など今後検討する必要はある。昨年も ゴール手前で倒れた選手がいた。10月のまだ暖かい時期の開催。距離の短縮のなど コースについて見直しも。区間新記録とか、難所でのデッドヒートが見どころとか、コース変更にはハードルが高いが、選手を守るという意見が噴出している今、いい機会では。
私の思い出を、一つ。与論町の選手として、1986年の大島地区駅伝大会に出たときのこと。コースは沖永良部島一周 最長の10.4キロを任された。チームは私がたすきを受けた時点で最下位だった。前の和泊Bチームとは300mの差 最初は何とか追いつこうと気力を持ってたが、そのうち姿が見えなくなった。それからは淡々と、前を目指すだけ。監督からは「安定したいい走り」なんて声かけられて、気分良く走ってたが、中継点が近くなってから、「もしかして 繰り上げで 行ってしまったのでは」と、次走者の事が気になり始め それからは必至で走った。淡々とした走りだったから、余力はあった。だったら 初めから全力出せ と、言わそうだが、息絶え絶えのごとく頑張って、まだ待ってくれている次走者が目に入ったときは、さらに漲った気力で、全力疾走 中継点で見てた人は「すごい 早い」と、思ったことだろう。 私も チームも最下位だったけど。なんだか 爽やかな気分でいられた。
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喫茶をしていた頃、ケーキと飲み物しかないメニューから、「趣味でやってる?」「遊び半分ね」と、言われたことがあった。喫茶店は食事をするところと 思っているようだ。こっちは コーヒーのプロ だと自負しているから 腹が立ったものだ。
もとは 「好きな音楽を聴きながら、できる仕事っていいなぁ」 と、学生時代に考えたのが、喫茶業をめざしたきっかけだ。趣味も兼ねてるといえば そうかもしれない。ただ 営業中は、店内でかかってる音楽など、聴いてる余裕はない。自己所有のレコードやCDを、自分でセットして流していたから、みな 知っている曲、聞いたことある曲るだから、特に気に留めることもなかった。お客さんから問われれば「レコードジャケットを見せたり少々の説明をすることはあった。喫茶に音楽は必需ではあったがは、ジャンルさえ決めておけば、何でもよかった、誰の何の曲かは、重要じゃなかった。
今は、喫茶ではなく 小売業。作業の時 音楽を流す。ジャズのリズムだと、効率よく作業が進む。体力を使う、焙煎の時など、軽快な音楽は、疲れを忘れさせてくれる。最近 レコードもまた聞き始めた。こちらは 仕事に差し支える。懐かしい 昔の名盤は、聞き入ってしまって、手がとまる。
昔も今も 趣味は音楽だ。アルトサックスをまたやり始めた。ギターは 手が空けばつま弾いてる。最近 シンセサイザーも購入。ン十年しまってた トランペットを出してみた。いったい何をやりたいのか?吹奏楽団の人に楽譜の読み方を教わるようにもなった。
仕事しながら 趣味を楽しんで なんて素敵な毎日。。DSC01358.jpg
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さて 焙煎始める前にCD用意。DSC01310.jpg
 今から聞くのは、レイ ブライアント、チャーリー パーカー、ハンク モブレー、ローランド ハナ、ケニー ドリュー、グラント グリーン。
ジャズを楽しむ時間に、焙煎を

楽譜と演奏に関して、勝手にひとりごと。

「楽譜というのは、作者(作曲者 編曲者)の、意図を,符号 記号を使って表したもので、演奏を目的にしている」そうだ。「演奏しながら読む」ともある。
突拍子なく 楽譜の話を始めたが、最近 知り合った、吹奏楽団のひとたちが、楽譜 つまり 譜面から、曲のすべてを読み取り、各個人それに従い演奏することで、見事な重厚な音楽を作り上げることを、目の当たりにしたから。一緒にやらなくても、それぞれが譜面に従いパートを習得すれば、全員で演奏するときには、見事に調和した演奏に完成させることができていた。この驚きから。
最初のところはわからない。楽譜の音符 一つ一つを確認しながらの、時間をかけた作業だったのかもしれぬ。でも多分 楽譜を見ることに慣れている、というのはわかる。ギターコードなら私も慣れている。でも知っている曲でないと、それは意味を持たない。五線紙に並んでいる、音符からメロディーとリズムと音の強弱とか、おもな曲の要素を瞬時に認識できるようになるには、どういう鍛錬と、どれほどの時間をかけたのか。未経験の私には驚きでしかない。彼らが専門的に、上級学校で学んだのではなく、中学 高校の部活動でそれを習得し、今は 基本的には趣味の領域で継続演奏している ということも、また、同様である。
さて、楽譜を読んで 音楽を作る能力を、たたえてきたが、逆の不思議もある。演奏をリクエストしたとき「楽譜がないから無理」と、返事が来る時だ。知っている曲なら、当然演奏できると思ている素人には、こちらも不思議。
おそらく楽団員は、他の数人と、合わせた演奏だから、音を合わせることが前提、そのために、譜面通り が、絶対で、譜面を見ながら奏でるのが常識だろう。私がギターや他の楽器を使い単独で、あるメロディーを奏でる。ところがそのままでは、レコードされたもの聞きながらやろうとすると、会わない。合わせてみると、メジャーだと思ってた曲が マイナーだったこともある。私の場合、楽器は玩具と同様。遊んでいるだけ。
でも 楽譜にこだわらず、真に楽しもうという音楽も大好き。これまで沢山聞いた、ジャズのライブは譜面なんて持ってなかった。その場で観客にリクエストさせ、その曲の出だしを、ピアノが奏でると後のプレーヤーはそのキーを読み取って、展開していく、アドリブ演奏なんて、ほんとに聞き入っていた。先々月ここのライブハウスであった、Dsを後輩が務めるセッション専門バンドも、その場で客席から、ひとを呼び上げギターの最初の指のポジションを、みせてくれたら、それに合わせますという、これぞプロ、という人たちだった。ジャズと言いながら ずっと 譜面を見ているバンドもいる。ソロの時も譜面から目を離さない。アドリブじゃなく楽譜通り弾いてると、思うと、楽しさ半減。昔、見たジャズコンサートで、ボーカルにスポットライトが集中して、他が暗くなった時、ピアニストが慌てていた事がある。暗くて譜面が見えないらしい。観客席から失笑がおこった。ボーカリストが途中でピアニストのために。「あかりをください」と訴えた。台無しである。
楽譜を忠実に演じる、音楽も素敵だと思う。先日当地で会ったアマービレ吹奏楽団の、コンサートは、感激した。彼らの活動が、応援したくなるような、素敵なものだったので、私、勝手に応援団をなのり、団員から「応援団長」「と呼ばれたりした。私がサックスを持っていることから、誘われたが、私が彼らと同じように譜面に精通するには並大抵んことではない。そのうち老人になって、楽器が持てなくなってるかも。ひとりででも 楽しむ音楽でいい。そっちが好き。面倒を逃げてる、といえばそうだろう。
吹奏楽も聞いてて楽しい。演奏者も楽しいと言ってる。譜面に集中してて 生真面目風。楽しさが伝わらない時もある。
次の動画。高校生の演奏、ジャズの名曲「鈴懸の径」 すごくうまいと思う。でも 先生に言われた通り吹いているのではと、思う。



変遷 顔と体型

SNSに嘗ての写真(まだ 肥満じゃなかったころ)を、載せたところ、「誰?」「全く別人」と、コメントが寄せられた。その頃を知らない、近年から付き合いだした人には、同じ人物とは見えないようだ。目も、耳も 髪型も変わってないのに。ただ 輪郭が。細面が、円くなってる。久しく会えてなかった昔の知人に偶然会ったときも、気付いてもらえない。これは今の私が。家を訪ねて行った恩師に、その場では全く気付いてもらえず、あとから 電話で「川元 お前は痩せとっただろ」と、おそらく卒業アルバムでも見たのだろう、やっとわかった旨 知らされたこともあった。4年前 熊本の中学の同窓会に行ったときは、皆に直ぐ名前を呼ばれた。事前に私がくることが知らされていたからだろう。44年ぶりの再会という者がほとんどだったが、逆に顔は憶えてないけど、見慣れない あいつが川元だ と。大学時代 一緒にコンサートに行ったことのある、先輩女子。初対面のつもりで1年たって、その人だと教えられた。彼女「だって 川元君痩せてたじゃない!」こっちだって言いたい。「そっちこそ」さすがに言えなかったけど。昔には戻れない。中学時代 大学時代、20代 その頃の私を知ってる人、今 こうなってます。
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中学3年           大学3年               20代前半           20代後半

      そして今
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