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舞の7回目の命日。
今年も 墓参りをしてくれた 姶良の晴香さんからメッセージが届いた。天候が荒れてる中 3人の子供の手を引いて「舞ちゃんに会いに行こう」と、出かけてくれた。8年前のあの夜。もう 最後だと彼女に連絡をして、オートバイで駆けつけてくれた彼女が 病棟の入り口についたとき 舞は息を引き取った。直後 部屋に来てもらった彼女は、舞の横で泣、き崩れていた。間に合わなかったことを、悔やんでいるとは聞いたことないが、無念だったのでは。もう少し早く連絡できていれば。
翌日 仮通夜..。 前日残業で 連絡がついたのが遅かった 佳那さん 入院中、外出許可をもらってお母さんに抱えられながらやってきた愛美さん 指宿から駆けつけてくれた香織さん 島からも古仁屋の美菜ちゃん 舞とは高校で一緒だった身重の千菜 中学での大の仲良し 佳奈子さん 3人は進学した 国際大 音楽科の同級生 この仮通夜が久しぶり再会の場になった。そして住んでた出水の仲間たち。この仮通夜、次の日の通夜 翌日の葬儀にも大勢で来てくれた。水俣や 川内で舞が親しくさせてもらってたご家族も、遠路を来てくださった。 通夜の時は 中学の同級生たち。葬儀の時は高校の多くの同級生たちが火葬場まで付いてきてくれた。最後の食事の儀は 親類の分しか用意してなかったけど、舞のためには、この友人 同級生たちと 共にすべきだった。49日の法要には 鹿児島にいた晴香さんが出席してくれた。舞が幸せな時を過ごすことができたこの人たちのおかげであること、ずっと感謝している。
あの 最後の日 元彼のゆう君が たまたま 来てくれてた。既に意識を失てるかのような無反応の舞の手を取り 励ましてくれた。
その時は、二人 恋人どおし戻っていたのかも。「ゆうくんは、誰かしっかりした人がついてないとダメ」 舞が言ってた。ゆう君 いい人見つけて幸せにやってるかな。舞も 彼方で、願っているよ。
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吹奏楽 私的 一考

奄美で活動する「アマービレ吹奏楽団」に、入りたい と、思っていた。つい数日前まで。団員たちとはかなり親しくなっている。
自称応援団長として、いくらかの手伝いはできていた。前の団長らと飲食店で会話したとき、勧められ 練習方法などについても 親身になって教えてくれた。長く手に取ることのなかった、楽器をまたやり始めたきっかけは、彼らのコンサートや練習をみせてもらった事だった。練習会場に頻繁に出入りし、団員を捕まえては問いかけアドバイスしてもらうことを繰り返して、半ば団員に近い存在のつもりでいたのだが、動画を撮ったことを咎められ、言われた、「団員でもなんでもない人」という口撃に、怯んだと、同時に覚めた。言ったひとの意見が団の総意ではないだろうが、そういう意見の存在で、少し冷めた思考に戻れた。
吹奏楽、好きだけど、聞くのは楽しいけど、自分でやるのって 好きだろうか?元来 完全個人主義のわたくし。やれるだろうか?
楽譜には 単音の音符が記されている。何もない小節もある。メロディーになってる小節もいくらかはある。主旋律がずっとあるわけではない。演奏を聴きながら譜面を見ても 今、どこをやってるのかわからない。曲は長いのに、譜面はA4に紙一枚だったり。ん、と思ったら 音符のない小節に4とか7とか数字がある。これ、4小節休み 7小節休み ほかの人たちが演じますからあなたは休んでなさい ということのようだ。譜面が短いのは私が普段やってる ジャズなんかは テーマ数小節 あとアドリブだから、もっと短い。違うのは ジャズはご自由に 吹奏楽は 決められたとおりに。しかし 決められたとおりに というのが私には頗る大変なように思える。アドリブでやれば、と思うことも 譜面を忠実に演じる。そして 完成された、作品。演奏を完結した後の団員たちの晴れやかな、満足そうな顔を見れば、素敵なことなのだとは 想像できる。おそらく練習を重ねた結果でなしてることだろうが、私には彼らが特殊な能力を持ってるようにしか思えない。
逆に譜面の存在が必至でもあるわけだ。カーペンターズのメドレーはやるがビートルズはやらない。楽譜があるかないかで決まるらしい。高校生がディープパープルのメドレーを演奏する。我々には懐かしいが、高校生や現役教師には馴染みない筈。楽譜がちゃんとあって、吹奏楽では有名らしい。ただ 一般には全く知られてない曲が、コンサートの中心に据えられていたりする。今月末のアマービレのコンサートでは「道祖神の詩」「SEDNA」という難しそうな曲をやるが、吹奏楽コンクールの課題曲に選ばれたりした有名曲らしい。吹奏楽団員にとっては。一般のほとんどの人はしらないだろう。こういう曲をやることが楽団のプライドだろう。
どんな曲でも譜面があれば演奏できる やはり 吹奏楽をやる人たちの特殊な能力に思えてしまう。これが学校で吹奏楽部員だったことで得られた能力と思うと、経験の大きさはすごい。
アマービレ吹奏楽団の人達についていえば 全員 仕事を持ちあるいは子育てをしながら、寸暇を惜しんで練習に励む。自己を高める努力を続ける。「入ったら教えてもらえるだろう」なんて 私の考えが甘かった。
あえて言わせてもらえれば 団員募集の広告には「経験者」の条件を付けるべきでは。


独裁政権とは、愚かで 弱虫な、主が身を守るのに躍起になってるもの。

中国の民主化運動が弾圧された 天安門事件は、私が勤めを辞めたときだっだ。
ということは、あれから 30年。今 香港が民主化の危機に陥り、抗議デモが、頻発している。整然とした抗議活動から一転、議会場を占拠する激しい活動の集団が現れてしまった。これが 中国の武力介入の口実にされはしないか?憂慮される。
NHKの特集で知らされた 天安門事件の真相。鄧小平はデモを 趙紫陽を、失脚させる手段に使った。天安門事件も最初は穏健な学生達の行動だった。「そろそろ試験が始まる時期 デモを終えて大学に戻ろうとしたとき、人民日報に 動乱 と、決めつけた記事が載った」 これで、学生たちも引き下がれなくなった。学生や市民の信頼を得て人気のあった、趙紫陽が、北京に不在だった機を狙って。戻ってから 学生らのもとへ出向き謝罪し、政権には動乱 との決めつけを撤回するよう求めた趙紫陽に対し。李鵬らほかの政治局員たちが反対し、趙紫陽は失脚した。国民に人気のNO2を怖がった鄧小平のために1000人近いいのちが奪われた。
古くから 毛沢東が 林彪にぬれぎぬを着せて 結局命まで奪ったように 中国のNO2は 度々強引に失脚させられている。トップの臆病ゆえに。
独裁者が権力を強化する。おのれの利益を守るため。それは他人が怖いから。能力あるものにとって代われるのを恐れて。独裁国と言われた国で頭角を現してきたものが突然汚名を着せられ処分される。マレーシアで、北朝鮮でも。ホロコーストは世界で優秀な民族と言われた、ユダヤ人に勝てっこないヒットラーが怖くなってくるってしまった結果。カンボジアのポルポトは、優れた教育を受けた者たちがいては自分の勝手はできぬと狂気の殺戮を繰り返した。
すなわち 独裁者とは、身勝手で 臆病で、弱虫で、愚かな人間。

「竹内まりや 駅 」を聴いて 思う。

竹内まりやの「駅」に、はまってしまった。
日曜日、テレビ 関ジャニ 竹内まりや特集を見てから。大阪 天王寺野音での春一番コンサートで、センチメンタル シティーロマンスのバックコーラスをしていた デビュー前の彼女を見たのが1974年だったかな。そのすぐあとデビューしたが、いきなりアイドル的な人気で、私としてはそれほど興味は持てなかった。
数年前に出た 「人生の扉」には共感できてたが、私の中でクローズアップされたのは、数か月前。NHKSONGSの中で、名瀬小学校の子供たちとの交流が取り上げられて事。イベントで 彼女の「いのちの歌」を、合唱する5年生に、竹内がメッセージを贈り、応えて子供たちも 手紙をしたため送った。このエピソードを知ってから。
この「駅」に関しては、ジャズにアレンジしたものを、CDで、聞いていたので、曲は、馴染みのものであったが、歌詞をしっかり認めたのは初めて。番組では最後にある歌詞「このまちに ありふれた夜がやってくる」について竹内の「どうしようもないことがある」という解説を伝えていた。思い浮かんだのは森高千里の「渡良瀬橋」西島三重子「池上線」。でも、番組でその前に取り上げた「元気を出して」が頭に残ってた私が思うのは、主人公の次のセリフは「まっ いいか!」そうすると 映画「ジョゼ虎」の最後のシーン 「風と共に去りぬ」の最後のセリフに、行きつく。
これより印象に残った歌詞が「なつかしさの 一歩手前で こみ上げる 苦い思い出」。そう あったあった 「あの一言がなかったら」「あんな手紙出さなきゃ」って思う事いくつか。
こうして思い耽ると 「私も 年を重ねてきたんだ」と感慨しみじみ。
番組で見た2000年の武道館コンサート。後ろで 山下達郎がギターを弾いている。ピアノは天才 難波寛之 最後のアルトサックスソロは、ジャズ界のレジェンド 82年には奄美でも演奏してくれた土岐英史。すごいのをみたような。
竹内まりや 駅 2000年武道館ライブ


奄美市の成人式は1月3日。午後3時半から ということは、箱根駅伝見てから 出てくるのかな?と、思ったが、これは、市長や教育長の都合らしい。奄美市は 3つの市町村が合併してできた。3つのそれぞれの地区に市長が出席するために、住用地区は午前 笠利は午後早い時間 そして名瀬地区が3時半ということに。市長 教育長 そのお供 南へ 北へ 大変だ。
開始時間前 結構な数の青年たちが集まってきた。きらびやかな晴れ着、大島紬を纏った者、テレビで見てた派手な色の袴 羽織 髪型の男も。そしてその親たち。会場まで送ってくるのはわかるが、一緒に会場に入るのは、私としては腑に落ちない。最も 私が考える、20歳まで育てえ貰ったことえの感謝を親へ伝える儀式として成人式をとらえるなら、納得なのだが。
この大きな行政庁が主催する事にも 疑問がある。小さなコミュニティーなら、素晴らしいと思うのだが、せめて学校区単位でいいのではないか。
会場に来た青年たちは、受付をして 記念(にはならないと思うが)の、封筒を貰う。中身は、選挙広報 や、マイナンバーカード推進のチラシなどが入っている。