店主の気ままなひとり言
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亀の名は「ある吉」

友人の引越し準備で、粗大ゴミを捨てに行き、処分場で水槽が何個もあるのを見つけた。管理人に「貰ってもいいかと」たずねたところ「水が漏るかもしれんが要るんだったら 持って行きなさい」とのこと
熱帯魚を入れていたと思われる横60cmくらいの水槽1個貰ってきた。
亀を入れるのだ、6年前、人の親指の先ほどの大きさの緑亀を買ってきた。200円くらいだったと思う。それが 成長して 体長20cmくらいになっている。成長するに従がって、入れ物も大きいのに変えてきたが、今のも 亀の大きさが水槽の広さの半分程になり このままじゃ亀が運動不足になってしまうと 思っていたところで 丁度よかった。水槽が大きくなると水替えのとき重くて大変だが、せっかく手に入ったのでしばらくは これを使って、かめにもこれ以上大きくならないようお願いして、長く使えたらと思う。
この亀いつの間にか「ある吉」という名前が付いていた 私は知らなかったが
娘達がつけたらしい。
家庭訪問でかめを見つけた先生が「なんと言う名前」と娘に聞いたら
「ある吉」と答え、「どうしてその名前を付けたの」との問いに
「歩くから!」、先生が唖然としていた表情を今も思い出す
その先生の指導で「ある吉」のことを、書いた作文が 町の文集に載った
多くの人の目に「ある吉」という名がとまったと思うが 皆 どういう意味だろうと不思議がったに違いない。
亀は 長生きします 50年60年生きるらしい 私達親は亀より長生きできないかもしれないから 娘には、あと50年しっかり最後まで面倒見ろよと話している。
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中体連の県大会がはじまり、娘が所属している卓球部の先輩を、応援しようと
鹿児島市松元へ、
窓を閉め切った体育館は、居るだけで 汗だくに。
こんな環境でやる卓球というスポーツ 以外と過酷なんだ 応援するほうも
熱が入ると立ち上がって拍手して。みんな 顔中汗だらけになっている
娘の先輩達は、男女とも健闘したが 決勝リーグに後一歩のところで敗退してしまった。彼らに関しては卓球が強かったというだけでなく 試合時のマナーの良さ、普段から下級生に対しての 思いやりの篭った指導などすばらしく、
ぜひ 娘達 1、2年生達には見習って欲しい。
結局 上位に入ったのは 地域に卓球のスポーツクラブが有り そこで 小さい頃から 卓球に親しんでいた子ども達がメンバーの中学校だった。
今月はじめに霧島市であったジュニア大会でも熊本から来た 小学生のクラブが中学生を圧倒して優勝した。キャリアの長さが年齢なんかよりものをいった
3年間の部活動の最後がついに来てしまった3年生は 涙を流して感情を表していた。それだけ 一生懸命 精一杯 やってきたからこその感動だろう。
わが娘も 下手ながらも休まず部活に通っている 私も 休まず続けなさいと励ましている しかし 父には、娘には話せない過去がある 中学でバレーボール部に入ったが2年でやめてしまった 高校はハンドボール同好会 ぜひ 正式な部に昇格させようと 頑張って 1年後 部にしてもらえた 目的が達成されたからじゃないけど 練習に出なくなった 社会人 ソフトボールチームに入り ナイター練習 日曜の練習 欠かさず参加していたが そのうち
試合後 練習後の飲み会が目的に変わってしまい 練習は適当に大会参加だけ盛り上がり その後の 反省会 つまり飲み会はもっと盛り上がり、ソフトボールチームは酒飲みの集まりになってしまった
その後 町の陸上競技連盟に入って 長距離走をしていたが 選手だったのは3年だけ あとは、審判員になり 試合には口だけで参加した。
以上 私の 中途半端な スポーツ歴。
娘はこういう父親は見習わず 最後までやり遂げる感動を味わってもらいたい
 


今ごろ気付いた勘違い

ラジオを聴いていて、流れてくる歌を一緒に歌いながら、「あれ! そおだったのか。」「ええ!そおいう意味だたの」と気ずいて笑ってしまった。
その歌は 「いつでも 夢を」 橋幸夫 吉永小百合のデュエットで知られているあの歌。私は 20数年前 兄の結婚式で歌ったこともあり わりと
馴染んでいた歌なのだが ずっと勘違いしていた
3番の最後の方の歌詞 「あの娘は、帰る 歌声で」と思っていた つまり 歌いながら 家に帰るんだ と思っていた。
その前の歌詞 「悲しい涙を うれしい涙に」から 続いているとは 知らなかった 帰るじゃなくって 変える
だったんだ。この歌詞の部分を、あまり気にしたことはなかったし 兄の結婚式でも 時間がなくて 3番は歌ってない筈だ。とにかく 初めて聞いたのがいつかはわからないが何年もの間勘違いしていて やっと今ごろきずいた。
以前 NHK FMで 渡辺 徹が司会の「おしゃべりクラシック」という番組でこういう歌に関する勘違いを紹介していた。アニメ 巨人の星 でテーマ曲 「思い込んだら」の場面で画像は 主人公が重いローラーを引いている
それで この ローラーのことを「こんだら」と言うんだとおもってたひとは結構いたらしい また 動揺 赤い靴 の 「異人さんに連れられて行っちゃった」なのに 「いい爺さん に連れていかえれてよかったね」と思ってた人も。 楽しい コーナーで聞きながら笑ってた。
そういえば 近頃、テレビの歌番組は、画面に歌詞を表示する その漢字で
歌詞の意味に気ずいたことがあったあったなあ。時々 邪魔に思えたりもしたけど 本当の歌詞を伝えるために必要だったんだと これも 今気ずいた。

なつかしのフォークシンガー達

土曜日のヨルNHK BSで 五つの赤い風船 40周年コンサートが、放送された。その中で ビクリしたのは、ゲスト出演の 中川 五郎 と斉藤哲夫
ほんとに久しぶりに見た それが 若いのだ 30年前より若く見えはしないかと思うほど。声は昔と同じだ。 風貌がさっぱりした感じになったのかな 
山田パンダ 山本コータロウ 杉田 二郎 大塚まさじ も出てたが 彼らは はっきり年をとった と感じることが出来るが 時々 メディアに出てくるから 驚くことはない。中川 五郎と斉藤哲夫は久しぶりに見て それが若い!というのは、驚きです。
五つの赤い風船は、「遠い世界に」「血まみれの鳩」を憶えている限り忘れることはないだろう、西岡 たかし のソロのコンサートを何度か経験しているので 彼の歌声 には思いいれがある。私が一番好きなのは「花と空」
もうひとつ おもしろいエピソードで、思い出すのは、例の京都の黄昏コンサートで 西岡が、それまで 口ひげを生やしていたのに 現れたかれは、ヒゲがなかった 「久しぶりに ひげのない西岡たかし よっぽど酔ってたんやな」と、彼のコメント。それ以来 こんどは 西岡のひげを見ていない
懐かしいグループ いっぱいいる バズ は、まだやってる ふきのとう は
細坪 は、活動してるけど再結成はないのか マイペース 猫 うめまつり
NSP 浜省の愛奴 一回きりのパフォーマンスだったけど七福神 女性デュオのシモンズ 赤い鳥 ソロでも もうなかなか見れない 中山ラビ 佐井好子 茶木みやこ 森田童子 高木麻早 山崎ハコ 金子マリ そういえば もう 再結成は、不可能だけどナターシャ7とか。 20才前後にコンサートで聞いてたバンドも懐かしい センチメンタルシティーロマンスにはコーラスに竹内まりあ がいた 石田長生のGAS レイジーヒップ 芸大を出たばかりの新人キーボード奏者坂本龍一や斉藤ノブ のいたバイバイセッション。夕焼け楽団
 ソロでも 加川良 高田渉 友部正人 田中研二 岡林信康 こうして思い出すと そのときの コンサートの様子がはっきりよみがえって来る。
学生時代はよかったなー 社会人になってからはもっぱらJAZZにのめりこんでいたが こうして より 昔のことが懐かしがられるのは やっぱり年をとったからかなあ

台風一過

台風一過。朝から晴天。
台風は、南の指宿 佐多岬付近を横切り根占あたりに上陸したらしく ずっと北の当姶良はほとんど被害がなかった。沖縄の惨状を見たら 大変な事態になると心配して備えにはいつも以上に手をかけた とにかく 外には何も置かないように と 屋内に入れるものは、入れ はいらないものはロープで固定
普段の我が家は 駐車場や 庭に いろんなものがおいてある カウンター
が、入り口外にあり その上下に 荷作り用の箱や 中に入れる 緩衝材 紐
以前 店で使ってた コーヒー樽 
庭には、ベンチ いす トレーニング器具 洗って保管してある資源ごみ それに 一番困るのが 焙煎室を改装したときに余った木材 時々 棚を作ったりするときに使うので置いてある。こまごましたのは、ダンボールに入れ 室内へ、材木や物干し竿は倒して テラスの屋根を支えている柱に固定 これで
出来ることは、やって それでも 被害が出たら あきらめよう 
しかし 台風は 姶良に行っても面白くなさそうだ と 北東へ向かってたのを、東北東へ針路変更してしまった。おかげで 大隈半島 宮崎の住民達は、
災難で 気の毒だった。
そして 今朝は 片付け しまう時よりは、簡単だったかな 元の場所へ戻せばいいのだから 強風に飛ばされないように 考えながらしていた時よりは
スムーズにいった。ゴミも結構出た。この際 ゴミと判定したものもあり
ゴミ袋が、2個 粗大ゴミになるのがイスなど ワゴン車1台分かな。
こうして 台風4号の騒動は、我が家では、収束し 次の騒動も近いうちに来るのかな。


台風対策は?

名瀬のペルセンプレから 注文 準備をしながら 台風のことが気になり 船会社に」電話。「本日 欠航が決まりました」と返事。
ペルセンプレへその旨伝えて 「多分明日あさっても 出ないだろう」
いざというときは、名瀬のほかの店から借りてくるということで 私から その店にお願いしておきますと、いうことで了解してもらった。
さて 駐車場の屋根がはがれていて、強風の度にバタンバタンと大きな音を立てる 台風は来たら大変だ と常ずね思っていながら、そのままにしてしまっている。「さいわい 今日は晴れているから 修理は今やらなければ」 
台風は確実にこちらに近ずいている。 
梯子を架け 足場にする材木を上げ ドリルと 固定するための針金を準備して屋根に上がると ポツポツと雨が降り出した。でも準備したし 明日もし風が強くなったらもう出来ないからと。しとしとになった雨の中 ドリルで小さな穴を開け はりがねをその穴に通す作業を、こなして行った。足場の材木が濡れて滑りやすくなり たって入られなくて 膝をついた状態での作業になり
きつくなった。大方 終わらせることが出来、一箇所離れたところに修理が必要なところを見つけ 足場を移動しようかと立ち上がったところ 顔の前に 2ひきの足長バチが。さらに すこし離れたところに 3ひき ちかくに巣があるらしい ドリルの音が刺激してしまったか。
ここは、退散 足場を撤去しながらも私の周りを、直ぐ近くをはちが飛んでいる いつ襲ってくるかと案じながらも、音が立つのは仕方なく このうえは、
一匹くらいに刺されるのは覚悟するか。雨はしだいに強くなり 足場がさらに滑りやすくなってきて 一目散に撤退したいところだが 間違ってもはちの飛行の邪魔をしてはいけないので 慎重に。
何とか無事に 屋根から下りれて、体中汗でびっしょりになっているのにきずいた、雨で濡れているのよりも 中から汗で濡れているのだ。
台風に関係なく 修理すべきところを さっさと済ましていれば こんな冷や汗は書かなくてすんだのに。台風が来るから行った事に蜂が登場 台風と蜂の巣の関係の表れだろうか?

今月の新しいブレンドは、タンザニアのフルシティーローストを、使って
「琥珀ブレンド」と命名しました。
「タンザニアの深煎りを使ってみたら」というのは 天文館、琥珀亭の浜田さんの提案だったからです。
以前 タンザニア キリマンジャロを、間違って深煎りにしてしまったことは、ありました。ブラジルのつもりで釜に投入したけど、出来上がりがどうも違うと思ったら、キリマンを焼いていた。酸味のキリマンを、深煎りには普通しない、飲んでみたら 結構良かった もともと香りはよいから味に欠点がなければ使えると思って、そのときは ストレートで販売した。
浜田さんが、「タンザニアの深煎りは、面白いよ」というので 以前の失敗したキリマンを思い出した。そして コロンビアとエチオピアを加えたブレンドをつくり琥珀のなを使用した次第。上品な酸味」に仕上がりました。もう1つ
グアテマラまで混ぜて苦味タイプのを、作ったが 今あるオリジナルブレンド
とほとんど変わらない味になったので これは。没にし かわりに実験してみるブレンドとして 琥珀ブレンドと同じ豆を使いながらタンザニアとエチオピ
アの割合を逆にした苦味タイプのブレンドを作り セピアブレンドとした
「せぴあ」は、以前私が営なんでた喫茶店の名
琥珀亭にはたまに 顔を出すが、その都度マスターの浜田さんにはいろんな情報を教えてもらっている。コーヒー屋は、だいたい 自分の知識を人に話したがる習性を持つ。が、同業者となると内緒にしておこうと考える場合があるだろうが、かれは、惜しみなく話してくれるのでありがたい。わたしの近くでも
自分の商品を自慢するが こちらが詳しいことを聞こうとすると絶対教えない同業者はいる。浜田さんも以前 「もか」で修行していたときの兄弟子の店だ
焙煎機を見ることを拒否されたことがあるそうだ。
鹿児島のコーヒー仲間はその点人間が大きいというかせこくない マリアッチだって 串木野のパラゴンだって聞けば親切に教えてくれる。
今回ははまださんに敬意を表して琥珀の名のブレンド。


蜂の巣

駐車場の屋根の梁に蜂の巣が!2個も と、思ったら スチールの梁の空洞に
もう1個。5月くらいからよく蜂を見かけたのは、この空洞の中に蜂が巣を作っていたんだ。
こちらが何もしなければ危害は、受けないのでいいんだが 見てるとどうも
気味悪い 車の出し入れで 蜂を刺激しないか なにより 通行人が刺される事態があったら大変だ。やはり 駆除することに。
蜂専用殺虫剤¥899を購入して 蜂が大人しくなる夜を待つ
蜂の巣めがけて薬を発射 とにかく 反撃されたら大変なので いっきに噴射
スプレー缶の半分くらいを一機に使った。十数匹の蜂の成虫が落ちてきた
残った巣を突っつくと幼虫がポタポタという感じで落下。
隣の 永野さんがやってきて 面白い話を、昨年 玄関横の軒に出来た蜂の巣を駆除して 落ちてきた 巣は、そのまま地面に放って置いたら 翌日 残ってた蜂たちがその巣を また軒まで持ちあげたそうだ。
去年も蜂の巣があって2個駆除した 今年は 地面に立ったままで届くくらいの低い位置に作られていた。こういうときは 台風が多い年になるといわれているが、ニュースで 台風4号発生 九州へ向かってくると予想されている
5月に 奄美のお客さんから 「デイゴの花が綺麗に咲いているから 今年は
台風が多いよ」と聞かされた デイゴと台風の関係は知らなかったが やはり
台風に気をもむ夏になるのだろうか?



会社は、人なり

朝日新聞で「M&A時代のカイシャ論}という特集があり、その中で岩井 克人さんが、株主主権万能主義はあやまりだ という 見出しのコラムを書いていて 「会社は、社会に役立つから 人間のように権利を認められた 法人 として社会に認知されている」と社会との関わりを重要視し さらに 消費者
主権の立場から考える必要を訴え そして「買収がどうあれ 会社の命運は、利益の源泉となる 有能な社員を引きつける経営にかかっている」と人間の価値の方が カネを背景にした株主の力より高まっていくと主張している
佐山 展生さんは、「世界でビジネスを展開するにはアメリカの動きを意識しなければならないし 経済の活性化の為には、M&Aの意義は、大きい」とし
今後のファンド役割も確実に高まる、としながらも 大株主となった場合の
社会的責任が大きいこと そして「会社は9割以上社長で決まる。良い社長の下には良い人材が集まる」として こちらも社員という資産の大切さを説いている。機械化が進み 経営事務が便利になっても 消費者 利用者 にサービスを行うのは社員です 顧客の相談を、聞き入れることが出来るのは機械じゃなくて人間である社員です。こういう以前からの社員の役割は、常に 経営の
中心であり、さらに 新しい技術や商品を生み出し 会社を発展させるのも
社員の知識と経験である。


短時間大雨情報

7月5日 姶良町は終日曇り 雨はほとんど降らなかった。
ここ数日 当地もかなりの降雨量を記録したが 災害が発生するほどではなかった。田んぼの冠水は、あちこちで見られたが 指宿や枕崎では相当の被害が出たらしい。それに 姶良郡でも北の方 吉松や栗野当たりもかなりの雨だったらしい。枕崎あたりは降り始めてから300ミリ以上に達しており かなり災害発生の確率が高かったということだ 300ミリの雨とは、それ程にすごい量なんだ。
わたしは、ヨロンに住んでいた1987年に1日で400ミリという雨量を、経験した ほんとにすさまじい雨だった。「短時間大雨情報」という大雨警報より上の気象用語があるのを、このとき初めて知った。10月の初めだったと思う 沖縄国体が、始まった日だった。
日曜日で 小学校で商工会の運動会をしていた 11時ごろ急に真っ黒い雨雲が上空を覆って 暗くなったと思ったら いきなり 激しい雨が降り出した。
ポツポツときて「おや!雨だ」というんじゃなく最初から水の玉が落ちてくるような感じだ。10分後グラウンドは、我々の足首が隠れてしまうほどの水が
貯まっていた。全員体育館に避難した。昼前だったので 皆弁当を広げていたところ 突然ドドドドと音がして 体育館の中に 滝が現れた、屋根の雨水が
細い雨樋で処理しきれぬ間に留まってしまった雨の重さで、屋根が抜けたらしい。
その日 私は、午後の飛行機で沖縄に行く予定だった、タクシーに乗り空港へ向かったが、タクシーは、空港までたどり着けなかった
街から空港ターミナルへは 滑走路の下のトンネルをくぐり抜けた方が近道で
その時も、タクシーはトンネルに向かった 途中に水溜りが見えたが 気にせず 進んで行ったのだが 予想よりはるかに深い水だった タクシーは立ち往生、車から脱出したら おなかの辺りまで水だった。何とか歩いて空港にたどりついたが下半身の服はびしゅびしょ 遅れている飛行機を何時間か待ったが
結局 飛行機は、着陸出来ず、私の沖縄行きもかなわず。帰りはどうせ濡れたついでと歩いて街まで その間もあめは降り続け、帰り着いた私の靴から 水が湧き出ていた。
平成5年の鹿児島の大水害のときもこんな雨だったんだろう 私はここにまだいなかったので経験はしてないが。鹿児島では多数の土砂崩れで、多くの犠牲者と大変な被害を被ったが。ヨロンは、山がないので被害がほとんどなかった
普段は海からの潮風に島中晒されて塩害に困っていたがこのときはこの地形が幸いしたようだ。 

企業は何のために存在する 私の小さな店は?

三屋 裕子さんが社長を、解任された。このニュースに対するTVでのコメントは、「そのやり方に感心できないが、株主の意思なら仕方ない 会社は株主のものだから」と、言うのが多かった。会社の建て直しに 有名人を使って知名度を上げ、明るさが見え始めた頃身内を社長にして 自分達の経営に戻そう というのが 株式の半数以上を、持つ 創業家の狙いだったんだろう。自分達がオーナーだと言う意識が強いんだろう。ただ 会見で司会をした社員が
オーナーの意思に反していても はっきり 自分の意見を 訴えたことが、
この会社には骨のある社員がいるという 世間からの好印象は、保てたのではないだろうか。
さて 会社は株主のもの 最近の株取引をめぐるいろんな騒動で、一般にそう認識されるようになった。でも もっと社会との関わりに影響されることの方が大きいように私は、思う 法律によって設立されても社会制度の中で存在しているんじゃないか。実際に業務を行う従業員、商品を購入し代金を払う消費者、その企業が稼動し存続していくために関わる多くのものを、無視はできない筈だ。利益の配分を何処を中心に持っていくか 経営者は会社内部に留保したい 株主は配当金をもっとよこせ 従業員は、資金に余裕があるのなら給料を上げて、消費者はそんなに儲けようとせず商品を安くして 納入業者もそんなに値切らないで、さらに 一般市民は、この地にあってこそ成功しているんだから地域のためになる活動にお金を出して。 それぞれの立場で自己利益の獲得を訴えるだろうが、どこに多くを回したら皆が納得するか、社会の状況を、より分析考慮して決定するのが妥当だろう。私は個人事業者で、株主からの要求はない、納入業者にも恵まれ 周囲の住人達に助けられてやっている
 この上は 消費者 お客様のために役立つ店か というのが当店がこの社会
で続けられる条件だ。利益があればお客様に還元 これが私のみせの社会的責任と認識している。ただ 実際は利益が出てない 出来るだけ安くという意思で現在の値段を設定している 本当です もっと販売量が増えて利益が出れば
もっとお客様にサービスができるので皆さんよろしく。結局私の小さな店は社会の小さな狭い部分で漂っているんです。