店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

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配達に使用している車のラジオが故障。CDプレーヤー付きの物に変えてもらった。今までは、古いカセットテープで、フォークやアメリカンポップなどを聞いていた。最近は、FMからのエアチェックなどすることないので、ほとんど10年以上前に録っった音楽と言うことだ。新しいのはない。尤も 古いのを懐かしがる年代になってきているから 楽しんで聞いているのだが
同じものばかりでは、飽きてしまう。 CDなら 新しい曲はなくても 数なら沢山ある、コンパクトなので沢山車に持ち込める。
早速 10枚ほどを助手席に置き 配達へ出発 最初に聞いたのは なぜか 南沙織 でした。沢山あるのは ジャズのCDなのだが なんとなく 手にして聞いてしまっていたのは 30年前の 「17才」カセットテープにも入っていて よく聞いてる歌を なんとなく選んでしまった
それを、久しぶりの 吉田拓郎 のCDに取替え 「今日までそして明日から」を流す 20曲入りで 聞き応え十分。 配達が終わり戻ってきた時 私の大好きな「襟裳岬」が始まった、聞いてから 車から出ようか と思ったが 次の配達の準備をしなければ成らない 後でまた聞けるから と思い下車
再び 配達に出発する時 「襟裳岬」の事はすっかり忘れて 「今度は ジャズを!」
菅野邦彦のライブを持って乗車 セットし 出発 今度は 近くだったので 同じCDがかかってる間で終了 軽快なテンポの菅野のピアノにこっちもうきうきした気分で 調子よく 物事が進んでいく感じ。帰ってきた時 「オータムリーブス 」が始まった。 今度はエンジンだけ切って
スイッチキーは入れたまま しばし 観賞 。 ところが もう 気分が乗ってしまって 途中でやめれない 8分あまり 最後まで聞いてしまった。
喫茶店をしている時 常に ジャズを聴きながら仕事をしていたけど 聞き入って作業が中断することはなかった 一人で聞いているからだろうか いまは のめりこんでしまいそう 趣味の
ジャズが 仕事の邪魔になっては と、 自制すべきと考えたが やっぱり 気分よく 仕事ができるのも 作業効率のアップだからと 都合のよい結論を 自分に納得させ。これから ジャズ にのって 爽快にスマイルで 配達に励むぞ!
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昨日は 娘の卓球大会での 残念な出来事について書いたが 卓球の試合に関しては
観戦していた父兄を驚かせる すばらしい結果を達成していた。
娘の学校は、1年 2年それぞれ 男女とも 団体戦優勝! でした。そして 補欠立ったわが子も 優勝に貢献でき チームメートから感謝され 頗る満足している。
一日目 メンバーのうち二人が体調を壊し 最初の試合出でれなかった。 娘が 代わりにエントリーされたが みんな 勝てるとは思ってなかったはずだ。でも 確実に 3勝は出来るだろうと 計算していた。 ところが 先に 2敗してしまったのだ。ここで 娘が負けると第一試合 3敗めを喫し 負け。でも 勝ったのだ。わたしは 見てなかったのだが、後から 他の
父兄から「 Mちゃんが頑張ってくれた」と、声をかけられ 娘の勝利がみんなを喜ばせていることに驚き、たぶん みんな応援してくれたんだろうと 嬉しかった。その後のゲームで勝利し先ず1勝。次の試合 は、休んでた 本来のメンバーが出場 ところが 本調子でなく 2セット先取しながら 3セット以降 精彩を欠き 敗戦 ふらふらして 玉がよく見えなかったらしい
そのショックか、あと 二試合 敗れて 敗戦 。次の試合で負けたら 予選敗退というところで 何とか勝利して 翌日の決勝トーナメントに出ることが出来た。娘の1勝がなければ 予選敗退だったのだ。
決勝トーナメントは どこも 実力伯仲 準決勝3-2 最後フルセットで、デュースまでいって
勝利 選手も観戦していた父兄も 優勝したかのような感動と歓喜。決勝戦は男女同時に
しかも 5試合同時に開始 いつも一緒に練習している男子の方も気になり、10試合を同時に応援する羽目に。それぞれ 4試合が終了してどちらも 2-2 男子の方は ダブルス
が、残り ポイントが入るたびに歓声が沸く、戦ってる二人の顔は 気合が入ってるのはもちろんだが 自信に満ちてる 期待どうり勝利して、残ったのは 女子のシングル1試合 みんなが注目する中 両チームのキャップテンどうしが熱戦を繰り広げる 実力のあるもの同士の試合でどちらも粘るし 一番長い試合となった 結局当方の勝利となり、このときはなぜか 安堵の感が、大きかった 同じ学校の 他の3チームが優勝してるので 女子だけ2位では 肩身が狭いのでは、と おもっていたようだ、しかし 選手達は無欲で、開き直ってやれたようだ。最後に勝利した当方キャプテンのおじに当たる、相手チームの顧問が負けて涙している
もう一方のキャプテンを称えながら慰めていた どちらも 会場にいた 一人を除いた 全員の
目を 引き付けた見事なゲームを見せてくれた。
それにしても 今年はじめまで コーチ から「まだ 大会に出れるような実力じゃない」と言われていた 生徒達の 上達には 驚かされた みんな本当に うまくなってる 一年生にしても
8月の大会で見た時とは 飛躍適な上達だ。若い力ののびは本当にすごいと思った。



被害者じゃなく犯罪者が悪いのだ

先週 16日17日 娘は地区の中学 卓球大会に出場、隼人の体育館に行った
17日に財布を取られたようだ 朝 私が 娘のバッグの側にあった財布を その バッグに入れてしまった。翌日 娘は 家にあると思ってた財布が見つからず、「きのう お前のバッグに入れたけど」というと 「ないよ」と返事
私が 見てもない。無意識に 出してどこかに置いたかもと 家の中を探したが やはり ない。翌日 部活から戻った 娘が「TさんもMさんも 取られたんだって 1年生でも とられた人がいるみたい」
わが娘 一人のことなら 仕方がないと あきらめるし そうしないと 他の
部員に混乱を起こさせ 迷惑をかける。しかし 被害者が もし 多かったら
報告して 対応しなければならい。金額が多ければ 届け出て 窃盗事件として扱ってもらわなければならない。まず 今後の大会などで生徒達が被害にあわないように、対策を立ててもらおうと 学校に報告した。既に 日にちが経ってしまったし現場を目撃した人はいないようだから 犯人を特定したり 盗難被害が 回復されることはないが、黙っておれなかった。
学校側は 詳しく 話を聞いてくれたが まず 「なんで、そんなお金を持ってきたんだ」という ことが 念頭にあるようだ。学校では、余計なものは持ってこないように指導している。大会に
お金は要らない。従わなかったことが災いの元と言わんばかりに 被害にあった子ども達は、
叱責されるのだろうか。
車に鍵をかけたまま ちょっと離れた隙に 車を奪われた人に対し 警官が「鍵をつけたままじゃ 盗んでください と言ってるようなものじゃないか」と言って被害者を責めた事例を何回か聞いたことがある
それじゃ 鍵が掛かったままの車は 盗んでいいのか と 言い返したくなる 被害者に落ち度があっても 悪いのは やっぱり 盗んだ犯罪者だ、遺失物横領罪で 占有を離れた 財物を
拾得者が 勝手に自己で使ってしまったら 1年以下の懲役になると刑法にあるはずだ。
誤って落としてしまったもの 被害者に過失があっても それを横領した行為は 厳しく罰する
法律がある。先の警官の理屈だと 「落としたあんたが悪い」あきらめろだ。
確かに 娘が、迂闊だった点は認めるとして 遺失物の返還は不可能であきらめるとしても
犯人はなんとしても懲らしめて欲しい。とりあえず 大会の参加者全員で情報を共有して 犯人にその行為を非難し、捜索していることを 知らしめ 追い詰めることくらいはやって欲しい。
それと 被害にあって悲しんでる人には 励ましの言葉を。 悔しさを増幅させる言葉は要りません。

突然 秋が来た と、思ったら 今日は 秋の涼しさじゃなくて 寒い。
今月 初めまでは 未だ 夏だった。ある朝突然 肌寒さを、感じた。
急に季節が変わった。
例年の如く 焙煎が難しい。今までと同じに焼くと あじが違うのだ。
まあ 毎年のことだから 少しずつ 燃焼温度や時間を調節して 今は 無事に その 自然条件の変化に対応できた。お客様に 「これを克服しなけりゃプロじゃない 」と、言ってしまった。「いつもとちがう」なんていわれないようしっかり焙煎と管理に気をつけなければ。
ヨロンの「居酒屋ひょうきん」からは また アイスブレンド の大量注文が来た 向こうは まだまだ 夏のようだ 名瀬の inayuuさんのブログでも今日は 寒かったと 書いてあったが 「寝る時 タオルケットじゃ寒いので 毛布を出しました」とあった 夏が終わったくらいか。 きっと昼間はみんな 半袖姿なんだろう。
コーヒーを飲むのは、秋がいい 食欲の秋だから 何でも美味しいと感じるのかもしれないが 穏やかな感覚でのめるのがいい 背中をまるめ かたに力が入る冬は、すこし せわしい。 いまの 季節が長く続いてくれないか
ヨロンで オールロケをした 映画 タイトルはなんだったけ?(めがね 21日追加書き込み)
主演の小林聡美や、もたいまさこがロケの期間「時間が止まっているような ゆったりした不思議な 素敵な時を過ごせた」と言ってた。そんな時に 海を眺めながら ゆっくりコーヒーを味わって欲しい がんがん日が差す夏じゃ無理 秋の穏やかな日にこそ素敵に過ごせる 未だ暑いヨロンだと 来月から
年末くらいかな!

同窓生

来月 大阪で 同窓会がある。私は 鹿児島地区の幹事なので 鹿児島市周辺の在住同窓生に 連絡しなければならない。主幹事から 6月にその旨 依頼があった。が、 私が どうも行けそうにない。寒くなると 業務が忙しくなるし 個人的な 用件で 大阪まで出かける余裕がない。東京 大阪 名瀬では盛り上がってるようだけど 鹿児島の私が盛り上がらず 連絡が遅れてしまい 今日 通知の葉書を出した。これまでに 多くの人は 他地区の同窓生から既に聞いていたりして 未だ 連絡を受けてないかも と、思われる人は、わずかで 葉書は 15枚出しただけ。今のところ 鹿児島からの参加者は
二人だけのよう。私がもっと熱心に誘わないからいけないのかも。
尤も 今回は 関西地区の同窓会に みんなで参加しよう というもので、正式な全国同窓会は、2年後に予定されている。なぜ 今回盛り上がってるかというと 東京のY君が熱心にみんなを誘ったのだ、彼はこれまで同窓会に参加できなかった。一昨年 関東在住の同窓会を名瀬から10人ほどの参加者を加えて行った時に とても 感動を覚えたらしい 翌年彼は 久しぶりに 島に帰ることにして 在島の友人に 同窓会の開催を依頼した その時は 私もたまたま 出張で名瀬にいたので参加した 30人くらいの会は、遅くまで盛り上がった。「やっぱり 同窓会はいいなあ」私の感想だったけどY君はもっと強く感じたはずだ 「今年も 沢山の同窓生に会いたい」と考えた彼は 関西地区同窓会に目をつけ 話をまとめたのだ。高校時代 勉強 スポーツ どちらも優秀で 人気者だったY君が、熱心に誘うから みな 賛同するのだろう。
11月10日 きっと 久しぶりに再開した 東京 関西 名瀬 福岡 鹿児島
に住む 同窓生達は お互いの変わり果てた容姿を、愉快に指摘しながら
遅くまで きっとホテルに帰っても 思い出話しの花を咲かせることだろう。
私も この機会に 何人かの同窓生の 近況がわかり 久しぶりに電話をして
しばし 懐かしい 感慨を味わうことが出来た。 京都のK・K君は、成人式の年
に会って以来だったが 昔と変わらぬ声が懐かしかった 風貌はだいぶ変わったらしいが 今年 転勤で 島から どっかへ行ってしまって 連絡先が誰もわからなかったM・K君は、志布志にいる事がわかり 久しぶりに電話で話せた 同じ 鹿児島にいながら 卒業以来 一度も会っていなかった Y・K君
も 声は綺麗なテノールで若々しかったが 本人曰く 「頭は真っ白」だそうだ。懐かしい 人達の名前が出て つい 卒業アルバムを出してきて 話に夢中になったが 彼の方は 勤務中だと気付いてあわてた。昔の女性徒には 電話しずらかったが 同窓会 という理由があれば 遠慮せず電話も出来た
同窓会のおかげです。
昨年 鹿児島地区の同窓会があった。発起人は、私ではなく 教員をしている
S君とO君 二人もY君同様 恩師を囲む会で 数人の同窓生と歓談して 同窓会の良さに目覚めたようだ 男女格9人づつ 一体感を持って心置きなく
話が出来て ほんとうに いい会だった。今年は 私が段取りをしないといけないかな。でも「鹿児島地区同窓会」は 全国同窓会とは 別組織と考えれば
S君 Y君中心 で よいのか わたしは 全国同窓会の時骨を折ろう 
わたしより S君 Y君のほうが 人望があるだろうし。


今週は づっと坐骨神経痛に苦しんでいる。立っても 座っても 寝ても
痛い。
腰からお尻の奥を通ってアキレス腱のところまで 鈍い痛みが 繋がっている
5、6年前に初めてこの神経痛を体験 その時は 一ヶ月あまり 痛みが続き
整骨院にも通った。その半年後 お正月に再発したが 整骨院は休みなので
3日間我慢して 整骨院が開いたら行こうと思ってたら 三日後には痛みがなくなっていた。 その後 何回か 痛みが出ては、直ぐ治まることが 何回か有り そして ここ3年くらいは 全く 痛まなかった。久しぶりに 痛み出したら づっと痛い。特に 朝起きる時 が、最も激しい。 暫く歩けず 腰
も伸ばせず うなり声を出しながら 足を引きずり 半歩ずつ移動している。
一つ行動したら 痛みから逃げようと 畳や テーブルの上やそこらにあるもの何でも 横になれたそうなものへ 倒れこむ。暫く じっとして また起き上がる時に 再び 最も激しい痛みに襲われる。近くに 私の 顧客である整骨院 や 針灸院もあるが 「あしたは治まるだろう」と 思って まだ行ってない 最初に見てもらった時 「昔 無理な 運動をした時の しこり があると聞かされているので 筋肉疲労が原因だと決め付けているが 骨盤がずれていたりすると ずっと繰り返されるらしい 毎日 根っ転がって 肩肘立てて、頭を支えて テレビを見ているから 背骨 や骨盤が変形することも十分考えられる。あと 人生何年残ってるかわからないが 坐骨神経痛はづっと
つきまとって来るものなのか 出来れば おとなしくかくれていてくれないか

ミャンマーの騒乱は、日本人の犠牲者を、出してしまった。
映像でみると あきらかに 兵士に撃たれている。首相は 「未だ わかりません」と 暫く前まで 話していたが 外相は、「ビデオで見るとそのようだ」と発言した。 はっきり ミャンマー軍に殺されたという 事実を もって 交渉事にあたって欲しい。
「危険なところへ 行くのが悪い」という 意見が 以前はあったが
戦場へ行ったわけではない 普通の市民の行動を  為政者が、気に入らないからと 武器で弾圧したのだ。そのふつうの市民の活動と 理不尽な国家の
暴力の真相を 世界に知らせるために そこへ行ったジャーナリストを、
自分達に都合の悪い事は 外部に知られたくないからと その 行動を その本人を抹殺して 排除したのだ。ジャーナリストの遺品が 日本側に返されたが 事件の真実を伝えるはずのカメラは、ミャンマー政府が取り上げたままだ
ミャンマー軍事政権が 彼を 殺害した。
この事実を突きつけて 日本は 対応して欲しい。他の国や、国連の動向を見ながらと、いうんじゃなく 今すぐにでも 軍事政権の愚かさを糾弾し 出来うる対抗措置をとって欲しい。経済的利益を優先すべきという 意見を持つ
勢力もいるだろうが、民主化された後の 国益を考えたらミャンマー民衆の
ために行動すべきだ。アフリカの独裁政権や、中南米の軍事政権は、次々倒れた、現世界で 軍事政権はもう生き残れないのだ、はやく ミャンマーの人達の平穏な社会が実現するよう行動することが 次の 発展した民主政府から
信頼されることに繋がると思う。89年の天安門事件の時 日本は積極的な行動は取らなかったようだ その時は 内政干渉になりかねず はっきり 意見
をいうのは 無理だったのだろう その時の 学生リーダーだったウーアル ガイ氏が、後のインタヴューで日本の対応について コメントを求められて「
中国は数年後 民主化される その時 中国国民は日本政府のことを どう思うだろうか」と言っていたことが どうも 思い出される
中国は その後も 体制は、変わらず、日本との交流もそれ程問題ないが
ミャンマーの場合 明らかに 軍事政権が行き詰まっている。市民が勝利して
民主政府が出来ると 期待できる そのときを考え また そうなるように
行動して欲しい。




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