店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

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神経痛

また 坐骨神経痛 再発
朝起きる時 左手を下にして横向きになったらあの激痛が走った。まだ 仰向けの態制では
耐えられないほどの痛みではないが、今回は 左側だけでなく 腰全体も痛い。
腰上の背中を触ってみると 例のように 筋肉がガチンガチンになって盛り上がっている強く押しても 全くへこまない。重症だ こんなに早く再発したのは、初めて
老人と同じように 90度に腰を曲げて 左足を引きずって歩いている。
配達に出ても、 車を降りると 顔をしかめ「ああ!」「うー!」と声を絞り出して、30m毎に休憩しながら やっとのことで歩いている。
家では 「あうーーー!」と、大きな奇声を発すので、家族が いったい何事かと 飛んできて
事情を知ると 口々に非難の言葉を言っていく。
前回は 暫くの辛抱と、タカをくくって 治療に通わず 一ヶ月苦しんだので 今回は 治療院に行って早く痛みを抑えてもらおう。 それと 再発の原因が 身体をひねった状態で 長時間
新聞を読んだり TVを見ていたからじゃないかと思われるので、骨のゆがみなどないか
ちゃんと見てもらおう。
神経痛に悩むお年寄りの事は、 よく聞いていたが こんなに辛いものだとは知らなかった
まだ そんなに年はとってない 気分は まだ青年と思ってたが 不摂生の身体は 神経痛
が似合う 老体に成っていたとは ああ!この先が 思いやられる。
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いま 会ってるのは 今の 同窓生

11月10日に大阪であった同窓会に、鹿児島地区からただ一人出席した女性からは、12日の朝、電話があった。 とても楽しかったらしくて、嬉しそうに 報告してきた 最後には「鹿児島でも是非やってください」と、明るい声で話して終わったのだが、その時の 私の対応が 「すごく冷たかった」と、他の 同窓生に話していることがわかった。
昨晩 久しぶりに 名瀬で焼き鳥屋をしているHに電話を入れたところ いきなり 「Yさんが、
あんたが冷たかったと言ってるよ」と、言う。こちらとしては 全く そのような返答をした覚えはない。どちらかと言うと あちらが 一方的に 話して、わたしは あいずちを返してたのだが
それが 気に入らなかったのか もっと 「よかったね」とか 「たのしそうだね」とか 「僕も行けばよかった」とか、はっきり感情を言葉にして欲しかったんだろう。しかし こちらは、私が
薦めた会に主席した人が 喜んでくれたことで ほっとし 嬉しかったのだ。「鹿児島からの参加が少ないと 言われましたよ」と聞いた時、すこし 気分が 落ち込んだし 配達の途中で
急いでたのは確かだけど、それを 電話中にあらわにしてはいない。最後には、「わざわざ電話をくれて有難う」とも言ったのだが。
Hくんは、「ちゃんと 誤解を、解くようにがんばってよ」と言ったが、「川元は 絶対そんな男じゃない」と弁護してくれたと言うことなので そのうち 判って貰えるだろう。
高校時代の彼女とは、話したこともなかったが、 はっきり 主張する人だとは 知らなかった綺麗な微笑みしか、記憶になかった Hも 「あんなに お喋りするとは 知らなかった 」と言ってた。それとも 卒業してン十年 美しくも強い女性に変わったのだろうか。
同窓会には 私が 好きだった 初恋の人も 参加していた 参加したYK君に「彼女には会いたかったなあ」と言ったら 
 「まん丸して 昔の面影はないよ」 
 「会わないほうがよかったか」
 「そうよ」
 なんとも失礼なことを言ってる。 このブログ 彼女や彼女の親しい人には 絶対教えないようにしよう。でも いったのは YKくんだから!。私はまあるくなったMちゃんもきっと可愛いと思う。
 そう言ってる 私や YKだって 頭は白いのが目立つし 体重は 10k 20k 増えてお腹は出てるし やはり 久しぶりに会った 友人には 笑われているのだ。

昨日は、よく寝た 夕べではない 昨日昼 2時半頃 ちょっと昼寝のつもりで ベッドに入ったら すっかり熟睡に入ってしまい 妻が「ちょっと 出かけてきます」 と声をかけたのが、もう夕方だったのか 部屋は 日差しが絶えて 薄暗くなっていた。その次 「遅くなってすみません 今から帰ります」と 携帯電話で聞いたのが 20時45分と記録されている。それまでづっと寝ていた さらに 妻が帰ってきて 子ども達との にぎやかな 話し声にめを覚まさせられたが まだ 眠りから 完全にはさめず 子どもが 猫を 布団の中にもぐりこませたのも
ぼんやりとしか 記憶にない。
結局 22時に やっとおきだし 軽く 夕食をとり 子どもに 「国語のプリントの問題がわからないから教えて」とせがまれ 前日にやっていた問題が 未だ終わってないことを 知って、「何をしてたんだ」と叱ったところから やっと 神経が 平常に、戻ったようだ。
何時間寝てたのかは、あえて 計算しないことにして いつもの時間に 寝ようと思ったが、
毎晩している行動 をそれから 始めるわけだから 当然 寝れる時間は 遅くなる。 12時半まで 仕事の 事務作業を行い それから 入浴 風呂上りは 洗った髪を乾かしながら
新聞を読み ちょっといっぱいの 焼酎を 準備して 娘の部屋に行き CDラジカセを拝借
ジャズピアノを聴きながら 焼酎をちびりちびり たしなみながら ぼーっと 過ごすと いつの間にか 時間は 午前3時前。
今朝、いつものように 7時起床 昨日からの通算した睡眠時間は 十分なはずなのだが リズムが狂って やはり まぶたが重く 眠い。
この眠気を 一日 我慢して 今夜 熟睡すれば 明朝こそは すっきり 爽やかに 一日がはじめられるだろう。


久しぶり

このブログの管理ページを開くのは 18日ぶり。書き込む元気がなかった。
坐骨神経痛は一ヶ月あまり続いて いまは 痛みはなくなったが未だ 背中が張ってる
新たに 肩の痛みが出てきて 朝起きる時に特に強い痛みで寝返りが出来ず 起き上がるのが辛い。
そして 風邪の状況も よくなったり またぶり返したり このところ ずっと微熱と頭痛を感じている。と言うことで 夜は 早々と 布団に入り 「数学の宿題教えて」と言ってる娘の声に、
「ちょっと待って」といい加減に返事して そのまま 熟睡に入り 目を覚ましてみれば 夜更けを過ぎて すっかり夜中で 当然娘は 寝ている。
寝ている時間は 長いはずなのだが 一日中眠い。 昼 食後に ちょっと横になりいつの間にかぐっすり一時間の昼ね、夕方 仕事を一段落させてテレビを見ながら 横になり しばし
いびきを立ててるらしい。 
寝るのに時間と神経を費やし 新聞を読む時間とブログにかける時間が、なくなった。晩御飯
も食べずに寝てしまったことも何回か。 春眠は暁に深く入りこむようだが、私の 秋眠は、
朝は何事もなくても その後の日中 夕刻 晩とその欲にそそられて体中の神経を 鈍くさせている。


生意気考

「若い 清純なイメージで知られている女優が、楽屋では 気に入らないことがあると 周囲のスタッフを怒鳴りつけたりすることがよくある。」 テレビで芸能記者が発言したことに 他の出演者達が驚いていたが いくら ちやほやされいい思いをしても 遊ぶのを我慢して 仕事ばかりさせられたら 愚痴も出るだろうし 周囲の大人たちが 煽てたり 特別扱いしているのだから 勘違いするのも仕方ないと思う。昔の アイドルだって マネージャーに暴言を吐いたり 物を投げつけていたと言う話は 聞いたことがあるので 今時のアイドルの話ではない。
しかし みな 時がたち 心身とも成長してくると その時のことが恥ずかしく思え 反省するのだ。 ピンキーとキラーズの今 陽子 さんが 正直に話していたが 「絶頂期の時 わたしは 本当に 生意気だった キラーズのメンバーに 暴言を吐いたり 失礼なことばかりしていた」 隠さずに 昔の自分の非を認め謝罪の言葉が言えるようになったことで 彼女は 背負ってた苦痛から解放されたようだった。
ピアニスト中村紘子さんが「少年を対象にしたコンクールなどで 演奏は優秀でも 態度が生意気だから 落とそうと言う 審査員がいる そんなのおかしい」と言っていた。「小さい子で ピアノやバイオリンがうまかったら 生意気になるのが当たり前」と。審査員に気に入ってもらおうと いい子ぶるより きちっと実力を見せて 審査する方も その実力を 正当に評価すべきだろう。態度は そのうち いろんな経験をつんで わが身を省み 社会常識に反する振る舞いを改めるだろう。
大口たたいて 負けが見えてきたら 屈辱を隠すため 反則を繰り返し威勢を張った10代のボクサーがいたけど 島田 伸介 曰く 「あの状況では ああでもしないと 自身が 保てない」 自分も同じような経験をした漫才コンクール でのことを告白していた。 
そういえば 私にも「 なにかごまかしをしないと いたたまれない状況を造ってしまったことがあったな」 と思い出す。 人の間違いを 非難していたら 間違ってたのは 自分だった と言うようなこととか うそにうそを重ねて言ったが ついに 言い訳が通らなくなった時とか。
学生時代の 私が、わざと普通世間では使わないような 一般には馴染みのない 読書でおぼえた 言葉を わざと使って、「何を言ってるか判らない」という 大人たちを 知的レベルの低い人達とさげすんでいたのを  今となっては 本当に恥ずかしい経験と認識している。
実際 その頃の 日記を読むと 正義感こそ 自分が生きていくうえで最も大切なもの と 大げさに構えているのが滑稽だし それを 如何に難しく表現しようかとしておかしな文を、並べている。
その生意気な 鼻っぱしを 社会に出たとたん へし折られ 自分の未熟さを思い知らされる
生意気な 時に 説かれた 教師や親類やたまたま出会った年長者の言葉が 身にしみて思い出されるものである。
河島英吾と橋幸男は。 「野風僧」で「男は生意気なくらいでちょうどいい」と、歌ったが 若いうちは 生意気でもいい 生意気になるのが 若者だ と 余裕を見せて 大人ぶってる私も、
もっと年配の御人から見れば 理屈ばかりの生意気な若造なのかも!




私も親だった。娘のことが気に掛かる

長女が勤めていた サンピア鹿児島あいら が、10月31日で閉鎖されました。
立地条件がよく 温泉やプールなどの施設や レストランなど周辺住民によく利用され賑わっていたのだが、全国にある 年金事業団の無駄に作られた赤字施設の後始末として、一緒に
売却されることになったが 買取企業がなく 結局閉鎖されてしまった。
失業してしまった娘は まだ 就職先が見つからない。アルバイトでなくちゃんと就職したい
と、ハローワーク通いをしているが レストラン部で活動していた本人「机に向かって 一日中事務をするなんて絶対無理 死んでしまう」と OL拒否 「とにかく人と接する仕事がいい」
地元に事務職の募集はあったのだが 販売や サービス業務で、正職員としての募集はない
正職でなくても社会保険が付いていればいいようにも思うが、当分 嫁の貰い手など現れるはずないと自覚しているゆえ 出来るだけ 長く勤められる条件を探しているようだ。
以前は「将来は海外に住みたい」と言って 外国語の専門学校に入学したりしたのだが 社会に出て 遊びすぎたせいか?かつての大いなる夢は すっかり忘れている
ただ この機に 家を出る と言ってるのは 成長かもしれない。 家では寝るだけで 母親に
普段の生活を頼ってしまってることを反省し 自分で暮らしていけるよう鍛錬しなければと考えるようになったのは、「親から 離れて自由になりたい」という もう一つの理由があるとしても
成長した証だと思う。まだ 21 思い切って何でもやれる年代だ。チャレンジしてみなさい
北の 川内に行くと言ってる 鹿児島市内じゃなくて反対の 川内市へ。「川内は結構大きな町だし これからもっと発展するとおもう」と言ってる 鹿児島のほうが 遊べる場所が多くて楽しいのだろうが 現実的に 住居を借りるとして自分が 家賃が払える物件をみつけるとしたら
川内の方がよいと判断したのだろう もしかしたら 反対に もっと 都会志向で北の方なのかもしれない。
先月 サンピアの敷地内で生まれた猫の子を従業員みんなで可愛がっていた。 1匹残っていたのを 「みんな去って 世話をする人が居なくなったから」と 我が家につれてきた。 以前から猫を飼いたがっていた妹は 大喜び 「家族が増えた!」 と。
「お姉ちゃんはもう直ぐ居なくなるからね」 
傍で聞いてて 突然 いたたまれない寂しさが、こみ上げてきた。