店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

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0才の母

昨年10月の初め 鹿児島サンピア姶良内で生まれ、母親に置き去りにされた
我が家の 猫 ミシェル
暫く サンピアの従業員達が 世話をしていたが 10月末 サンピアの閉鎖で
世話が出来なくなり また 置き去りにされるのは かわいそうと 従業員だった
わが娘が つれて帰ってきて 我家で飼うことになった
この 生まれて9ヵ月の猫 ミシェルが 赤ちゃんを産んだ
前日 夜から 姿がみえなかったのだが 朝 起きていつもと違う泣き声を聞いて
聞こえて来るタンスを覗くと そこに ミシェルと一匹の赤ちゃん猫
ビックリして 大騒動。妊娠してるんじゃないかと きずいたのは 2,3週間前
腹部が大きくなってきてる、乳頭も 目だって膨らんできた。それに よそから
やってくる クロネコと よく 見つめ合ってる。
でも まだ1歳にもなってないのに 子どもが出来るだろうかと 疑問にも
思っていたのだが なんと 生んじゃった。
ミシェルが我家にやってきたときも小さかったが それよりもはるかに小さい赤ちゃん猫
ちゃんと育つだろうか ミシェルは世話をするだろうか 乳はよく与えているが
ひとりで いつものように あちらこちら歩き回ってもいる 出産したばかりで 
よくあんなに歩きまわれるもんだ。ま、元気で何よりだが。
今まで ただ やることが可愛いと思うばかりの 猫だったが 母になって 
逞しくも見えてきた。猫の親子関係は、どうなってしまうのか 全く私に知識はない
何も して上げられず 見ているだけ。不安に思うこともあることはあるが
今日は まず 新しい命の誕生を 祝おう
朝から 大騒動の 一日だった。
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為末 と 渋井

  今日は、何と言っても。陸上日本選手権。
男子400mハードルと 女子1万m。為末 大は、すごかった えらかった。
怪我で 不調が伝えられていた。昨日の予選も ぎりぎり通過。好調な成迫に期待が
行ってた。でも 決してあきらめない為末が、やれるだけのことをやった結果、優勝と
オリンピック代表を勝ち取った。テレビの解説者は ここ一番の集中力のすごさを
称えていた もう一点 執念と言う力をも感じる。4年間鍛錬してきた結果を 今日
最大に発揮する。やってきたことの自信を携えて必ず目標に到達してみせる という
強い気持ちが、レースに現れている。2つめのメダルを世界陸上で取ったとき
ゴール前で トルソーを可能な限り前方に倒し ゴールラインに突っ込んで 最後の瞬間
に 逆転してゴールした 「絶対メダルを」という 執念を感じた。今日のレースも 成迫に
最終ハードルで並ばれながら また 振り切った。普段のやさしい顔や話し振りとは
異なり 強い 信念と意思と執念が、彼の強さでもありそうだ。オリンピックで、メダリストに
なるのは並大抵のことではない。でも また 私たちを感動させる走りを見せてくれるのは
確実なことだ。
女子1万mは、ラスト2000mから 瞬きも出来ないほどの3人のデッドヒート。互いに
スパートし合い、何度も順位が入れ変わる。それも スタートからのハイペースで
記録の期待も持たせながらのハイレベルの見事なレース。途中から 「この3人なら
オリンピックに出る資格は十分」とこのあとの結果がどうであれ 代表はこの3人に決め
てしまえと 考えるのは、私だけじゃないだろう。日本記録を持ちながら 選考レースで
結果が出ず 悔しい思いをしていた渋井陽子、本人は 明朗で悔しい表情は見せないが
わたしは 見てて悔しかった。日本陸上界最強のママさんランナー赤羽有紀子(結婚してる
からもう赤羽じゃないんじゃないんだろうか?) 国内ではその強さを誰もが知ってる福士
陽気で元気な強い 現代の日本女性の代表としてこの3人を 私は推薦する。日本陸連
に対して何の権限もないけど。レースは、意表をついて ロングスパートをかけた福士に
2人が しっかりついて 再び 渋井が先頭に立つ 今度は赤羽が前に ラスト1周でまた
福士がスパート 、残り300mで 赤羽と渋井が、抜き返し 残り200mで 赤羽が前に
最後のコーナーを過ぎて 赤羽がさらにスピードを上げる、これで 赤羽の優勝かと思ったら
必至に追った渋井が ゴール前で 逆転 。見ていてこんな面白いレースはない。当然
走者は、必至で全力を出している 面白いと言う表現は失礼なようにも思えるが 
レースが、その競技が、面白いと言うのは そういう 競技者の最高のパフォーマンスと
ひたむきに取り組む姿に 観衆が感動を覚えた結果だと思う。今夜は、とにかく面白いレース
を 見れた事に 大いに満足してる。明日も放送がある 見るぞ。

卓球娘へ 父の詫び状兼賞状

娘は、卓球が大好きだ。中学の卓球部に所属していた。昨日まで。
昨日で 地区の大会が終わり 個人選で敗退した娘は、これで 中学の卓球から引退と
いうことになった。娘は これで終わりということに実感がなかったようだが、コーチーに
「これで 引退です」と宣告されて、初めて心に動揺が起こり 寂しさがこみ上げたと言う
たぶん 泣いていたんだろう。チームは優勝したので 次の県大会へ進むが Bチーム
の娘は 行けない。Bチームにいた3人の3年生だけ昨日で引退となった。個人戦で
上位16人に入れば県大会出場だったが これも適わなかった。負けたことは 悔やんで
ないがこれで 部活に行けない ということが 娘にとっては学校生活の絶望にさえ思え
るようだ。もともと 卓球が好きでやっているわけで 「強くなりたい」とか「勝ちたい」という
気持ちは薄かった。それでも このところ 急激に上達し 私も期待していた。個人戦で
3回戦まで勝つんじゃないかと。相手はK中学のキャプテンだった。 昨年秋にも対戦して
そのときは 惨敗だった。でも 今は 勝てる自信を持っていた。カウントが平行して進んで
いき 9-9のセットの大詰になると 強い意識を持つ相手に気持ちで負けるのか ミスを
してしまい 2セットを失う 3セット目は取り返し いけるぞ反撃と思った第4セット、中盤まで
リードして期待が膨らんだ時 娘のプレイに変化がおきた。強引なスマッシュを打ち始めた
一本目 ネットの上に当たったが 超えなかった。今までなら 一度失敗したスマッシュは 
暫く封印してしまうのだが 続けて 6本打った 全部外れた 相手に6点が入り セットを
失いゲーム終了 スマッシュが半分でも入ってたら さきに11点に達して このセット取って
いたのに。でも いつも縮こまって返すだけだったのが 勇気を持って 積極的に攻撃した
娘を ほめたいと思った 先生のアドバイスで積極的になれたんだと思っていた。
しかし 娘が言うには 「お父さんが言ったことを思い出した」と。前日の団体戦。2部に
出場した娘達のBチームは 相手もあまり強くなくて割りと楽に勝っていた。でも 積極的な
プレーが出ない娘に不満を持っていて 2戦目では 全く スマシュも出ず、フルセットの末
負けてしまった (最終セットで 迷惑な写真やの妨害で集中できなかったこともあったが)
こんな調子じゃ 翌日の個人戦、全く勝てる見込みはないと思ったので 娘を捕まえ
「スマッシュがぜんぜん出てない 思いっきりやってくいの残らないようにしないと」と
叱っていたのだ。これを聞いて 私の言った通りやってくれた と喜びたいところだが
「娘にすまない」と言う気持ちが大きく感情を揺さぶって噴出した。私は卓球では全くの
門外漢。私の言ったことが 負けに繋がったのかもと思った スマッシュばかりじゃなく
もっとつないでいたほうが、勝機はあったと思うからだ。勇気を持って戦った娘を褒めながら
も、「勝てたかもしれないのに」 という悔やみが起こってしまった。また 娘が卓球で生き生き
と 試合する姿が見たい。引退となってしまった今 暫くは 叶わぬが、これからも続けて
いつか 晴れ舞台を見せてくれ。部内でも疎外感を持たされたり 体の不調が理解されずに
悩んだりしながら 最後まで続けたことは、立派だと思う。顧問 コーチ チームメイト 支えて
くれた人達もいた 特に昨年の3年生の先輩達には感謝している。

コッキーポップ特集

youtubeで 高木麻早の「一人ぼっちの部屋」 思い出が多すぎて」を 見た後 
リストに ウィシュの「御案内」を見つけた。 さらに 高田真樹子「屋根」
葛木ゆき 「木曾は山の中」。これは、コッキーポップだ。
次々聞いていくと 次々出てくる 懐かしい曲。それで、今でも 歌える曲ばかり
昭和49年 50年頃 毎日のようにラジオで聞いていた 
ヤマハのポピュラーソングコンテスト あのポプコンの入賞曲を紹介する
大石吾郎司会の番組だった。ポプコンから出た ミュージッシャンと言えば
中島みゆきをはじめ 稲葉晃 あみん などがよく知られているが 他にも 
沢山の才能と作品が、世に紹介された。その良い作品、それぞれが ずっと
心に残っている。ウィシュは、福岡KBCラジオのテーマも歌っていた。短い曲が
3曲 どれも覚えている 高田真樹子の「屋根」のレコードは ヨロンの(海岸通り)
の奥さんに貸したままだが どうなってるだろう。「木曾は山の中」はチューインガムの
お父さん 松田構さんの作品 ほんとに 胸に染み入る歌だった。熊本大の教授を
している Kが、浪人中に聞いて「涙が出てきた」と言ってたが 私もその気持ちは
わかった。これでもかと言うほど落ち込む言葉を並べた 中沢京子「待ちわびて」
奥野節子「やさしい雨」 田島裕子「目をそらさないで」 柴田容子「ミスターロンサム」
この4曲は 同じ回の入賞曲だったと思う、矢上純子の「しあわせの国へ」という
アップテンポの曲もあったが、これは今回見つけられなかった。私は ラジオと
それを 録った(当時の言い方でエアチェック)カセットテープで、聞くだけだったが
みんな レコードになっていたんだ。
高木麻早の曲で「今朝はちょっぴり紅茶を濃くしてみました~~~あきらめてあきらめて
みるけれど、時の流れがわかるだけ」という歌詞の歌は好きでよく口ずさむのだが
タイトルが判らなかった。「わすれたいのに」と言う曲であることが今回わかった
閲覧者のコメントも読んでみると、いろいろな情報を知ることが出来た。高田真樹子
の娘さんが 同じ「屋根」でデビューするらしい。ウィシュのもうひとつの代表曲
六月の子守唄」は「みにくいあひるの子」というグループが歌った曲だという
素敵な歌を沢山作ったウィシュだから これも オリジナルだと思ってた 確かめると
作詞作曲は、伊豆丸さんじゃなかった、「木曾は山の中」を歌っていたのが、「ボヘミアン」
をシャウトしていた葛木ゆきだと言うことを知らない人も多かった。
柴田まゆみの「白いページの中に」はよく聞く歌だ。先日 松任谷由美が「わたしの一番
好きな曲」といって これを自分の番組で、かけていた。わたしも よく知ってる歌だったが
今回 柴田まゆみ 本人がうたう映像を見て、こみ上げるものを感じ 特別な歌になってし
まった。いすに座りギターを弾きながらマイクに向かって歌ってるように見える姿は地味だった
芸能人ミュージャンということで想像する派手さはない。失礼な言い方だけど 男っぽい感じ
堂々と歌ってる。この姿と歌声を聞きながら、あらためてこの曲のすばらしさを知らされた
この人がこんな曲を作ったんだ、そして この素敵な声の持ち主がこの人 この人の
思い が伝わってくるんだと、思うと 震えてきた 細かいメロディーの上がり下がりが
あって難しい曲のように思えるが歌ってみると 歌いやすい サビの部分は自然な流れ
で、出来ていて 故意に盛り上げようとしてない。本来なら物足りなさを感じるかもしれないが
十分に 聞く人の心に響いてくる。30年以上前の歌だが いま 私のフェバリットソングになっ
た暫くは、こればかり歌ってるかも。投稿コメントも全部読んだ。ほとんどの人が柴田まゆみの
歌っている映像を見るのがはじめてだった。この歌を好きな人達だから当然だけど 「涙がこみ
上げて来た」と言う人ばかりだった。そしてずっとミュージックシーンで、活躍して欲しかった、と。
まだ聴きたい曲は 沢山ある。中島みゆきが「時代」を歌った年の春の大会でグランプリだった
七福神「渡り鳥」、彼等はプロにならなかった。もし プロになってたら、中島みゆきと同じくらい
にミュージックシーンを花々しく飾ったことだろう。ウィシュが作って 高岡美智子が歌った
「私がむかし好きだった人」。シモンズが歌ってた「花吹雪」。聞いてみて「あ!この歌懐かしい」
と思う曲が いっぱいだろう。そして 今はメディアに出てこない人達がほとんどだ。どうしている
のかも興味がわく、とくに、あの頃小学生だった チューインガムの二人はどうしてるんだろう、
今回も聞いたが「風と落ち葉と旅人と」は、ずっといい曲としてメディアに流れている
曲が 生きていれば その 作り手も 一緒に生きていると言うことか



コーヒー 官能テストの科学的証明

陸上競技 ハンマー投げの 室伏選手の博士号取得論文は 感覚として体得している
投擲技術を 科学的に解明するものだそうだ ハンマーを遠くに投げるため、投げ出す
ときのスピードと角度が重要だが、スピードを出す回転法 効果的な角度は 練習で
感覚として体得しているが 何故それが有効なのか 証明してみようと言うもの。
コーヒーも「美味しく点てるためには こうすればいい」 という方法は 知っているが
その根拠を問われると 経験からとしか 答えられなかった。
これを 地道に細かいデータを取って 解明したのは 金沢大学の広瀬 幸雄教授だ。
この人 もともと コーヒーの専門家だったわけではない。専門は機械工学。有名な
のは、金沢兼六園の日本武尊の像を研究して 鳩が寄り付かない金属を発明し
鳩の糞害に悩んでいたフランス政府から 賞を貰ったことが、ニュースで流れた
この広瀬教授がコーヒーに興味を持ち (コーヒーの味覚よりも 嗜好品としての
コーヒーの性質に興味をもって)独自に開発した機器を使い、多くの貴重な データ
を取ってくれたおかげで 、コーヒーに関する 諸現象の解明が科学的に説明できる
用になり 我々コーヒー屋は お客さんへの説明をより説得力を持って出来るようになった
例えば 挽いた時の微粉は、味を損なう 細挽よりも粗挽のほうが美味しいというのは
何故か。電子顕微鏡でみるとコーヒー粉は 沢山のクレーターがある その周辺に
アミノ酸がある 細かくすると クレーターは壊れ アミノ酸も失われてしまう。
ネルドリップの方がコクを強く感じる。これはネルで抽出されたコーヒー液の分子の大きさ
が40ミクロンだった 既にアメリカで 人間の舌にある味蕾が一番知覚するのは40ミクロン
の分子であることが証明されている。ペーパードリップの場合は20ミクロン。後から結合して
大方40ミクロンになるということだが、入れて味わう時は40ミクロンのネル抽出のほうに
コクを感じる このコクというのは 味をはっきり感じると言うことだ。
抽出する時、最後の雫まで取るか 最後の方は雑味がでるので 取らないか。
広瀬教授のデータでは 抽出するとき 最初のほうにドリッパーから落ちてくる液に90%
以上のエキスが入ってる、後はこれを希釈するだけだった。では、後の方はお湯を入れても
いいのか というと これは 日本のコーヒーの神様 「ランブル」の関口氏が言ってた
あまりに濃度が違いすぎるので コーヒーと 水やお湯は なかなか混ざり合わない
このように いろんな疑問も 解決してくれた。焙煎に関しても 時間の経過と温度の上昇
が味覚と香りを、どのように変化させるかなど、数値で説明してくれている。
関口氏などコーヒー界の重鎮がいう 経験測による説明も確実に正当なものとして
皆 参考に出来るが 広瀬教授の研究は、それを 裏付けるものであると同時に 新しい
提案をする時 絶対必要なものともなる。わたしには ありがたい 研究成果だ。
コーヒー文化学会という組織がある 広瀬教授はその理事を務めているが 他にも 農学博士
栄養学の権威 医学会の関係者などが役員になっている 生活の中のコーヒーをいろんな
方面から、飲用する人との関わりについて検証している。
さて この広瀬先生 関西人である。話をすると実に楽しい。ただ 本人「コーヒーの味には
あんまりこだわらないんだ」 と言っている。コーヒー屋のなかには「あの人 コーヒーの味な
んか判ってないだろう」と批判的に言う人もいる。でも コーヒーにより強い関心を持ってくれて
私たちに価値のある研究成果を与えてくれたことで、私は尊敬している。それに 私のコーヒー
を飲んで 「すごい まろやかな味だ」とほめてくれた 味もわかる人だと 確信している

何人も 楽しく 豊かに 暮らす権利がある

昨日のテレビで、ドキュメンタリー番組の賞を獲得した番組が放送された。大阪毎日放送
の 女性記者がディレクターになって製作した、番組で、尼崎で起こったJR福知山線
脱線事故の被害者女性の必死に回復を目指す姿と。支える家族の話だ。必死に生きる
ところから 始まる。事故により 脳挫傷を起し 医者は 「命を取り留めても 一生植物人間
状態で しか 生きられません」と、宣告した。脳の状態から はっきり そう 断言できた
だが 家族は「奇跡が、起こると 信じよう」と この被害者のために、彼女のためだけに
普段の生活行動を、尽くす。
初め 見ながら 「この 被害者の 変わり果てた状況や、家族の苦労を 加害者のJR西日本
は、判ってるのか しっかり見ておけ」と、事故に対する 憤りを強く持たされた。
それが 番組が進むにつれて 「生きること 命があること、強い意志をもって日々を生きれば
可能性も より多く もてること」それと 「絆の大きさが 大事なこと」
憤りを感じてたのが 全く 消え 奇跡と他人が呼ぶ 現象は、人の普段の行動により
実現するという ことを伝える 内容に 引き込まれていった。
やがて 医者が不可能とした 意識の回復があり 言葉が、発せられ 意思を伝えられるよう
になり、手足の運動能力も、つらさに耐えリハビリに励んで 少しずつ回復する。
そして あらゆる場面で 家族が 一緒になって 行動し支える。
私が 何故 この家族の姿に、気持ちが揺さぶられるかと言うと 一緒にテレビを見ていた
障害をもった義理の兄のことを考えるからだ。19歳で、発症し30年以上たつが、状況は
変わらない 病名も 一定せず とりあえず 「統合失調症」となってる 常に 落ち着きがなく
小さなことでも気になりだしたら自分をコントロールできず、意識を伴わない行動に走る。
私たちはそのたびに 兄を叱る。それは 兄に教えているのではなく 我々の憤懣を抑える
ために感情を出して 発散している。テレビで見てるあちらの家族は 何をされても 笑っている
脳が 幼児のレベルまで破壊されたのだから 感情のままの行動で、当り散らすことがあっても
問題なく当然のこととして 受け止めている。 その前に 我々は 本気で 兄の病気を 治そう
と考えているか。「直るのは難しい」と。医者に言われたことがあるらしいが、その医者はどういう
人かと言うと 適当な診察で 直ぐ入院させ より 状態を悪化させたという。何年も 状況が
変わらなければ、もう 無理かな と思うかもしれない。でも なんとしてでも という 強い
きもちは、持たなかった。どちらかと言うと「私たち家族の生活に支障が出るから何とかしたい」
が本音だ。私は もう 慣れている、と言うのが正直な感想。今のままでも 支障はない
しかし 妻は、深刻だ 大事な自分の兄弟と言う意識の支配は、どうしようもない。
「兄がこうで申し訳ない」 と言う感情と「どうせ 私しか 本気で兄のことを考えない」という
不満の両方を 夫に向ける、私がしなければ と、思いながら 私一人じゃどうしようもない
と ひとりで抱え込んでる 不幸を 感慨として持ってる。普通に生活できるようにさせたい
と言いながら 人の前に 出させて 動揺させる名がかわいそう とも 言う。
たぶん こうして 兄のことを書いているのを知ったら 「兄を さらし者にして 他人だから
平気なんでしょ」 というだろう。私の 実の兄弟だったら、書けないかも と私も思う
テレビの家族も 変わり果てた 娘を 世間に 晒すことになるかもという 葛藤はあっただろう
ディレクターも 見せていいものか悩んだと言ってた。でも 今のこの子は、私の娘 私の妹
と、言う事実は、厳然として 誤魔化す必要はない。いま この子がやってることは今の彼女の
普通の行為だと思えば 問題はない。
今 生きて 日々 生活している 私たち もっと 喜ばしいことに目を向けて行こうと意識しよう
不幸ばかり 探して 嘆いているのが 馬鹿馬鹿しい。
妻が理解できない私の行動があるらしい 私が あきれてしまう妻の行動もある 兄に
それがあって、当然。他人と違った行動でも 兄はそうすることをわかってるのだから 怒鳴って
不安定を 増長させないで 穏やかに笑っていられる言葉を掛けよう 二人だけで ビールを
飲んで しばし 語らった時 「きょうは とっても 嬉しかった いい気分」と、言ったことがある。
その時一度だけ聞いた言葉だ。兄との 共通の 楽しみは、いろいろあるだろう。兄も 私も
昔 陸上競技に関わっていた。 一緒に走ろうか メタボの今の私には無理か。キャッチボール
でもいいな。 兄が穏やかな日々を、過ごせるようになるには 何をすればよいか 本気で
考えようと 思ったのは、 あの家族の 様子をテレビで見たからだ。よく 出てくれた よく
放送してくれた。我が家からも 感謝を込めて 賞を贈りたい。



サイモン&ガーファンクル世代

サイモン&ガーファンクルは、私が高校時代、最も好きだった アーティストだ。
その S&Gの映像が you tubeの画面で、見つけることが出来、次次と クリック
をして たっぷり楽しんだ。ほとんどは 1981年のセントラルパーク 復活コンサート
だが 中には 67年の 「家へ帰ろう」を歌ってる映像もあった ポールのギター一本
の伴奏で歌ってる 歌で観衆を魅了できるのだ。 「サウンド オブサイレンス」「ボクサー」
「アメリカ」 そして「明日に書ける橋」 どれもこれも 嬉しくて 一緒に口ずさむ
高校に入って直ぐの頃 掃除の時間になると、「ミセス ロビンソン」が校内に流れた
時間中 S&Gのいろんな曲が掛かった 毎日 S&Gを聞いていた。
家でも レコードをかけながら 「明日に架ける橋」を大声を張り上げて歌い 「うるさい」と
よく 親に怒鳴られていた。怒鳴らないとならないくらい 私も大声だった。
その後 暫くして S&Gは、解散 アート ガーファンクルは映画に出て キャンデス バーゲン
と ラブシーンを演じていたのを スクリーンで見た。ただ そこしか憶えてなく どういう映画
だったか判らない。ポール サイモンは ソロアルバムを出し もちろん私も買った
私の中では ポールサイモンこそが 最高のミュージッシャンになっていた。
アルバムの中で「平和の流れる街」が、一番好きだった。曲の素敵なことは、言うまでもないが 
実は ギターのプレイのほうに、より 魅かれていた。この曲で奏でるポールのギターは
本当にわたしを驚かせた。 「ダンカンの歌」や「僕とフリオと校庭で」は、まねをしてギターを
弾いたが、「平和の流れる街」だけは ただ聞くだけしかできなかった。でも 何度聞いても
飽きなかった。最初にシングルになったのは「母と子の絆」だが これもよく 歌った
もし 日本語だったら 「母と子」なんて 高校男子には、とても口に出せないが、ポールサイモン
の 作った歌なら人前でも堂々と歌える 母の日に 「母親に関係した歌」のアンケートを
とったりしていたが 私なら 絶対 ポールサイモンの「母と子の絆」を応える
「スカボロ フェア」「四月になれば彼女は」10年位前 テレビドラマの主題歌になって
よく知られた「冬の散歩道」など みんな 懐かしいよりも 今も好きな歌で 聞けて嬉しい
映像で見れて嬉しい。
名瀬でコーヒー店をしていた時 南日本新聞の記者のNさんがよく 来てくれていた
サイモンとガーファンクルの 大ファンで 私の店で 原稿を仕上げる時 必ず「サイモンと
ガーファンクルを、架けてください」とリクエストがあった。これを聞くと はかどるのだそうだ
S&Gが流れる中 もくもくと ペンを走らせ 完成した原稿を満足げに読み返していた。
その後 本社で ある部署の デスク に成ってると聞いたが 今は どんな 重要なポストに
付いてるのだろうか。そして 私と同じように サイモンとガーファンクルを楽しんでいること
だろうか。どうです 中島 裕次郎さん。



アフリカのコーヒーを救おう

今月初め アフリカ開発会議が、日本で開催された。アフリカの 飢餓や貧困の 問題解決
についての、話し合いが目的の会議開催。朝日新聞は、特集を組んだりしたが
一般の人たちの関心は、低かった。アフリカは日本からすれば 遠くて馴染みのない
土地なのだろうか。それに開催した日本の本心は 国連安保理常任国入りに、国連内で
多数を占めるアフリカの国々の賛同を、得ようというのが目的だから、しんけんに
アフリカの深刻な問題に向き合ったのか 疑問もある。
コーヒー業者にとってアフリカは 非常に大事な地域だ。イエメン エチオピアのモカ
ケニア タンザニアのキリマンジャロ それに 缶コーヒーなどのコーヒー飲料の原料
となる リベリカ種ロブスタ種のコーヒーは、アフリカ西海岸の国々から 大量に
輸入される。アフリカのコーヒーは、 日本で、極 日常的にさえ使用されている大事な
ものなのだ
特にモカは コーヒー屋にとっては、なくてはならない品種 ブレンドを作る時にモカは
欠かせない、私のブレンドコーヒー15種の内 11種でモカが使われている。
必ず コーヒー屋にはモカがあり 私のところにも いつでもモカはある。
つい 遠いアフリカで生産されて はるばる やってきたものという ことを 忘れてしまう
ほど 日本では馴染みのものだ。
以前にも書いたが この モカコーヒー 特にエチオピアでは 生産者が十分な対価を
得られずに コーヒー園を止める人達が出てきている これを解決するため ヨーロッパ
ではフェアトレードのシステムが定着しつつある。しかし 大量消費国アメリカの穀物
メジャーは、これを拒否。低価格の仕入れを、続けていてアフリカの貧困の問題には
我承知せずの態度。継続的に モカやキリマンジャロを手に入れるため、なにか 対策を
検討しているのだろうか。
そして ここに来て また 深刻な問題がおきてしまっている。エチオピアの豆から 基準値
を、超える農薬が検出され、輸入がストップしてしまった。一部の豆なのだが 何処で どうして
そういう違反の豆が 入ってきたのか 明らかにされ 対策が施されるまで 輸入は
停止だという。さらに イエメン産とされている豆からも 同じ成分が検出され こちらも
入ってこない おそらく 悪意によって輸入した業者または 買い付け業者が、エチオピア産を
高価値のイエメン産と偽装したのだろう。農薬の大量使用も 安全より生産高を考えて
作らせたのだろう 迷惑な話だ。
昨日 注文したモカは 「在庫不足のため 半分しか 送れません」と通知が来た
他の業者にお願いして 残り分確保でき 一月分は確保できた。来月には何とか
解決してもらわないと 大変な事態になりそうだ。
輸出が出来ない エチオピア イエメンの農家も打撃を受けてるはず
悪知恵の買取業者のおかげで アフリカの悲劇がもひとつ 出現してしまった。