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小林香織 nothing gonna change my love for you

今はまってる曲は、nothing gonna change my love for you
小林 香織のアルトサックスの演奏だ。邦題は「変わらぬ想い」
韓国の ダニー ジュングのオーケストラとの共演も迫力があってよかったが
小林 香織のほうが好きだ、その理由 まずは ビジュアル。間違いなく
現在フュージョンジャズ界のアイドル 年齢は30近いけど肩だし 臍だし
ルックで、観衆を、魅了する。演奏だってしっかりした澄んだ音で、6分
7分の曲を ブローし続ける。まあ プロとはいえ すごい演奏だ。
もう一人の若手 矢野沙織の正統4ビートとは 違うタイプだが
どちらも 新しいジャズの流れを作っている。
小林香織のサックス はじめは アップテンポの軽快な曲が、心地よくて
サンシャイン とか きらきら をよく聞いていた。どの演奏も 7分ほどの
ほとんどをソロで、吹いていた。アプテンポの曲でも 一音一音安定して
クリアーに奏でられていた。すごい体力だとも、思った。
nothing gonna change my love for you は、聞いているうちに
心に響いて来た曲である。聞き覚えのあるメロディーで、耳慣れてはいた。
奏者の感情が 音に ストレートに表現されているように思えた。小林の
頬に固そうなふくらみを作り、それが力感を、見ているものに感じさせ、
一点を見据えて、体中の力と神経を楽器に伝え、力強いバラードに仕上げている
199万人の人が視聴したyoutubeの動画は 台湾でのコンサートらしい。
サンセットオーシャンは、韓国での演奏。日本では、知名度はまだまだの
小林香織だが、すでに 近隣国では 熱狂的なファンが、たくさんいるんだ。
どの曲の演奏でも 観客は彼女の体全体から湧き上がっているような、
サックスの音それ自体が小林香織自身の言葉のような、心を揺さぶられる
思いを感じ、づっと聞き入ってしまう。観客のなかでもこみあげるものが、
いっぱいになり、演奏の終了と同時に それが 大きな歓声となって発せられ
コンサート会場が震えだしてるようだ。それが一番大きく現れているのが
nothing gonna change my love for youだった。 
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同窓会その後 そして顛末

丁度 一週間前 その日 始発電車に乗って 帰宅したのは6時半頃
家に入ると 子供が咳をしているのが聞こえた。
「お父さん お帰り よかった 帰ってきて」「熱が9度4分 眠れない」
「ごめん ごめん」 妻への言い訳ばかり考えていたが まず 娘に誤ることとなった。
きつかったろうに 父親が帰ってきたことを喜び、自分の苦痛を訴えて非難することはない。
娘の額に手を置きながら、づっと起きて看病しようと思った。  が   眠い
酔いは完全に醒めていたが、襲い掛かる眠気に、抗う気力はなく、着替えることなく
寝床に入る。8時半には、起きて資源ごみを、集荷場へ出しに行った。わずかな睡眠
時間だが、眠気はもう感じなかった。家に戻ると 妻は起きていた。とにかくまず
誤らなければ! 「ゆうべは、御免」 「なにを そんな あらたまって」
笑われた 確かに こんなに素直に謝る亭主じゃない。一応許してもらえたと、思ったのが
後になってみれば間違いだった。
安心した私は、昨晩の興奮が蘇り、その熱く、盛りあがった様子を、伝えようと、神奈川の
郁哉へ、電話。彼とは、琉大でも一緒だった 迫田 田中が、沖縄から出席したことや
先生達のことを、話したが、私の声は うきうきして弾んでいたはずだ。昨日というより
今朝 最後まで一緒だった 山元順公からは 10時半ごろ電話あり 「今、仙厳園、
8時半から もう 動いてる」 彼を見送りに 空港に行く予定だった。妻は いつもの
ところへ 行っていて 娘の看病は私がするしかないが、山元の帰りの飛行機は19時。
それまでには帰ってくるだろうと思っていたので、「昼は、罪滅ぼしの娘の看病で、一緒に
行動できないが 空港にはお土産もって行くから」と、話した。午後になって、「自分達が
そっちに寄るから」と、電話で伝えてきた。そして 娘のために ケーキを持って来てくれた。
翌日は 市田明が、奥さんお嬢さん等と、尋ねてきてくれた。今度は 妻もいて私がコーヒー
の準備をしている間、彼女が相手をしてくれた。前日の事も聞いていて、私達 同窓生が、
どんなに 親密な関係なのかは、わかったはずだ。その後も 会に出れなかった、橋口 
隈元 名瀬の肥後に、電話して、会の様子 懐かしい友らの近況 いかにすばらしい会
だったかを、長々と、話した。みな 笑いながら聞いていたが、私が一方的にしゃべり続ける
だけ、本心は どうだったのかは わからない。話すのが 楽しく嬉しく、相手のことに、気を
配る事が出来なかった。山元順公は、毎日メールや 電話で、出席した級友たちの 携帯
番号や メールアドレスを尋ねてくる。実際 みんなに電話しているようだ。一人まだ同窓会
を、続けている。翌 月曜日 空港で 家族の不幸で、出れなかった 事務局の中元幸立に
会った。出張らしい。会場選定でわだかまりを持っていたが、このときは、そんなことどうでもよく
「ありがとう あんたのおかげだ」心から そう言えた。
いつまでも あの日の 興奮から冷め切れぬ私を、実は 妻は、あきれ果 て立腹していた
ようだ。「私がどんなにきつかったか」「娘の具合が悪いときに 朝帰りして 平気でいられる
なんて」 普段から 一方的に 私に不満をぶつけているので、その言葉に驚くことはないが、
「みんな仲良しでいいこと」「時間を忘れるくらい楽しかったんですか」と言うのは、「一人だけ
楽しんで」という恨みの表れ。今までもこういう愚痴は、聞いてたので、今回の同窓会の件も
話すと いやみを言われそうで、直接話してはいなかった。電話連絡でたくさんの会話を
しているのを、聞いてるから、おおよそ わかっていたとは思うが、はっきり言ったのは3日前
きっとこれも 許せないことなんだろう」
1時半まで 宴席に残っていたS君に 「奥さんにおこられないか?」と、余計な ジョークを
言ったけど 我が家では妻が すでに怒っていることはわかっていた。。「あいそがつきました」
と、いうことで 妻のヒステリックは、しばらく続くが 私の興奮もまだ醒めず うきうきなので
妻に何を言われても、「うん」一言かえして 済ませてる。 まあ いつものとおりなんだが。
そして 今日も妻は いつものところへ出かけ私は 食器を洗い、洗濯物をほした。
「あいそがつきました」という言葉は、私としては、待ってた言葉。「亭主はこういう男なんだから
仕様がない」と、早く諦めてくれと、言うのが本音。奥さんが諦めてくれてる友が羨ましかった。
当然 同窓会のことは 妻には詳しくは話してない。朝帰りの言い訳に関することだけ 適当
に話した。出水の娘には 如何に楽しかったか!メールで伝えた。「いい思いしたね」と 返事が
来たが、彼女のほうは 毎晩いい思いをしてるらしい。




同窓会in鹿児島

よかった! やっぱり 同窓会はいい!
90人ちかくの同窓生と恩師が、集まった。35年ぶりの再会が、いくつもあった。
2時間の懇親会ということだったので 1時間前に会場の城山へ行った。
会場までのバスの中で、すでに 藤原とか 坂元とか 境さんとか、久しぶりの
再開を果たしていた。会場の受付には、35年前の可憐な女学生が並んでる。
近くに在していて度々会ってる人達だと思ったら、ひとり 久しぶりの右田さんが
いる。この人は、33年ぶりくらいだろうか、彼女に会えたうれしさが、一機に今夜
の会への期待を高めてくれた。入り口で待ってると次々やってくる。「おお!」と、
声をかけても、「お前誰だ」という顔をされる、胸につけた名札を見せると、みな
驚いたように 「ええっ 川元か!」と 声を発す。同じ光景が、あちらこちらで
出現している。顔を見てすぐわかるものもいれば 名前を聞かないと判らない
者もいる。でも わかればあとは、高校時代に戻って、はしゃぎだす。
もう 同窓会は始まっている。先生方が現れた時は 歓声が上がった。
あの当時は、うるさい存在だった この人達だが 今は、高校時代を思い出す
時、最も印象深い人であることは間違いない。特に藤田先生は、初めて参加
してくれた。一見強面のこの先生、女生徒には、人気があった。
前回の同窓会で会ったひとでも 5年ぶり、また 風貌が違っていたりするが
話し始めると 高校時代と同じの彼らになってる。そろそろ 会が始まるというとき
今鹿児島に着いたような様子で 駆け込んできたのは、前回までは、どうしても
所在がわからなかった名護さん 当然初めての参加だ。私を見て「川元君 歌が
とっても上手だった」と、いきなり言う。「何で」 でも 私のことをしっかり覚えてい
てくれたのが うれしい。 「翼をくださいを、歌ってくれた」。こちらは 何のことやら
覚えてない。多分 彼女は 一時期 同じ部活に所属してたから 部の遠足の時
の、ことだろう。それよりも 彼女のこんな、はじけた姿を見るのが初めてで びっくり
「いったい どうしてるんだろう」と、皆で話してた人が こんなに明るくなって現れた。
きっと 今 幸せなんだろう。今回も 彼女の要望で 村下孝蔵「初恋」を、歌ったが、
それは ずっと後のこと 真夜中というか もうすぐが夜が明けるというくらいの時刻、
それまで 彼女は一緒に飲んでたわけだ。
とにかく 懐かしいみんなと 話がしたかった。でも時間が足りない。写真を撮って回って
そのつど ちょこっと会話する。みんな うれしそうにポーズをとって、被写体になった。
女性たちは、すっかり 天真爛漫な、女性徒になってる。先の名護さんや毛利さんのように
勉学に打ち込んでたという印象をもってた人達も 頗る明るい,
明るいといえば 、額が明るい奴も結構いた。私もそうだが 頭髪に白いのが目立つ男
たちが多かった。でも 体形の変化ではわたしがいちばんだったかな?
藤田先生に 「川元は、痩せとったよなあ」と、5回くらい言われた。みんなにお腹を指差
され腹をたたいて見せたのが、3回くらいあったかな。
まあ 35年たっているんだうから仕方ない。女性では全く変わってない人も多かった。
要島さん 重野さん 森永さん 崇さん達 全く高校生のときのまま。潤井さん 富岡さん
は、最近もよく会ってるから 変わってるところが、あるかどうかわからない。変わったとしても
皆 いいほうに変わってる。きれいになってる人、話してみて こんな楽しい人だったか
と思う人。たくさんの人と 言葉を交わした。喜入 義岡など高校のとき一度も話したことの
なかった人とも初めて話すことができた。 先の右田さんも高校時代は話したかったけど、
ほとんど話したことがなかった。2次会でたくさん話せて、38年目で望みがかなった。
3日前の夜の一場面一場面が まだ 興奮を覚えながら 思い出される。なにしろ こんな
わくわくした時間が 朝 4時半まで続いたのだ。会った一人一人のことを 書き記したいが
「お前のブログは長すぎる」と、肥後に言われたので このへんにしておこう。また3年後
東京で と みな去っていった。 と、 思ってたら 翌日も 残ってた連中は、天文舘で、
宴会してた。同窓会の前日に 来鹿したひとは、その晩もやってる。3日連続だ。
まだまだ若い 元気な50ん才。 ちなみに 当日一番遅くまでおきてたのは、東京の
締め役 山元順公 7時過ぎてからホテルに戻り 9時前には 観光に出かけてるから
ほとんど寝てないはずだ。彼は 1週間前 「いまから 楽しみで、ワクワクしてる」と電話
があり 今日も「まだ 興奮してる」と メールが来た。仕事大丈夫か?と 心配になるが
私だって こうして昂ぶった感情が 収まらないのだから。みんなそうかな。 このブログを
書き込んでる途中に 斉藤から 「楽しかった」と コメントが入った。津田もホテルに
戻ったのは5時前「6時には空港に向かう」と、言ってたから、彼も寝てない。
この機に 我が家に来てくれた 山田 山元 竹下さん 中熊さん 家族で来てくれた市田
皆、ずっと近い存在の人たちになった。 同窓生という言葉は 極 親しい関係を表すものに
思えてきた。




暑い11月の苦労

11月14日
今日は、割と 寒かった。と、言っても、日中 21度くらいあるんだから 11月の気温
としては、まだ、暖かいんだろう。昨日 一昨日は、長袖シャツでは、暑かった。
作業をしてると 汗ばんでくるので 半袖姿で仕事をしている。一昨日は、季節を忘れて
半袖ポロシャツのまま 配達へ出てしまった。行ったお客さんの玄関前に 大きな鉢が
2つ置いてあり、紫の小さな花と 黄色の大きな花がそれぞれ無数に咲いて 綺麗だ
その紫の花、ブーゲンビリアだ。南国の花として知られるブーゲンビリアが、鹿児島でも
しかも 11月の晩秋に咲いている。もうひとつの黄色い花は 昼顔の種類だろうか、
これも 夏の花だ。家人が、「暑いから、咲いちゃった」と、言うのを聞いて 今、11月
であることを思い出した。生垣の木の、上部が、黄色くなってる。こちらは 秋の紅葉
と、同じ状況だ。晩秋と盛夏の風情が、同時に存在している面白い光景だ。
そのまま、スーパーに、行った。他の人は皆 秋または冬の装いだ。私だけ半袖の夏姿
皆から奇異の目で見られてるんじゃないかと 一瞬思ったが、外と同じように 季節の
風情が混在していることは、別に不思議なことでもなく、向けられる特異な、視線はまったく
感じなかった。10日ほど前なら 10度を下回る日があったのに、この温度差はどういうことか。
こんな季節の変わり目 と いうと コーヒー屋が、例年悩む時期。味覚の変化 焙煎環境
の変化で コーヒーを焼くのに苦労する。コーヒー栽培に、この 寒暖の差は好都合なんだ
けど焼くには しばらく続けていた焼き方をがらっと変えなければならず、いつもの味を保つ
にはなかなか難しい。「たまにはこういう味もいいねぇ」というお客は、ありがたいが
「今までと 違うよ」というお客に自信を持って届けるには、あと 数回焼いてみないと
いけないかな。もう10年同じコーヒーばかり飲んでる人には少しの違いも気になってしまう
ようだ。当然 農作物だから 年ごとに でき不出来は、あるんだけれど、よい豆を見分けて
仕入れ おいしく仕上げるのが プロとして求められてることなんだろう。
不作のコーヒーは仕入れないという 策もあるが、求められた品を切らしてしまうことにも
悔いが残る。
もう20年やってるキャリアも、お客の信頼を得ている条件で、どんな状況でも 任せておけ
と、いえる技量に達してないといけないんだ。
まあ苦労しても 今の時期 コーヒー消費量は増えるし、焙煎量も増えて 商売上は いい
季節なのだろう。気候のせいにせず 愚痴など出さず、おいしいコーヒーを焼くことに 専念
しなければ。暑かろうが 寒かろうが 雨だろうが 晴れだろうが 焙煎は、できるのだ。
でも 寒さの 安定した気候を 本当は 心底願ってる。