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ナルシスト猫

ナルシスト猫
鏡の前に座り込んで動かない。ミク メス もう直ぐ一歳。づっと自分を見ている。
他の猫がはじめて鏡を前にしたときは、不思議そうに鏡の中の相手を、手で引っ掛けようとしたり、鏡の後ろを覗き込んで、誰かいないか探したりしていたが。このミクは、いつも自分の顔を写している 家人を見ているから、今 対面しているのは 自分だと 解っているようだ。己の姿に見とれているかの様。「私って なかなか 可愛いじゃん。これだから 最近 他所の雄どもが私にまとわり付いてくるのね わずらわしいけど、私の美貌のせいだから しょうがないわねぇ」なんて」考えているかな。
自分で 可愛いと思っているかどうかは解らないが、飼い主は そう 思っている。 

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ヒポクラテスたち

DVD 「ヒポクラテスたち」。面白かった。どういうふうにか?というと 30年前の学生気質が現れていた。その中で 医学生という外から見るとエリートに思える者達の苦悩と、その悩みを、滑稽にまたは皮肉っていること、医学実習の様子や実際の医療行為 たとえば 手術の映像 内視鏡の映像 普通の人には 知ることの出来ない様子が見れた。そして、なんといっても キャスティング。1980年の作品。大森一樹監督。当事話題には、なった。大森一樹は まだ 京都府立医科大の学生だったと思う。NHKの[若い広場」で、紹介されていたと思う。新米監督の奮闘振りを紹介しながら この映画の撮影中の様子が放送されていた、ついでに 彼が 医師国家試験に不合格になった事を知る場面もあった、そのお陰で彼は今でも第一線で活躍する映画監督になれたのかも。さてキャストだが 伊藤蘭の映画初出演作品ということでも話題になった。主演は古尾谷雅人だが、伊藤蘭は準主役の最後に苦悩を行動に表す重要な役。他に 医者を目指す青年達を演ずるのが、今はベテランの実力派と讃えられている面々 柄本明、小倉一郎 阿藤海 内藤剛志 斉藤洋介 教官役にも 珍しいというか 役者ではない、 漫画界に君臨する 医学部卒の手塚治虫。監督の先輩 北山修が当事名乗っていた自切俳人の名前で。若い広場の司会をしていた作家 軒上泊が、出演。面白いのは彼等の30年前が今とほとんど変わらないこと、古尾谷と手塚治虫は故人になっているが、他の俳優は 内藤の髪がロングだった以外ほとんど変わっていない、画面に現れた瞬間直ぐ分かる。
ーマや挿入でなく、日常聞こえる音楽として、キャンディーズの歌が聞こえ、ブラックジャックが登場したり、北山は 早口でまくし立てるような台詞の途中で、フォークルを自慢する。卒業写真の欠席者別撮影に大森監督の顔をはめ込まれていたり、思わず笑ってしまう場面数々あり。キャストクレジットに森本レオの名前。気づかなかった。探してみたら、卒業写真を撮るカメラマン、ずっと背中ばかり見せているが、一瞬振り向いたときにその顔が見えた。何で 写真屋がこんなに喋ってるんだ と思ったら、そうだったのか。
映画は、激しく議論しあい、あげく どたばたのけんかになる。酒に酔って憂さをはらす。社会運動に身を投げ入れる。自己の適正に自信を失い、厭世的になる。それでも ほとんどの者はレールから脱線しかけてもまたそのレールに戻って決まっていた方向へ進む。当事の風潮を思いおこせば、そうだったよなぁと 共感してしまう。
この話が 大森一樹の 私体験を、モチーフにしたかどうかは、分からない。でも 彼だから、作れた映画だとははっきり言える。
 

5月から更新がストップしていた、私のお気に入りブログ「今宵の一枚」が、再会されていた。8月5日に山下達郎「ライド・オン・タイム」を紹介して、以来毎日 一曲づつ紹介している。早速その「ライド・オン・タイム」を聞く。80年の曲となっているが、85年頃の夏、毎日街中で聞いていたように記憶している。その後テレビドラマの主題歌になったりしているので、まだ 懐かしい曲という感じではない。それから チャックベリー「ジョニ・ビ・グッド」ドゥービーブラザース「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」シルビーバルタン「アイドツを探せ」を立て続けに聞いた。
リッスン・トウ・ザミュージックは、昔聞いた演奏そのままだった。映像も70年代初めのものだろう。チャックベリーは、もっと古い60年代だと思うが 画像は古くない 綺麗なものだ。驚いたのは シルビーバルタン。「アイドルを探せ」を歌っているから、デビューしたての頃だろう。まだあどけなさが残っている。こんな古い映像がよくあったものだ。歌っている声は、いつも聞いてた声、映像の彼女とマッチするのだが、私が知ってる 姿は 75年頃の「悲しみの兵士」を、出した頃の 妖艶な美しさに魅了された頃のもの。 少女のシルビーは今日はじめて見た。「アイドルを探せ」を歌うのはこの かわいらしい少女のシルビーだったんだ。
ほかにも フランソワーズ アルディ、カスケーズ、ペトラ クラーク、ジュリーウォレスのマンダムもある、聞きたい曲 見たい映像 満載。楽しみだ。

最近、インターネット関係のセールスの電話が多い。私が新しいネットショップのホームページを開設しながら、その後の処理に苦労しているのを知っているんじゃないかと考えてしまう内容ばかり。「直ぐにでも、YAhoo Googleno検索上位が可能です」「キーワードによっては、独り占めになれます」とか。大体私のホームページを褒めて、更に[当社の検索上位を取る ノウハウを使えば、アクセス数が格段に増えて、売り上げ増になります」と主張する。単に ネット広告の場合もあるが、私が今 いかにアクセス数を増やすかに腐心しているところであるのは、そのとおり。お願いしたらある程度の効果は出るかもしれないが、相当な額の手数料を払わなければならない。その金額に見合うだけの効果が 疑問なので、適当に話だけ聞いて断っている。
づっとお金をかけないでホームページを運営してきたのだが、一度 「私が安くで作りますよ」という当事の知り合いだった人の言葉に、断りきれず、やらせた。「業者にさせると高いですよ」という。相場よりは安くでしてくれるのだろうと思ったら、相場の倍請求された。しかも 勝手に説明文など入れていて これが間違いばかり、SEO対策もなし で その後の自分で手直するのにそうとう手間がかかった。ショッピングモールに出店するなら
無料でホームページを作りますという業者も、管理画面を、渡さないので、変更は業者に依頼するしかなく、その度に手数料を取るしくみだった。安くてすむと思っても、効果をだすためには、「こういうことをしてください、O万円で出来ます」と、やっぱりお金はかかることになってる。彼等の仕事のやり方を批難はは出来ないが、よく分からないのに迂闊に契約すると、一定期間は解約も出来ず困ったことになりかねない。
先ずは 自分で勉強して 出来ることは自分でやる。何万円出さなくとも 千円ちょっとの本を買ってきて読めば分かることも 多々あるだろう。年だから無理などと言ってられない。費用を節約できるなら何でもやろう。そういえば コンピューター専門の同窓生Yはどこにいるんだろう、彼なら詳しく教えてもらえそうなんだが。また 同窓生をあてにしている。

牧園の霧島温泉郷からも注文が来る。同じ姶良地区なのだが、ずっと山深い遠いところという印象で、宅急便で送っていた。過去に一度だけ牧園にある音楽ホールの「みやまコンセール」に行ったことがあるが、やはり遠かったと記憶している。
しかし前回注文があった時は、自分で直接届けてみた。その行く途中の、景観のす晴らしさに感激して、今日もまた 行ってきた。以前みやまコンセールに行った時は、隼人から天降川沿いを上がってきたが、溝辺の空港の方から行くと、かなり時間が短縮された。鹿児島市内へ行くよりすこし遠い位か。
行きの道を上がっていくと、しだいに霧島の峰々がはっきり目に入ってくる。天に向かっているような感覚。道路は急峻な上り坂はなく、ドライブも快適。帰りのくだって行く道はもっと、すばらしい。高いところから見下ろす風景。遥か遠くまで続く山々の稜線。何度か車を止めて、しばし遠景を眺めてまた走り出す。いい温泉があるからといっても、この景観を伴った環境にあるからこそ、癒しを求める観光客がやってくるのだろう。坂本竜馬たちもこの風景を見ていたのかな、彼等が行ったのは 隼人の妙見温泉だけかな そんなことをちょこっと考えながら車を走らせていた。
途中 以前から行ってみたいと思っていた嘉例川駅に立ち寄る。明治36年 いまから107年前に作られた駅舎が、今も使われている。木造の古い建物の中に入ると、天井が高い。板が屋根の斜線沿っ張られていて 見上げると高いと 感じる。薪ストーブの煙突を通していたろ思われる穴と 天井の一番高い部分が板が張られてなくて、今の家屋とは明らかに違った。まだ使われているベンチもかなり年期の入ったもの。駅舎内は、自由に見学でき、ホームに出て 線路の向こうの茂みをながめていると107年前の、この場所での当事の人々の様子が、思い浮かばれる。観光の人たちも次々来ていた。年配の人は、「ああ!昔の駅ってこうだった。」と、懐かしそうに声を発していた。
私も 観光をしているようだが、配達に行ったついでのこと。仕事に行ったのだ。とても楽しい仕事だったことは 言うまでもない。、

久しぶりに 庭の手入れ。高く伸びすぎた木を切ろうと思い立ってその木に近づくと、隣の山茶花の木に、茶毒我の幼虫が、蠢いている、葉にも幹にもびっしり。葉は、半分しか残っていない。この幼虫の毛に触れただけでも、激しいかゆみに襲われる。今日は殺虫剤を吹きつけ、幼虫が張り付いている葉の枝を落とし、目的の木には触れずじまい。山茶花の木は2本並んでいて、虫にやられたのは奥の白い花が咲く木、手前の赤い花が咲く方は、青々とした葉が茂っていて、後ろの木は、隠れてしまっていて、その惨状に気づかなかった。
他にも 白い貝殻のようなものが 幹に広範囲に張り付いている木が 2本ある。いったいこれは何だろう。山茶花の木もどうしたらいいだろうと、困惑しているとき、頼りになるのが これもまた 同窓生、造園士のイチロー君。
早速電話。白いのは「貝殻虫」、それぞれに専用の薬品があるからそれを噴霧すればいい。ただ、貝殻虫の方は、毒性は弱く、茶毒我のように木を枯らしてしまうようなことはない、成長を遅らせてしまうが、毎日 気長に水をかけていれば そのうちいなくなる。山茶花の方はそれだけ葉にダメージがあれば 来年はじめの開花は無理。今回は花が咲かないから 思いっきり枝葉を切り落としたらいい。と、アドバイスをくれた。
いろんな分野の専門家がいる同窓生。ありがたい。これからも頼りにしてます。

昨日の朝日新聞「歌の旅人」は、カルメン マキ「時には母のないこのように」この記事を読んでわかったこと。
越路吹雪との関係。1969年NHK紅白歌合戦で歌い終わった二人は 舞台裏で 越路が差し出したタバコを一緒にすったそうだ。マキは 越路の素敵な振る舞いに魅了されたという。以前から聞かされて、今まで周知されていたはずの話は、一年で最も晴れやかな舞台には、最高の装いで出演するのが当然の越路が、同じ舞台に、マキがジーンズで、出たのに怒って、それ以降 紅白の出場を拒否した と、言うものだった。新聞の内容が事実なら、全く逆で、二人は親密な関係を作ろうとしていたわけだ。
もう一つ 作曲が 「田中未知」となっている。記事では 寺山修司のこの詩を聞いて、即興で曲をつけたとなっている。マヘリア.ジャクソンの歌に同じ曲があるから、てっきり ゴスペルソングだと思っていた。歌いだしも「some time ....]だし。あれは似ているけど 別の曲だったのか。マヘリアのレコードがあるはずだが、この曲はそれにはなかったと思う。若い頃 よく通った名瀬末広の 「フラワー」ではマスターのお気に入りで よく聞かされたものだ。う~ん 同じ曲だと 思っていたんだが。やっぱり 新聞の方が正しいんだろう。
笑うことなく、不機嫌そうに歌う カルメンマキは、当事やはり異質だったのだろう。賑やかにショーを見せるように歌う 越路吹雪とは対照的だ。これは 寺山の演出だったということも、この記事で知った。寺山の詩による曲では「戦争は知らない」が、私は好きだ。フォークルの曲として知られているが、カルメン マキも 歌っている。動画では見たことないが、少しアプテンポのこの曲も やはり無表情でうたっているのだろうか。

鹿児島テレビのイベントへ。娘にせがまれて。
その模様は、テレビで中継されている。家を出て、40分後、会場に着くと、さっきまでテレビで見ていた光景がまだ、そのままに続いていた。舞台には、日ごろテレビで見る、芸人達。鳥居みゆきというバカ風の芸をする人が歌っている。実際近くで見たら美人だ。私の方が興味深く見入ってしまい、もっと前へ行こうと、娘を促すが、娘は「いいから」と言って動かない。また相変わらず、積極的になれない、引っ込み思案。前に出ることで、後方からの目にさらされるのが怖いのだろう。それより屋内の展示場に行こうと誘う。
人気番組のスタジオを再現した展示会場で、娘は積極的になった。そこにいた鹿児島で活躍しているタレントやアナウンサーを見つけて、嬉しそうに其処へ向かっていく。他人の目など気にせず目的の人を追っかけている。「すごい!本物だ」ト、興奮した様子で戻ってくる。「いつも見てます 頑張ってくださいと 言ってこよう」とすらっと美しいタレントのお姉さんを、また 探したが もう姿がなかった。他にも お天気のお兄さん、毎日見ている番組の司会のお兄さんアナウンサー。「すごい すごい」と普段とは相当違う様子のハイテンション。全国で活躍している 麒麟 とか オリエンタルラジオ とか のタレントよりローカルで活躍する割と身近な人たちが彼女にとっては スターに思えるようだ。まあ 普通の女の子同様に、スターを前にはしゃぐ娘にちょっと安心を憶えもした。再び 屋外メインステージの会場に行ったときは、娘の方が、前に行こうと促してくる。うれしさが態度を積極的にさせてくれたか?
私が鹿児島で店を出して直ぐの頃、取材に来てくれたディレクターがいた。顔が会ったが、も10年以上前のこと
憶えてないだろう。声はかけなかった。

前田君かっこいい

テレビのゴールデンタイム。同窓生のおまわりさん前田君の顔が登場。
17年前の鹿児島大水害のときのことがテーマの番組。がけ崩れで行く手を寸断された650名の人たちの、安全と救難ために、命がけで奮闘した2人のと警察官JR職員の話、主役は年長の警察官有村さん。それを補助しながら救助を待つ人達のために走り回った前田君。
以前 NHKのプロジェクトXでも取り上げられたが、そのときの前田君は完全に脇役。でも今日はそのときの奮闘振りが、十分に紹介され、なんかかっこいいなと思った。再現ドラマで彼の役をした人が若くて姿も美形だったから、実際の彼が顔を出したとき、見ていた人は 皆その違いの大きさに戸惑ったかもしれない。
でも 彼のやったことは、すごいことだ。警察の仕事だからと言っても、不安と恐怖でパニックになりそうな状況下、よく冷静に判断し、人々の救出につなげた。
番組終了後直ぐに、彼に電話したが、話中。何度目かにつながったが既に5人から電話があったそうだ。みんなわたしと同じように感じたのだろう。彼は今、知覧の駐在所に勤務している。明日は朝から近辺の人達が押しかけて
今日のテレビの感想と彼への賛辞を、伝えるだろう。有名な富屋食堂の近くだが、観光客の見物コースになりはしないか。

9月半ばにきて、やっと秋の気配。朝 寒い! 短パン 半袖シャツで、布団も何も被らず寝ているから、寒いのは当たり前なのだろうが、ついこないだまでは同じ格好で扇風機をまわして寝ていたから、夜 朝の気温の降下は、はっきりと感知できる。
この気温の変化で、「コーヒーが、いいなあ」と思ったお客さんからの注文があった。お祝いのお返し、何しようか迷っていたが、今朝のひんやりした空気を感じて、コーヒーが飲みたくなり それだったら コーヒーを、みんなにも贈ってあげよう。と思いつき、注文の電話を架けてきた次第。
コーヒーがおいしく感じられるいい季節です。まぁ 食欲の秋というから何でもおいしいんだろうけど。
「コーヒー屋にとっていい季節」が、本音 モカとコロンビアの品不足が、心配だけど。

最近「痩せたんじゃないですか」と、よく聞かれる。「顔が細くなった」といわれる。確かに頬が扱けてきた。痩せたと言うより、やつれたという感が、強いのではないか。
実際には 体重は少し増えている。7月8月そして9月になっても、3日前まで、ウォーキングを休んだ。これも歩く意欲をなくしていた。この間 新しいホームページ作成で、夜中まで作業していた。夜中に腹が減る。ちょっとパンとか 菓子とかつまむ。一口 二口と口に運ぶうち、何の考えもせず、機械的につまんだ食料をくちに運ぶ動作を、食べ物がなくなるまで続けている。以前の生活に戻ってしまったかのよう。アルコールが伴わないのでその点は、まだいいのだが、太る要因はしっかり習慣付きそうだ。顔は細くなっているのに体重は増。増えた脂肪は下腹へ。お腹の弛みがまた気になりだした。体重を減らしても 腹のたるみは戻らない。今の私のお腹は、弛みが大きくなって痩せた他の部分とアンバランスな腹の出具合。それに 重い。上向きに寝転ぶと、あばら骨の下は胃袋がなくなってないかと、思うほどくぼんでしまう。でも 立ち上がると 緩みは下方に落ちて行く。
また 歩き始めた。久しぶりなので、すこし筋肉痛だ。あまり早くも歩けない。確かに体が重い。
健康でいるためには、体重増を絶対阻止せねば。決意を新たに、やるぞ~~。
でも 書き込みながら 団子を食っている こんな夜中に。こっちも 止めるぞ~~と、決意せねば。

元気な娘

娘は元気です。他人からは病気を抱えている様には全く見えないだろう。
薬はづっとのみ続けている。それもかなり副作用の強い薬で、その副作用に対抗するための薬も、相当な量。その薬のおかげで 普段は元気。くたびれた親を尻目に 頗る元気。毎晩 友人に会いに出かけている。今夜も 大口の友人宅へ。
先月中旬 退院してからも、アパートの契約が切れる月末まで、姶良の家には戻らず、出水で過ごしていた。親は心配なので、直ぐにでも戻ってきて同居して欲しいのだが、楽しくて仕様のなかった出水での生活も、あと少しと思うと出来る限り長くいたいと思うのも無理ない。毎日のように出水で知り合った友人達と会い、送別会もしてもらい、最後 出水を離れるときは、友人達の号泣のなかを発ってきたらしい。「出水では珍しいタイプのひとだった」という、多分いい評価だと思うが、その言葉が印象に残ったようだ。
そして 実家に落ち着いたと思ったら、2日後にはまた出水へ、その後もちょくちょく。私も昔 楽しかった与論での4年間の勤務を終えて転勤しながら、直ぐ みんなに会いたくなって、1年間に5,6回与論に通ったことがある。娘の気持ちも一緒だと思う。ただ 娘は病人だ。医者は「楽しく過ごした方が免疫力が高まっていい。」と言われたが、疲れるほどの夜更かしは、まずいだろう。ただ 薬の副作用で 睡眠障害があるのも解かっている、
姶良でも 友人と夜中まで話しこんで深夜に帰宅する毎日。以前のけたたましい行動は変わっていない。家族の中で一番元気。
いま 血液の状態が 健康な人と変わらないほどよい状態。まだ 様子を見ててみようという事で、慌てる状況ではないので、我々も彼女の明るさに引っ張られて、賑やかに過ごしている。妹が変わって来てるのが、最も喜ばしい。一昨日は在籍していた 高校の体育祭に行き、嘗てのクラスメイトの友人達と久しぶりに会い、皆が会えた事を喜んでくれたと、妹も嬉しそう。あんなに登校が苦痛だったのに。大好きな姉が、そばにいてくれるというだけで、安心が、喜びになり 自信にもなって行くようで、その姉と一緒にいるときは、ほんとに楽しそうに会話する 明るい姉妹だ。
心配で 落ち込んでしまうところが、この めっぽう陽気な娘は、自身の病を吹っ飛ばすくらいに元気で、頼もしく、親をも救ってくれるほど明るく、希望を持ち続け、必ず治ると信じる気持ちの強さを家族皆に持たせてくれた。

「「大島高校体育祭」で検索したら、お前の記事が出てきた。」と、名瀬にいる同窓生のMから、電話が来た。大高の体育祭は8月29日だったそうだ、彼の息子が応援団長をした、演技がすごくよくて、だれか動画をアップしてないかと。調べてみたらしい。私が以前ブログに書いた記事は、応援の練習を如何にしてサボるかを、連日考え行動していたという、今の応援を頑張った生徒達とは全く対照的な不真面目先輩の談である。もう一つ、9月23日が体育祭という当時の伝統を、先生達に破られた恨みを、記したものもある。高校時代の体育祭は楽しかった懐かしい思い出なのだが、ひねくれものだった当事の私は、皆と同じようには、一生懸命になっていなかった。
今年の体育祭の動画はAmami7というブログで詳しく、感想と共にいくつかの動画がアップされていた、Mの息子さんの勇姿もみれた。他にも記事はいくつかあったが、みな感動していた。私も見て、すごい!と思った。特に女子生徒の。演舞が、光った。皆空手部員じゃないかと思うほど、機敏で力強かった。近年は、女子の方が応援団に入りたがるらしい。皆同じ髪型にしている。別の 美容院のブログによると、女子団員は皆当日朝4時くらいから美容院に行って その後部をアップした髪にしているそうだ。気合がすごい。我々の在学時と比べたら、進学実績も格段に優れている今の生徒達、その頑張りには感心する。
Amami7さんのブログには、文化祭の吹奏楽部の演奏の動画もあった、こちらも今年 県代表で、九州大会に出た実力。綺麗な音で、迫力もありほんとにすばらしかった、コンサートも観客席の生徒達と一体となって、皆が楽しんでいる様子が伺い知れた。こちらもほとんど女子、男子部員はパーカッションに一人だけ見つけた。応援団と違って こちらは大らか、ソロの演奏の後、投げキッスをしてみせるなど 私の時代の高校生には思いも付かなかったことだろう。厳しい練習をこなして自信を持っているからこその余裕だろう。この若者達が、これからも素直に成長して社会でその実力を発揮してくれたら、将来の私の故郷は安心だ。