店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

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BSテレビ 「歌の旅人」で取り上げられていたのは、「瀬戸の花嫁」。あの頃 小柳ルミ子は声も姿も綺麗かったなぁ。驚いたのは、この曲、詩に曲をつけた、とか 曲に詩をつけたのではなく、両方同時に創作し、出来たのをあわせたら ピッタリだったという。音符ひとつに 歌詞の一音が、全て当てはまった。作者達にとっても初めてで唯一のことだったらしい。後半は 瀬戸内の風景やかつての風習、嫁入りの様子が紹介された。
テレビを見ている、私の右に 娘 舞の遺影がある。あの笑みを浮かべ、楽しそうな顔がある。舞は、交際してる人はいても 「結婚はしない」と言ってた。でも 「骨髄移植をすると妊娠しなくなる」という、医師の言葉にショックを受けていた。「移植するのいやだ」私にも 友人達にも話していた。やっぱり 幸せな家庭を持ちたかったんだ。卵子凍結保存の話や 常に医学は進歩してるから、将来は大丈夫だよ と 移植の不安を和らげようと努めてはいたが、移植しないで済む方法をぎりぎりまで 切望していた。
焼肉屋でアルバイトしてた10代の頃、常連のお年寄りが、孫を連れてきて、舞を前に、「こんなひとが嫁さんにはピッタしだ どうだ」と、いきなり話されたことがある。ホテルのレストランで働いてた時も、「川元さんは独身?」と尋ねる人は 多く。はっきり 見合い話を切り出す人もいたらしい。
娘は 中学生の頃から男子に厳しかった。周囲がハラハラするくらい はっきり男子を面前で批難していた。きっと男達にすれば、うるさくて、疎ましい存在だったであろう。当時私は、この子は男嫌いだ と思っていて 彼氏ができたときには安心したものだ。娘なら きっと いい家庭を作れる。家族の中心になって引っ張って、子供を育てて、立派な 主婦で母親で。
そんな 希望が 断たれてしまった。
テレビでは 小船に乗って、島へ嫁入りする、40数年前の写真が紹介されている。みんな うれしそうに笑っている。私一人、さびしく 目をそらしてしまった。
小柳ルミ子の曲で 「春のおとずれ」と言う曲が好きだ。この曲も番組中に流れて、思い出した。歌詞の「好きな人ができたなら家に連れておいで」と言った父は 無理してるんだろうな と思ってたが、私は 娘が好きな人を紹介してくれた時は うれしかった。
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朝と夜が逆転した。と、言っても、私の生活習慣が、よいほうに変わったのだ。
以前は 夜中 2時 3時まで起き ているのが、常だった。それでも朝は 7時半までには起きてはいたのだが、今は 12時までには確実に寝ている。朝は 5時には起きる。
病院での付き添いは、週に5日か6日。個室だから何時まででもおきててよいし、テレビも自由に見れるのだが、娘は、照明がまぶしいのを、すごく嫌うため 早々消灯。ベッドから離れた、入り口の照明だけつけて 読書などをしていたが、そのうち、夜中に何度も起きなければならないために、一日中、慢性的な寝不足に陥り、娘が寝たら、私も側寝る。横になれば 直ぐ寝れる。後々は直ぐ反応できるように、いすに座ったまま、ベッドの手すりに額を乗せ、これで ぐっすり寝れるようになっていた。
そして 外が明るくなり始める、5時頃にはもう 眠気がなくなってる。娘もこの時間は 調子がよい。
泊まらないときでも、翌朝は6時半までに 病院に行くから、起きるのは5時頃。
こうして 5時起床の習慣がついたようだ。
しかし 5時、おきてもすることがない。大体 新聞を読み始めるが、また横になって、テレビをつけ、ニュースをちょこっと。あとは、録画して まだ見れてない、番組を、見始める。
「家族に乾杯」「歌の旅人」「昭和青春グラフティー」など。
そうしてる間に、時間は8時になってる。
今日は 6時から焙煎をはじめたが、いつもの朝は ゴロゴロ。よい生活習慣に変わったのかどうか?
単に 年寄りに近づいただけでは?

img005.jpg舞5歳


舞の魂は永遠に私の直ぐ側にいるはずだが、姿を 実際に見ることはもう出来ません。声を聞くこともできません。彼女のデジカメに、数秒録音されてはいるけど。
今 鮮明に舞の声を思い浮かべられる、2つの場面がある。
1つは、激しい胃のお痛みに抗えず、痛み止めの注射をうった後、数分後。その数日前、背中の痛みに対しても、同じ薬を使ってたのだが6月2日の午後の注射のあと、舞の表情が明らかに変わった。
瞬きせず、天井を見つめ、私のほうにくびを 回して
「お父さん なんか変」
「怖い 落ちる」
 「お父さん いる」
 「ずっと居てよ」
まるで 幼児の甘えているような 言い方だ。私の手をしっかり握っている。
「大丈夫だ、 お父さんずっと居るから」
そう答えて 偶々部屋を訪れた看護師に 幻覚の出る薬なのか 聞いてみた。あわててその看護師は 別の看護師を連れて来て、それから医師もやってきた。
「大丈夫?」医師の呼びかけに、弱弱しく「なんか 変」と答えてた。
この痛み止めの注射は、いつも慎重に、時間をかけ ゆっくり入れるのだが、このときは 早かった。
このときから 舞には いろんな症状が一気に噴出し、私達の夜付き添いもこの日の夜から始まった。我慢して飲んでた経口薬を服用したとたん 激しく嘔吐。熱さましの薬で、血圧の異常な低下。体が痺れ、痙攣。言葉が出ない。脱水症や電解質のバランス異常と言われたが、後に 病片が 脊髄に浸潤したせいだとわかった。
結局 歩行も困難になり、ついには手と頭以外が自由に動かせなくなってから、自分で 寝返りを打ってみようとしたことがあった。そのとき
「よいしょ よいしょ」
ゆっくり、かわいい声をだしている。
「よいしょ」   「よおいしょ」
にこやかな 素敵な表情をしていた。そして 横向きになれた。その時の「よいしょ よいしょ」のかわいらしい声も、微笑んだ満足そうな顔とともに、繰り返し 思い出す。

img004.jpg舞10歳
舞
約2ヶ月ぶりの書き込みは、娘 舞のこと
急性骨髄性白血病で、入院治療中でしたが、7月14日 20時39分、逝ってしまいました。
25歳5ヶ月。6月に入って病気が急に進行しはじめ、何も手を打てぬまま、あっという間に、全てが失われました。助けてあげられませんでした。舞自身はあんなに頑張ったのに。
17日の告別式までの3日間 沢山の方が会いにきてくれました。舞を慕ってくれてる人たちです。
入院中、見舞いに来た方、メールで励ましてくれた方。
大好きな人たちに 送られて旅立つ舞は きっと みんなに感謝してるはず。
私も 同じ。舞にはこんなに沢山の友達がいて、素敵な人たちと出会い、ふれあい 充実した毎日だったことでしょう。
舞の側にいて、素敵な時間を持たせてくれてたみなさん ありがとう。
私達 家族を 支えてくれた 皆さん ありがとう。



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