店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

プロフィール

川元 正樹

Author:川元 正樹
店主です。よろしく!



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



たまには コーヒーの話も

焙煎をしたあとのコーヒーは、必ず 試飲をする。前にも話したが、あくまで 試飲なので、味わって飲むことはほとんどない。一品につき3口。淹れてすぐ熱いうちに一口、後は 醒めてからと冷えてから、美味しいか、ではなく いつもと同じか、変な味が混ざってないか。いつもと同じなら美味しい筈だ、という前提がある。3口飲んだら、残ったのは捨てる。そして 次の豆に移る。全部のんでたらかなりの量になってしまい、舌の味蕾が鈍ってくるし、胃の負担も大きい。
たまに 特に美味しいと感じて、ゆっくり全部飲んでしまうときがある。 今日はペルーのチャンチャマイヨを飲んだとき美味しくて 熱いままにカップ半分ほどを飲んで、次のブラジルイーストコ サンマリノを淹れて飲んでみる。これも美味しい。さらにベガも。お客様からは「美味しい」という評価をいただいているから、普段は、いつもと同じ味ならお客さんにはOKという事でやってるが、時々 こんなに舌が敏感のなってか もしや鈍ってかその味に感嘆することがある。
理由は 秋になったから。食欲の秋 というほどに 秋は美味しく食べれる季節 コーヒーも同じ。秋は特に美味しく感じる。たぶん 暑さや 寒さを我慢しなくてよいリラックスできる体調のせいでもあるだろう。
今日は 結局 チャンチャマイヨ イーストコ ベガ を全部 他のコーヒーもいつもより余計に飲み、トイレに行ったときは コーヒーの香りが出てきた。
秋は 賑やかな夏の終わりで 寂しさを表す言葉に聞こえるが、人にとっては適当な状態で生活できるいい時期かもしれない。
そこで 秋にもいいことがあるかも知れない と嬉しくさせる歌を一曲



コーヒーについて書き始めたけど、秋のことで終わってしまた。
スポンサーサイト

台風接近。金曜日から雨が強くなり 今日も降り続いている。ところが 昨日一日 降らなかった、快晴だった。台風も、すなおに進めば、昨日は雨になってたはづだが、なぜか その前日から逆方向に向きを変えたと思ったら一回転してくれた。一日ずれてくれたのだ、してれくれた というのは昨日は 鹿児島県内各地で 中学校の運動会が予定されてたからだ。おかげで 無事に それも 絶好の天気の下で、行うことが出来た。風来坊ブログには与論中学校のたいいくさいの模様が紹介されてる.競技も応援も。一生懸命にやってる様子が伝わってくる。練習、相当やたのだろう。体育祭を頑張ったことで、成長も出来てるはずだ。
私の娘 舞も中学2年の体育祭で 応援団に入ったことが、大きな転機になった。その当時舞はいじめのターゲットにされてた。ただ その子の事情を知ってたし、彼女も嬉しいことがあると舞にかき氷をおごってくれることもあって、その子に対して嫌なおもいはあっても、そう恨んではなかった。なんにも対応できない担任に対し 怒りをぶつけてた。そんなクラスで応援団に入る人を決める時 女子は、面白がって、一番そういうのを苦手にしてると思われる、おとなしい子を選んで、決めようとした時。見かねて舞が「自分がする」と手を挙げ、気の重い状態で参加したのだ、ところが 応援団の中で、自分にぴったしの役回りがあり、応援団の活動が楽しくて仕様がないものになっていた。3年生にはありがたがれ、1年生には頼りにされ、クラスで応援指導をするかかりで、これが彼女に自信を待たせた。それから舞は強くなった。強くなりすぎたかな。その後は、クラスの女子の中心いなって担任にも「お前なんか、担任でもなんでもない」と 抗議した。そのセリフを吐いたのが舞いだ。
それから 沢山の友人が出来た。「男に厳しい姉御肌」の性格はこのときからだ。中学の応援団の経験がその後の舞が毎日を充実したものにしてくれたのだ。
私は応援団には関わらなかった。応援練習から逃げることに一生懸命だったのは 以前にも述べた。母校の大島高校と言えば・・応援演技  そう言われるだけのことはある。 と 感心させられる動画が [わん!なま!奄美!]にあったので 紹介したい。

大島高校金久地区応援団
               

感激 白いページの中に

テレビで、70年代の歌の特集をしていた。70年代と言えば フォークの時代。私にとってはフォーク一辺倒だったが、ふつうの 歌謡曲もたくさん出ていたわけで、フォークロックと 演歌歌謡曲の2つのジャンルに分けて各年代3位以上の曲が カウントダウンで紹介されていた。沢山の曲が出てきて、全て知ってるる曲だった。フォークとロックしか聞いてなかった筈と思ってたが、歌謡曲も その年のヒット曲ならメディアでなんども聴いてるから知ってるわけだ。最初にきいた藤圭子で、懐かしくなり、づっと見てしまった。
予想したランキングは71年の「花嫁」72年の「旅の宿」以外は当たらなかった。74年だと井上陽水だと思ったのだが、入ってない。「岬めぐり」「あなた」が入ってるが、「鐘楼流し」も「ふれあい」も「夕暮れどきはさびしそう」もはいってない。この年はたくさんのフォークがでた。海援隊 荒井由実 陽水 拓郎もかぐや姫もこのときフォークシーンのトップにいた。歌謡曲にしても、どれも確かによく知られている曲なのだが、もっとヒットしたはずの曲がなかたり 一位にレコード大賞曲が選ばれないのも 腑に落ちなかった。
これは 今 アンケートをとったからだ。当時のヒットランキングではなく、今心に残る歌だからだ。今でも結構歌われている歌が いまは、馴染みの曲になっているのだ。
3時間の番組、2時間あまり聞いて そろそろ 飽きてきたかなと、立ち上がったところで ゲストの女性が出てきた 瞬間 もしかして!と思った 柴田まゆみ だった。小阪恭子、小坂明子 それに中島みゆきが出ていたので すぐわかった というより 先ほど ふと 「白いページの中に」を聞きたいと思ったのだ。彼女の演奏している姿はyoutubeに1件あるだけ。ほとんど見ることはなかった。ラジオで時々聞くことはあるが、彼女 もう音楽活動はしていないという。数年前にアルバムを出したことを知ってたから驚いた。この曲が次々カバーされたためまた アルバムを出すという運びになったという。
今の 柴田まゆみの 歌にも聞き惚れた。その様子を見て、感激した。うれしかった。
今夜 また youtubeで 聴いてる。カバーした 岩崎宏美 あみん 茉奈佳奈の歌でも聞いた。どれも皆良かった








>

ついでに柴田容子さんも          なぜか高田真樹子も   


今朝の新聞で 東京都の養護学校で、あまりに熱心に指導を行ったために、誤解した都議や都の教育委員会によって処分を受けた教員らが 教育への不当介入として訴えた裁判の控訴審で 一審同様原告勝訴の判決がでたという、記事が目に入った。
昨日たまたま ユーチューブで この教員等の指導をしてる映像と 批判する石原都知事の動画を見たところだった。
動画の投稿者は、教員を糾弾する意思で投稿している、タイトルはそういう表現だった。寄せられてたコメントは逆に、都や都議を批判し、教員をたたえるものが多かった。教員を変態のごとく決めつけてるコメントもいくつかあったが、短い文で 意見を述べてるのでなく茶かしてるものだった。
この件は テレビでも取り上げられて知ってた。
指導を受けてたのは知的障害の子供たち、排泄や性について 曖昧な表現をせず はっきりその名称を言ってあるいは絵に書いて、さらに手作りの性器の模造を使って、具体的に 熱心に教えていた。それを視察した都議2人と既教育委員会職員が、これを 異様だと発言したため、職員らは処分を受け、転勤までさせられた。
判決で 「事前に父兄たちとも話し合って、承諾されて行なっている」というのが重要視されている。裁判の原告には父兄も加わっていた。
この子供たちの身近にいて 子供たちを一番よく知ってる者たちが最良の方法として行なった教育、それを外部のものが、自分は不愉快だからと、権限で職員に不利益を与えたら、これは乱用で、、介入だと言わざる得ない。
良い先生とは、生徒のため を考えて行動してくれる先生。養護学校なら絶対的に信頼できる先生。
動画を見て 不快に思う人が居てもしょうがない。その人に見せてるんじゃなく、子供たちのために熱心に指導してるのだ。この先生たちが居なくなって、教育委員会がその指導をするなと言って、子供や父兄が不利益を被った
判決でそれが認定された。
教育委員会の顔色伺いばかりで、生徒に向き合わない校長とか、きめられ、命令されたことしかしない先生とかも居るけど、生徒のために熱心でそれが信頼を得ているのなら、そいう教員こそ求められてる人材だということを教育委員会とりわけ東京都の教育委員会と石原都知事は、認識してください。


非現実的な夢想家 賛成

久しぶりに 図書館に行った。目的があったわけでなく、なんとなくフラッと。週間朝日の古い号 最新号 アエラの同じように 過去の号 最新号のいくつかの記事を立ち読。後は 陸上競技マガジン サライを、斜め読みして 館内の開化図書を、眺めて周り、最後にもう一度 週間朝日の古いのを手にとって、目次に 「非現実的な夢想家」という文字を見つけて、その記事を読んだ。村上春樹の スペインカタルーニャ国際賞の受賞スピーチの記事だった。福島の原発事故に関して 核に反対ということを 言い続けてこなかったことを反省している。効率化という経済性に流されて、原発を、作らせてしまったことでは、日本人は加害者と言える。原発廃止というと、「電気が足りなくなってもいいのか」と言い返されたら、「それは困る」となり、原発廃止は非現実的とされてしまう。でも危険な 原子力に頼らずにすむ方法があればそちらが望ましいというのは 多くの人の意見だろう。中には原発で一稼ぎしようと企むものがいるかも知れぬが。後の一文は私 店主の意見で 村上春樹はそんなこと言ってない。対して安全のためなら、非効率性や不便も我慢しよう という意見もある。安全で効率的なエネルギー生産が出来るようになれば 理想的。この理想に近づく研究、努力を 非効率という理由で 怠ってるんじゃないか。夢見る理想論者かも知れない私は、「理想論に過ぎない」という言葉に反発したくなる。可能性のある社会の発展に繋がることは実現を目指すべきだ。私が国家に望むのは 戦争からより遠い状況の国にしてほしいいということ。戦争をしない 戦争に関わらない 戦争に巻き込まれない」。戦争のための武力は放棄しよう と いうと
外国が攻めてきたらどうする と 当然言われる。理想は政治で解決することだ。他の国に軍縮を呼びかける。相手国に驚異を覚えさせるほどの武力は無駄だという認識をもたせるよう普段の交渉に務める。まさに夢想論だろう。現実的に今はありえないと考えるのが普通だ。コスタリカのように私の夢想に近い体制の国も実際あり、観光国として、発展することを目指している。この国が成り立っているなら、他にも理想としか認識しなかったものを実現可能と考え始めるかもしれない。理想論に過ぎないのが、理想の実現にと、意識が変われば と思う
原発を今 完全に今止めるのは不可能だが 将来完全に止めるのは可能で、それに代わるエネルギーの研究は漸進している、理想は、ただ考えてるものでなく、実現に努力するもの。
村上春樹は「自分は ずっと非現実的な夢想家で有りたい、みんなもそうであって欲しい」と言ってる。原発 核の問題も 効率という面から見れば非現実的でも、人類のため 地球のためという観点からみたら 現実味が出てくるんじゃないか。

先月 新聞の投稿川柳で、「冷たい京都に避暑に行こう」というのがあった。伝統行事 大文字焼きで、福島の松を使って、東北地震の犠牲者を弔おうという計画に「放射能で汚染されるかも」という抗議があり 取りやめたというニュースで、京都の主催者と幾人かの不認識者を皮肉ったもの。
福岡でも 福島支援を目的に 福島産品の販売を計画 公表したところ、やはり 抗議があり取りやめになったというニュース。
放射能汚染に対して 神経質にならざる得ない状況であることは、尤もだが、鼻から全て頑として受け入れない考えでいるとしたら、浅はかといわざるえない。どちらもなんら問題のないことを確認し、証明されてるのに、何でも福島からはだめというものがいるのか。
そして ここで言いたいのは、どちらも少数の反対意見で どうしてすぐ 中止と決断したのか。京都の場合、40件の意見を受けて中止したものの 1500余りの中止に抗議する意見が寄せられ 中止を中止。結局は、新たに用意した薪から 放射性物質が検出され 人体への影響は全くなしということだったが、使用せず。「福島のはどうしても嫌だ」というものが、主催者役員に数人いたらしい。その後 福島の人たちの悔しさを、成田山新勝寺が、受け止めてくれた。
福岡の件も、反対意見は 数件と、わずかだったらしい。周囲への影響を考えてというが、デモ体が大勢くるわけなく、まさか 意見申し出たのが 暴力組織で、彼らの振る舞いが怖くてか。
そもそも 誰かを助けようと思ったら、助ける方も、なんらかのリスクは取らないと出来ない。ボランティアは現地がまだ危険なのは承知していても、行かなければという 衝動が強く出てくる。川で溺れている人を助けようと思ったら 川に入らないと 助けられない。みんな助けてあげたいとは 思ってるはず。相当な危険でなければ東北の人たちの利益のためにこちらの不利益は我慢しようじゃないか。惨状に立ち向かわなければならない人たちの事を思う気持ちがあるなら。個人にしても組織にしても、ちょっとした反対意見に、耳を傾けるのはいいが、決断まで傾けないで欲しい。相当な数の反対や後から不都合が判明して決定を覆さざるえない事もあるけど、面倒を避けたくて即中止では、なんとも世間が窮屈になったようで、居心地悪い。

私の大好きな「世界陸上」、終了して2日。観戦した感想が、まだ まとまらない。前回までは、だいたい3日にわたって、私個人の感想を綴っているが、今回積極的に書き込もうという気になってない。テレビで見る時間も少なかったようだ。毎回 予選から全レースを見ないと気がすまなかった。予選とて、日本選手権より高いレベルの内容だから、漏らさず見る価値はある。
弟2回のローマ大会から見ている。一回目のヘルシンキでの大会は 鹿児島では放送が無かった、ニュースでカール・ルイスの存在を知った。ローマ大会のことは今でも良く憶えている。日本選手の成績は女子マラソンの小林みゆきが入賞しただけ、決勝進出も1万メートルの荒木久美、男子ロングジャンプの神野くらいだったと思う。ほとんどの選手が 世界との差を実感して、涙を浮かべて悔しがっていた。
記憶にずっと残る試合もあった。男子400ハードルのモーゼス シュミット もう一人アメリカの若手 モーゼスの連勝記録を直前で止めた男 名前が思い出せないけど、3人並んでゴールに飛びこんだとき 実況のアナウンサーは 「わぁーー」と叫ぶだけだった。女子ロングジャンプのジョイナーカーシーと ハイケ・ドレクスラの戦い。男子200メートルも、ゴールしてしばらく 誰が優勝者かわからなかった。カルビンスミス イギリスのレジース、他にも自分が勝ったと、手を上に掲げていた。ハイジャンプは男子の パトリック・ショーベリー、ソ連のパクリン  アブラメンコ 3人が最後まで緊張した戦いをおこない、女子は コスタディノーワが 世界新をクリアーした。この記録がまだ破られてない。女子100ハードルも当時活躍した、ドンコワ ザコルチュアの名前が世界記録 大会記録の保持者として24年前から変わってないんだ。
このとき 場所はローマだから 当然ライブ放送は日本の夜中。毎晩 9時ごろ寝て、放送が始まる1時頃起きて5時頃までテレビ見て、それから 7時半頃までまた寝て 出勤していた。当時はフジテレビが放送していた。ずっと スタジアムの様子を伝えていた。レースの合間、スタンドでは、ウェーブが、何度も起こって 盛り上がってた。その様子を、自分もスタジアムにいるような気分で 楽しんでた。今のように 一レース終わるとごとに、スタジオのタレントに切り替わることは無かった。見たくも無い顔が何度も出てきてうんざりする。と、普段嫌いでもない 俳優をこのときだけは嫌いな奴になる。
さて そんな放送形式に不満はあるが、ライブで放送してくれるのだから ありがたいことには違いない。日本選手の競技は、やはり 興味を持って見ていた。女子の福島千里の準決勝進出に始まり 室伏のハンマー優勝。かろうじてだが棒高跳び沢野も決勝に進んだ。400mの金丸 女子400Hの久保倉が準決勝へ、女子マラソンも期待通りではなかったが 赤羽が入賞。前半まずまず好成績といってよい日本選手の活躍があった。ところが後半に入って6日め 散々 まず 槍投げの村上の予選落ち 今シーズン好調 世界的にも上位の記録を出してたのに。マイルリレーはバトンミス。5000mはワタナベが転倒。女子槍投げ海老原の決勝進出 50km競歩の入賞、男子マラソンの団体2位が目立ったくらいか。4X100リレーも、惜しいところだったが決勝を逃した。いつものことだが ベストが出せない。室伏だけがシーズンベストを出し、その結果優勝。100mの福島も、もし ベストに近いタイムなら決勝に残れてたのに。今大会も世界記録更新なし、大会記録タイがあったかな。勝負にかけてタイムを狙うのはリスクがあるとう判断か。予選突破が目的で順位にこだわることもあろうが、結局敗れて 記録も自己ベストをはるかに下回っては、悔がのこるだけだろう。ソウル五輪で敗れても全力を出し切って日本記録を大幅更新した松野みたいな、見ていて感動する場面が昨今はなかなか出ないのが残念。テレビ画面の結果表には 外国選手の PB NB SBのしるしが 次々表示されてるのにと、スッキリしない気分で見ていた。
ただ これは、見ている者の勝手な言い分で 競技者には各自、事情と考えがあって、違う評価もしていることは十分承知はしています。でも 24年前ローマで悔し涙を見せた人たちのように、気持ちを改めて、今後奮起して伸びて欲しい。娯楽として眺めている自分にも 24年前 連日連夜興奮して同じ大会を見ていた時との違いに 、興味が薄くなったか 年のせいか、と、嘆いている。しかし 世界にはすごい選手がどんどん出ているのに驚かされもした。これらの興奮はまた次の機会に

舞の四十九日でした
今日から 舞の魂は 仏になるそうです。
しかし とても 仏なんて似合わない。きっと あちらでも 五月蝿くおおはしゃぎしてるんじゃないか。神様にじゃなくて、仏様にでもなく お釈迦様か 誰でもいいけど 
「五月蝿いから 出て行け」なんて 言われないか。
でも こういう賑やかなのは あの世でも もてるんじゃないか。
亡くなった時の状態で、天国に行ってるとしたら、圧倒的に老人が多いだろう。静かに暮らしてるなかに騒々しいのがやってきたら みんな あっけにとられるかも。でもそれで みんなに知られることになり、人気者の存在になる。
生前 入院してた病院も 同病棟患者は 年配者がほとんどだったが、誰もが このうるさい舞のことを
「明るくて元気もらえる」と 言ってくれてた。
あっちでも 同じように みんなに可愛がってもらえるでしょう。 
仏より アイドル。 生真面目な難しい顔よりにこやかに笑顔を絶やさず、みんなに好かれるアイドル。
よぞらに 光る スターに なろう。尊敬されなくていい。はちゃめちゃでも明るくて みんな大好き。これが舞だ。手を合わせて、仰々しく拝まなければ応えくれぬ仏より いつでも近くで見守ってくれてる 魂のままで居てくれることを みんな 期待してるよ。