店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

プロフィール

Author:川元 正樹
店主です。よろしく!



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


昨年 交通事故で故人となってしまった川口のお母さんを訪ねた。陶器店を営んでいて、まだ忙しそうにしていたけど、作業を続けながら 応対してくれた。言葉に悔しさが滲むのはいつもの通りだが、感謝の言葉もたくさん出てきた、同窓生の訪問者が最近多いようだ。息子をずっと思ってくれている人たちへの感謝の言葉は 川口自身の言葉の代返なのだろう。
ある エピソードを話してくれた。鹿児島にいる同窓生の大郷が訪ねてきたとき、向かいのビルから 鳥の囀りが聞こえてきた。はっきり 鮮やかに。野鳥の会で、鳥に親しんでいた彼が 鳥になって帰ってきて、友の来訪を喜んでいる と お母さんは信じている。彼の遺言のとおり 家を立て替えたときその地鎮祭の時も沢山の鳥がやってきた。朝 店を開けるとき、毎日鳴き声は聞こえる。励ましてくれるように。
私にとって彼は「星の王子様」。私の塞ぎ込んだ気分を慰めてくれた 星座の話の印象がとても強く残っている。いつでも そこで輝いている北極星を 彼だと思っている。姶良の 娘の墓の後方でいつも娘を守ってくれているように輝く 彼に感謝していた。きっと あの高いところで舞を可愛がってくれているだろう。
舞が亡くなってしばらく 毎日蝶がやってきて 位牌の上に止まった。妹は「おねぇちゃんが来た」と言って 喜んだ。私もそう思った。娘、舞の気配が確かにした。
川口のお母さんも 高齢なのにまだ頑張れるのは 息子の魂がいつでもそばにいて 助けてくれる と 信じているから。私の場合は そこにいる舞に 叱咤されているのかも。しっかりしなければ。
スポンサーサイト

おおつごもりです。冷たい雨の中、巷の人たちは 迎春の準備にかかっているのでしょう。昨日は道路向かいの花屋は終日、生花を求める人たちで賑わい、道路沿いに ズラッと停車車両が並んでいた。街中の店よりは安価なのだろう。遠くから車できている人たちのようだ。
久しぶりに一人で迎える正月。といっても 正月だからといって、気持ちの高揚なんてほとんどない。ただ 誰か仏壇を拝みに来る可能性があるので、部屋の掃除だけはやっている。24年前は与論にいた。一人暮らし。正月休みを利用して 名瀬にかえることはできたのだが 敢えてしなかった。正月だから、どうこうするというのが面倒だった。NHK紅白なんて、成人してからは、見たことなかった。NHKFMで放送されていた「渋谷陽一のロック講座」を聴くのが例年の慣習だった。三日間休みだ。それだけが喜びだった。
そうは言いながら、普段とちがうことをやる。そういう計画を与論在任中の4年間、続けてもいた。
大晦日の食事は スキヤキ。小さい時からの 我が家の大晦日の食事は皆 団欒しながらのスキヤキだった。
ジョギングをしながら 初日を拝む。走るのが好きだったから、それは習慣なのだが まだ夜も開けぬ早朝にわざわざやる必要はなかった。でも 正月だからその時間。 日の出を見ようなんてかんがえるのも 正月だけ。銭湯に朝早く入れるのもその日だけ。
今回も「正月なんて別に」と思っていても、掃除をしているし お墓参りもする。夜は兄のところに呼ばれている。あす あさっては 箱根駅伝を観る。毎年の正月の慣習だ。どうしようと やはり 正月。正月は拒否できない。
毎年 娘と行ってた ホームセンターのくじ引きに 今回は行けない。それが ちょっと寂しい。楽しい思い出を重ねていたのも正月だったか。

木工作品展示会は、奄美に植生している木を材料として作った、家具など 兄たちのグループの作品展だった。
兄から言われて コーヒーのサービスをした。一覧して会場から出てきた人達に、声をかけて コーヒーを差し上げた。サービスなんだけど、私のコーヒーの宣伝でもある。それでいて 日当は兄からもらった。来場者が150人ほど。ほとんどの人がコーヒーを飲んでくれた。不思議なことに、私が喫茶をしていたころのお客さんが何人も来た。もちろん 木工品を見に来たわけだから、私を見て皆驚く。「帰ってきました」と挨拶をかわし、「昔はキリマンジャロをたくさん買ってもらいましたね」など 思い浮かぶ当時を懐かしむ。ゆっくり語っていると マスターになった気分。ゆっくり話せる ゆとりはあった。
イベントでコーヒーを点てて出すのは、姶良の歩こう会でやっていたが、あの時はてんてこ舞いで、飲む人と語る余裕はなかった。
珈琲について語る人もいるが 木工品を見ての感想を言うことが多い。リュウキュウ松や 一ッ葉のきれいな木目、珍しい火箱の重厚な感じを口にする。満足できた、昂揚感で、飲んだコーヒーもまた格別なものに思っていただけたようだ。
その家具の中で 兄は 泥染め塗装というのを 得意にしている。大島紬の泥染めを木にも用いたもの。車輪梅のエキスと泥の成分を合わせた黒光りの塗装はより 高級感を引き出している。
今日行われた 紬とその技術を使った作品展で、兄の家具」が県知事賞をいただいた。「今日はお祝いしよう」と帰って行った兄。いい気分でお酒を味わっているか と思ったら こんな時間。もう寝てるな。きっと。

気が付けば、一週間後は大晦日。日付が変わっているから 来週のこの時間は 年が明けているのだ。
それより 大変なことに 気づいた 今月は一度もブログ更新がない。何をやっていたんだ。そんなに忙しかったか? パソコンに向かうのは夜。その夜、毎日 テレビの前に寝転んで 居眠りしながら過ごしている。
寝転がりながらも、あれを書こう と思いついたことはたくさんあった。今月だけでも 娘に会いに鹿児島へ行ったこと。木工展示会の会場で コーヒーをふるまったこと。鹿児島で助けてもらっていた、友人が来島して食事したこと。何より 鹿児島 姶良のお客様 ほとんどが 変わらず 注文の電話 メールを下さることに感謝 それを伝える文を書かなければ。お蔭様で 奄美での暮らしは 穏やかに 順調に 過ごさせてもらっている。
波乱の2012年は あと数日で終わり。ただ それほど きつかった とか 大変だったという 感想はない。
引っ越しが大変だった と言うことだけ。元配偶者との諍いは、ちっぽけなこと。友人等に話すこともあるが、大体その場に笑いが起こる。新しい友人もたくさんできた。鹿児島では お客様だったひとが 離れて電話で言葉を交わすと、親しい知人になっていく。
帰郷した時 再出発 と応えていたが、新しい門出だ。生きていれば夢が持てる。夢があれば元気でいられる。人生を悲観することも忘れ 明日に期待を抱く。そんな新しい生き方が出来そうな気がしてきた。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。