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鹿児島県地区対抗女子駅伝の日。大島は五位。順位は去年と一緒だが、Bクラス優勝で、目標達成。一区で5位と粘ったこと と、中学生2人が期待通りの走りをした。3区が区間3位 5区は全国で区間8位だった赤木名中の3年生がみごと 一般 高校生の他のランナーを抑えて区間賞。高校生たちも粘って上位でのゴールを成し遂げた。
もう一つ 選手の気力を引だす要因となったのが 2区の滝田選手の出走ではなかったか。区間記録はあまりよくなかったが、母親を思いながら走っただろうし、応援する人たちも 彼女のお母さん 川照美さんを思っただろう。この大会に20回連続位出場。大島チームの支えであり この大会のシンボル的な存在としてよく話題にされていた。おととしだっただろうか、練習中に倒れ 意識の戻らないまま闘病中と知った。この大会で必ずその走る姿を見ていた人だ。驚いた。奄美では有名人。高校では器械体操、社会人になってからバスケット。結婚した頃から陸上競技。それも 100Mでも 1500Mでも島ではトップ。トライアスロンまでこなす。郡体と呼ばれる大会では街の代表として 陸上もバスケットも選手として選抜され参加。高校で器械体操のコーチもこなしていた。名瀬市の陸上競技協会で一緒に活動はしていたが 私は専ら審判員。彼女と走ったのは、一度だけ。ハーフマラソン大会に出た時だったが、150センチほどの 小さな体ながら バネを効かせたストライドの大きな走りで、ぐんぐん前にいき、数キロ走ったところで その姿は見えなくなった。その時、スタート前小さな女の子の手を引き戯れていた その時の子が今回の娘さんだったのだろう。ご主人は赤ちゃんを抱いていた。九州一周駅伝にも出ている長男の翔太くんだ。与論であった地区駅伝にも 赤ちゃんを連れてきていた、生まれて間もない翔太くんだったと思う。走り終えた後ずっと抱っこしてあやしていた。子供たちも母親はあこがれのランナーで誇りだっただろう。県地区対抗駅伝では 下位に低迷していたときも優勝した時も 常に全力を出し切り それでも次の大会に向けての反省も口にする。40歳を超えてもなおその向上心は旺盛だった。島の若いランナー達の模範だった。監督の森山さんもチームメイトも「Bクラス優勝を果たして 川さんに報告したい」と話していた。目標達成した報告を受けて きっと喜んでくれるだろう。みんなが回復してくれるのを願っている。娘の滝田さんの 胸を張って走るお母さんと同じフォームの走る姿を見て、胸が熱くなった。
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二日続けて、ウォーキングに出かけた。40分早歩き。医者に言われている時間だ。
奄美に来て久しぶりに再開した友人たちは 一様に「太ったんじゃない」と言葉を発す。十六年前と比べて もっとも変わったのが私の体型。体重だ。「少し太ったんじゃないですか」と遠慮がちに言う人もいる。「かなり太りました」が,私の返事。友人たちは「歩いたらいいのに」「長浜だったらいいコースがあるでしょう」。私は「うん 歩かないとね」とこたえながら、全く実行していなかった。
以前 努め先が一緒だった一才年上のNさんを時々訪ねている。がっちりした体型の人だった。あのまま年をとっていけば 太った体型になるはずなのだが、とってもスリム。ウォーキング ジョギングが日課だそうだ。5キロ 10キロの距離をこなしている。そういえば Nさん 20年くらい前も歩いていた。ずっと 続けているんだ。見習おうと、今年の正月から毎晩歩こうと決め、元旦の晩、歩いた。二日の日は飲みに誘われ、実行できず、三日には歩いた。それから何回か歩いた。24回歩いてないといけないんだが、実際は5回くらいかな。
私の場合 体型ではなく、循環器のことが第一に気に病む。再発しないために、医者にも言われているのだ。私のことを心配して 市役所保健予防課のMさんは 最善の治療ができる病院を調べてくれた。こちらもまだ行ってない。今は何事もなくすごしているが、あの病は突然起こる。もし 再発したら覚悟せねばならない。体調はとりわけ注意しなければならない状況とは覚えない。実際はお腹が張ってるし、重たいし、好調とは言えないのだが、ずっと長年この状態。これが普段の私の体調なのだ。
ウォーキングは、回をこなすうちに体がそれを、習慣化させ、歩かずにはいられない状態になるだろう。毛細血管が発達し、血行は良くなると思う。体重はもっと食事にも気を使わないと、それを減じることはできない。お腹の周りのつまんでも握っても痛くない大量の脂肪を燃焼して少しでもスリムになりたければ、生活状況を改めることだ。ひとりだら~っと過ごしている夜にどれだけ我慢できるか。

懐かし 古本屋の兄貴

奄美市内で多分ただ一軒の古本屋へ入った。いつも表通りからその看板は見ていたのだが、いつも灯りが消えていて、横の細道の方に コミックが並べられているのだけが目に留まっていた。嘗てよく利用していた書店の看板だ
 以前のような規模の店はもうやってないのかな?と思っていた。
今日 そのコミック棚の横の小さな入口へ 人が入っていくのを見て、そのあとから覗くと、階段がある。階段に沿って本棚が設置され、古書が陳列されている。思い切って階上へ上がると そこは、紛れもなく以前と同じような古本屋だ。おくのカウンター内に人がいる。「あれ 違う人かな」そう思ったとき、「いらっしゃい」の声と共に顔がこちらを向いた。あの人だ。「久しぶり!」と声をかけてもらった。16年経って 歳も取っている。でも その人の顔だとすぐわかる。小さくなったような気がした。昔は元気だった。歯に衣を着せぬ言動で、よく喧嘩もしていた。口論が殴り合いに発展することもあったらしい。新聞や雑誌への投稿も、自分の意見を毅然と述べる。反論があるだろうことが分かっていても、自信があったのだろう。薩摩の英雄を新聞で断罪した時など、抗議のような批判がすごかったようだ。今はどうなのか 年とともにまあるくなったか。柔和な顔を見せているとってもいい人に見える。もっとも 私と相対するときは 柔和だった。私の店で原稿を書いているときなども紳士的で穏やか。でも その原稿の内容は激しいものだったんだろう。
島の文化を愛する人だった。店の特徴もその郷土愛が反映されている。奄美 沖縄関連の書籍が 店の3分の1くらいのスペースをとって揃えられている。奄美出身の あるいはゆかりのある作家の作品。奄美学 沖縄学の本の多さでは その専門書店として高く評価していいのではないか。
1998年版ユリイカ「島尾敏雄」を手にとってみた。島尾のミホ婦人 子息の進三さんの投稿もある。ほか島尾の研究家たち。読んでみたい、売価2500円。本の定価は1800円。確かにもう手に入らぬと思えば その価値はある。島尾の研究者なら躊躇わず購入するだろうが、私は研究者ではない。ちょくちょく行って、立ち読みしようか、 でもそうするときっと欲しくなって 買ってしまうだろう。きょうの購入は 村上春樹と小田実の文庫本計400円。庶民には手頃な値段の価値ある2冊。

土曜日に東京の山元から メールが来た。叔父上様の命日で、お寺に向かってる途中と言う。写真が一枚添付されていた。お寺か法事の様子かと思ったら、美女が3人。先日彼が観覧した コンサートの演奏家たちだ。そういえば「最後 3人と握手までできて、ほんと おじさんは嬉しい!」なんて、嬉しさをこらえきれないような言葉を溢れさせたメールを横していた。アルパ上松美香、バイオリン奥村 愛、ピアノ丹 千尋。
上松美香はよくテレビにも出るし、私もCDを持っている。あとのふたりは知らない。早速それぞれどんな活動をしいるのか知りたくて、まずユーチューブで その演奏を見る。クラッシック音楽に関しては全く門外漢の私、雰囲気を味わうことしかできないが、奥村 愛の演奏は 目を閉じて一心に弾いているように見えるが、緊張した音楽には聞こえない。ゆったり聞ける。「愛の挨拶」という 私も 千住真理子のCDで 何度も聞いているだいすきな曲だったせいかもしれない。ブログを見たが、1979年生まれということ、あす リサイタルがある、27日にNHKFMに出演する、2月には小松亮太等とタンゴを演奏するコンサートがある ということに興味をもてた。山元は 上松美香よりさきに 奥村愛を知っていたようだ なんで知ったかというと やっぱり美人だからだろ。と 勝手に推測している。丹千尋のピアノ演奏は優雅。スラットした長身のようだ。朗々と流れるようにラフマニノフが奏でられている。プロフィルを見ると90年代半ばに学生時代を過ごしている。奥村愛より少し年上か。やはり若い。元祖クラッシック界のアイドルといわれた千住真理子以来、ちょこっとクラシック音楽でくつろぎを感じられる者たちの、耳より目を惹きつける美人音楽家が結構出ている。その音楽と演奏する姿で心地良いひと時が過ごせる。高度なクラッシク音楽の違いなんてわからないから 同じ曲ならそういうひとの演奏が聞きたい。その人たちの姿に惹かれてクラシックを聴く人が増えるとしたら、彼女らの存在はおおいに歓迎。でも 彼女たちはアイドル視されることに必ずしも喜んではいないのかもしれない。子供の時から練習を重ね、相当な努力もして 今の技量を体得した、芸術家としての誇りをも持っているはず。しかし世間はアイドル大好き。私の娘の名前は昔から好きな三人の美人音楽家の名前を念頭に置いて付けた。バイオリニストS 、、ピアニストK チェリストF。娘はそんな父の思い入れなど我関せず、クラッシックには全く興味を示さず、毎日テレビのアイドルに夢中。

上松美香
奥村愛
丹千尋

後潟選手の走りを期待

全国女子駅伝の日 昨日兄が「鹿児島は誰が出るの」と聞くので、「上原美幸。一区で区間賞取るかが、注目」と答えた。兄「だれ?それ」「鹿児島女子の上原美幸は高校生では 日本人トップ」そういう会話をしていた。
予想通り 期待通り 見事!タイムも一区歴代2位ということ。怖いもの知らずというのか、周りの誰それに気を回すことなく終始自分のペースで のびのび走っていた。
鹿児島は11位 順位も記録も昨年を上回った。でも ちょっと残念。2区と5区の全国レベルの記録を持つ 高校生2人が不調だったこと。2区の選手の持ちタイムで判断すると、神奈川や愛知の高校生に簡単に抜かれるはずはないのに。見ていたら重くバランスのとれてない走りだった。3区の中学生も、去年の全中2位の力のある選手だったが、2区からの連鎖反応か、実力が出せなかった。奄美の中学生も区間8位と健闘。ほかにも奄美の中学生と 奄美出身の大学生がメンバー入りしていが、出走はなかった。この4人の大学生たちはアンカー10キロの候補だったが、今日は大東大の田山姉妹のお姉さんが走った。大学駅伝では 妹の方がアンカー10キロを走り、区間順位もよかったが、きょうは姉の方。おととしこのアンカーを走ったのが お姉さんの方だったかな。
で もう一つ残念だったのが、メンバー入りしていた、順天堂大の3000m障害学生記録保持者、後潟華奈子の走リが見れなかった事。実力では彼女が走るのが当然だと思ったのだが、不調だったのだろうか。もしかしたら監督が、自分の教え子でないので彼女のことをよく知らなあかったとか。彼女は伊集院高校のバスケット部員だったが、乞われて競技会に出たら、県のトップに近い記録を出し、伊集院高校OBの順大関係者に勧められ、大学の鯉川監督が直接勧誘に来て、順大 陸上部への進学を決めた。鹿児島県の女子駅伝でも、神村学園や鹿児島女子の長距離選手を抑えて 区間賞をとっている。大学でも一年目から駅伝レギュラー入り。期待されていた。順大関係のブログを見ると高校時代無名ながら 努力家で 人柄も良い彼女が 高校時代から有名な後輩たちに慕われ尊敬されていることが記されていた。ナイキのjust do itというコマーシャルに 一瞬だが ダルビッシュらとともに出演している。いま3年生かな。既に全日本でも上位に入っているし、期待が持たれる。来年の皇后杯32回全国都道府県対抗駅伝で彼女が走れたら、鹿児島はもっと上位にはあ入れる。高3になる 上原美幸とともに 2枚看板として輝くことを 今から楽しみにしている。

177番後潟

私にとっての鬼門 姉が帰ってきた。早速家を片付けている。私の4つの本棚の一つを処分するという。づっととってあった 雑誌類は私の知らぬ間に 紐でくくられ外に積まれている。雑誌と一緒に なんと大事な「植草甚一読専」も捨てられようとしている。慌てて隠す。アルバムも外に、「そろそろ 他人に迷惑かけずにこの世を去る 準備をしないといけない年でしょ」と曰う。5歳年上の姉は私の方が 最後を迎えるのは早く、そのあと始末で難儀するのは自分だと確信しているのだろう。両親亡き後、この家を相続したのは姉だ。私は姉の家に居候していることになるのか。面と向かって逆らうのはよして、大事な本 想い出深いものは隠しておこう。若年時に読み続けていた朝日ジャーナルは 兄の工場の二階に、サライはベッドの下に。仕事上購入した「喫茶店経営」は必要だと主張できる。残念ながら スイングジャーナルと陸上競技マガジンは諦める。確かに分厚く場所をとる。レコード購入の参考にしていたスイングジャーナルは、新しい情報を得るに欠かせぬ本だった。今 思い入れのあるプレイヤーは、やはり 長年聞いてきた人たち。個々の人物を紹介する本はほかにいろいろ有り、それで良しとできる。まだ綺麗な表紙を見ると、気持ちが揺れるが。陸上競技マガジンはもう 陸上と関わる事のなくなった今はきっぱり諦められそうだ。これまで見たいろんなシーンはくっきり記憶に残っている。後の単行本は「全部納まる本棚を自分の部屋に備えるから」と 説得して とりあえず箱に詰めて置く。「アンタみたいにモノに執着する人はいない」と不機嫌な姉。自分に思い出も興味もなければゴミにしか思えないだろう。しかし 姉は自分の本もあっさり捨てる。懐かしいはずのアルバムさえ 躊躇わずに捨てる。この神経の方は私には理解できない。まぁ私の部屋にどんと置かれていた父の衣類を残していたタンスも処分するので こちらはありがたい。
その 捨てる予定のものもの 今日は時間がなくてまだ持って行ってない。トラックに乗ったまま。焼却施設は明日休業。こっそり何冊か 家に戻そうかな。車にでも 隠しておこうか。姉がいるのは火曜日まで。それを乗り越えれば。でも 4月には鹿児島から引っ越してくるんだ だから自分が住む環境にこだわっている。見つかったときはその時 言い訳を考えておこう。ちなみに仏間に勝手に設置したレコード棚についてはなんにも言わない。

またまた 1週間更新せず。実は。光回線が定額制になっていないことは判明。兄が契約した回線を利用しているのだが、兄もよくわかっておらず、契約は相手に任せていたようで、「インターネットはあまりしない。」と答えたため 従量征が選択されていたようだ。11月から私が利用を始めたため、一気に電話料が上がり、不思議に思い請求書を見て判明。すぐに 定額制への変更を申し込んだが、「開始は10日になります」と言われ、今日までインターネットに繋ぐのを控えていた。
丁度 3日にちゅうもんの電話をくれた 蒲生のk君から 「ブログ見てます」と言われ、姶良のIさんからの年賀状には「ブログ毎日楽しみにしてます。」とある。そして今日も屋久島のHIDEちゃん先生が 「友達にも川元さんのブログ見るよう薦めておます」と言っていた。「今年は毎日でも 沢山書くぞ~」と 張り切った矢先の事。ちょっと気分を削がれたが、こうして読んでくれる人が増えているんだ。つまらない文は書けない。独り言では済まなくなってしまうほどには ならないで欲しいが、「読んでます」という嬉しい言葉をありがたく そして 励みにして。
でも 今日何書こうか。何か思いつくのを期待して 言い訳から書き始めたが、時間が経つだけで、思い浮かぶ何もなし。悲しくも眠気に負けて、あすに持ち越し。明日は何かあるだろう。事件じゃなくて、心動かされることが。

オーディオ用の棚は昨日で完成、かなり 重たいものになったが、頑丈、オーディオ機器を載せても大丈夫そうだ。今日は 機器を設置しレコードを納めた。そして 久しぶり ホントに久しぶり レコード鑑賞。
アンプの電源を入れ プレーヤーのターンテーブルを回転させ、アームを持ち上げ レコードに針を落とす。ザザっとノイズが入る。CDでは起こらない現象。ピッカリングの刷毛のついたカートリッジが うまく降りない。履けのせいらしいのでMCカートリッジに替えた、クリアーな音が出た。2年ぶりくらいではないだろうか。以前なら 「いつまでも独身気分で」と皮肉られ、自由にレコードをかけられなかった。今は 堂々とした独身。体をスイングさせ、指をならす。乗ってきた。いつでもこのワクワクする感覚が得られるんだ。今日聴いたのは 「鈴木彰二 ピーナッツハッコウ」リッチーコール「cool C」レイ・ブライアント「リトルスージー」トミー・フラナガン「エクリプソ」スタンレー・タレンタイン「シュガーマン」
ただ 棚をおいたのは、仏間 客間を兼ねていて、姉から 「余計なものをおかず 広々使えるようにしておけ」と言われている。でも ほかに置くところがない。レコードを飾っている ということにしよう。

s-DSC00703.jpg


たのしいブラス演奏の動画が目に留まった。神奈川 川崎の橘高校の演奏。ディープパープルのメドレーだ.吹奏楽としての評価はどうなのかわからないが、とにかく楽しい。楽しそうに演奏している。
ハードロックをブラスバンドで演奏するということにもびっくりした。昨年6月のコンサートらしい。ディープパープルを取り上げたのは 指揮者の好みだろうが、鑑賞に来ているお父さんたちの好みをも考えたのでは。ブラスのロックというと シカゴやチェイスがあるけど、ギターバンドのディープパープルの曲については想像したことがない 一度、中国の二胡での演奏を聞いたことがある。ハイウェイスターを 上海リッチというタイトルでアレンジしていた。ロックではなかった。
とにかく聞いてください。

本家 ディープ・パープル


2013年 最初の日は快晴だった。のんびりできる一日なのに 昨日 雨に濡れながらを配達に回っていたことを考えると コンチクショウ という気にもちょこっとなる。例年のごとく のんびり過ごせる一日は、朝からごろごろ時間を費やし 3時頃やっと出かける。コンビニまで歩いて新聞を購入。車で町中の本屋へ寄り、姶良で毎年行っていたホームセンターの奄美店へ 籤はやってなかった。でも 客はいっぱい。正月の娯楽は買い物?
三日間でやらなければならないことが いくつかある。先ずは 棚卸。生豆はすんだ あとはぼちぼち。 焙煎機のダクトの補強。今は一か所固定しただけ。あと2か所止め器具を使って固定しなければ。しかし 屋根に上がったり、はしごを使わねば届かない高所だったり。気合を入れてせねば危ない。その気合が今日は出ない。あとは 棚を2つ作る オーディオ用の棚 焙煎機メンテナンスに使用する道具やグリスを置くための台 もう一つ ベッド。兄が仕事を休んでいるうちに あとの3つの木製品は作らなければ、と 今日は棚つくり。材料は、先月取り外した食器棚に使っていたラワン材をとってある。自動のこ 自動カンナ パネルソー 道具は便利なものが何でもある。材料が足りない分は、捨てる予定の木々から 適当な桟 と板を探し フラッシュ貼りで作り、ラワン材は、寸法を合わせて サンダーで磨く。フラッシュに圧力を加えている間に もう一つの 右30センチ 左20センチの変形棚の制作。こちらはすんなり出来あがり。いちいち手でのこを引いたりしてたら、時間は倍以上はかかっていただろう。便利な工作機械のおかげ。
明日はレコードを収める棚を組立。ベッドも作れると思う。先ずは計画の3分の一完了。じゃなかった。早起きして集中して作業に入れるなら木工品完成。箱根駅伝も見たいし 配達もあるし、得意先の初商で、挨拶にもいかないといけない。早く起きて 行動を始めないと、ダメなんだ こんな夜中まで起きてちゃいけないんだ。



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