店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

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中島みゆきの「化粧」を大竹しのぶが歌っていた。歌うというより 演じている。そのひとつの詩の世界に身を置きなりきっている。ほんとに辛そうに、切なそうに。泉谷と歌った「黒の舟歌」の時のような、圧倒的な声量は押さえ、昔の「みかん」のようなかわいらしさや いじらしさは微塵も見せず。さびしい女を演じきった。さすが 演劇の個人賞を何度も受けてる実力を発揮している。この「化粧」は中島みゆきの4枚目のアルバム「愛していると言ってくれ」に納められている。このLP、私は買ってない、まえの3枚は買って、今も持っている。この4枚目のアルバムはFMで、チェックしたカセットテープがあったので それを良く聞いていたし、それで満足していた。特に、これ!という曲がそのときはなかった。しいて言えば シングルがオリコン1位になった「わかれた」が入っている。ミルク32が面白い。そんな感想だ。でも 実は あの「世情」が収録されているのだ。そのときはそれほど インパクトを受けなかったようだ。しかし 10年くらいたって聞いたときの感慨はとても深いものだった。テレビドラマの中で使われたというのは、そのあと知った。「変わらない者達と戦え」と鼓舞され感情を高ぶらせるが、シュプレヒコールは通り過ぎ いつしか 何もなかったかのような静けさに戻ってしまう。でも 続けよ 戦わねば と、その訴えは残される。youtubeで見ると 三里塚闘争、 過去の学生デモ フォークゲリラ 全共闘闘争など 象徴的な写真がこの歌をバックにアップされている。海外の反戦デモか抗議デモか、曲に添った写真もある。過去の写真だが、この歌の力で、大切なもの その時 を思い出し、まだ 終わってない シュプレヒコールは聞こえている、そんな力強さを感じる。
ある youtubeの写真に ショックを受ける。これまでにもこのての写真は沢山見ているはず。いま 現実に地球上で起こっていることだから。そこに この「世情」が流れると、もっと よく見ろ、と言われてるような気になる。目を背けてはならぬ。この悲惨な現実を終わらせるために 戦おう、シュプレヒコールをあげよう そんな高揚があったのは私だけではないだろう。初めて聞いた20代前半の私は、この歌に興味を持たなかった、共感もしなかった確かにノンポリ学生だった。何を夢見ていたんだろう。
先日 中島みゆきは久しぶりにこの曲をコーラスを従え歌ったそうだ、今歌わなければならない世情なのかもしれない。


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ブラック企業を認める法律ができるらしい。当然そんな目的で作られる法律があったら、とんでもないことだが 結果的にそうなりそうな法案だ。「解雇しやすい特区」を作るそうだ。労働時間の規制なし 残業代0もOK.。阿部内閣の成長戦略の柱 だって。特区だから、どの会社でもというわけではない。ヴェンチャー企業や海外企業の進出を促進するのが目的らしい。当然ほとんどの人は反対。パワハラなどで、無理やり退職に追い込むブラック企業の存在が問題視されている折、弱い立場の労働者に、目が向けられてないのか。大きな組織にいて、強い立場の労働者も多数いるが、産業振興の名目で、切り捨てられる人々が出ては、めざす豊な社会は、歪んだ社会にしかならない。労働法は、労働者の憲法で認められた権利を、確保するための規定。労働者のための片面規定。それも 最低の水準のもの。すべての労働に関する規則はそれ以上でなければならない。
私が以前勤めていた職場でも、総務担当役員が、就業規則 労働協約、で、違っている、労働条件が、有利なものと 不利なものと あって、組合に「お前達は 就業規則 労働協約どっちを適用して欲しいんだ」などと 発言していた。どちらも最低の基準なんだから、不利なものは有利なものの水準に引き上げる というのが当然のはず。経営者の力量は、労働組合をいかに抑えられるか などと 考えていたんじゃないか。
金曜日の深夜の討論番組で、ブラック企業についての議論で、経営者の立場の3人の人の話がかみ合わない、正確には一人は経営コンサルタントだが、一件数億円のコンサルタント料を請求する、大企業しか相手にしないコンサルタント。とりあえず そういう会社なら 何故辞めないのか・というのが、彼ら揃っての意見。やめられない事情は、各人それぞれあり、仕事はいくらでもあるという状況ではないのに、「行動せず文句言ってる 労働者が悪い、甘えている」。自分らの企業は優良で 一切問題はなく、こういう問題に疎いのだろうか。なぜ この人たちを出演させたかといえば、番組を盛り上げるためだろう。
ただ 自民党の女性議員が、真剣に取り組んでいるようで、積極的に実態を公表して、深刻さを訴えていたのは、改善を期待させられるものだった。
さきの特区だが、首相は、実現に積極的らしい。もし なったとしても、ごくごく特殊なものに閉じ込めて欲しい。ブラック企業に転じたら、その権利を奪う。そういう法律にならないと。

コマキストにとって「忍ぶ川」は?

今日の朝日新聞 映画の旅人は 「忍ぶ川」。高校生のとき 栗原小巻がヌードになる という宣伝に食いついて見に行った映画。近年もレンタルのDVDで見ている。後で見たときに、主人公の呪われたような家族のことや、ヒロインが貧しいながらも高潔な生き方を父親から授かっていること。新しい家族を迎える、新しい家族に加わるということ、これらを考えずには見れないことに気づいた。
この記事も 「結婚で それまで人生を覆われていた家 共同体の暗い影を払拭し 夫婦として新しいエネルギーを得る その象徴として、初夜のシーンが必要だった」と 書かれていて、あの美しい、40年の間も鮮明に憶えていたシーンの意味がさらに 崇高に思えてきた。
そのシーンには 監督、出演者たちが並々ならぬ研究 考察に労を惜しまなかったそうだ。衣服、の脱ぎ方、寝姿、美的に見せるアングルを考えるのに、作者 三浦哲郎の私小説ゆえ、本人に 奥さんが どのように 襦袢を脱いだか など 尋ねたらしい。演ずる26歳の栗原小巻も「どうしたら真摯な美しい映像を撮れるか 皆で考え、ヒロインの純粋な気持ちが表現できるよう演技した」と述べている。白黒の映像に、映し出された栗原小巻の白い裸体と、行為のあと、二人の新しい人生のはじまった 明け方 開いた窓の外の 薄暗さの中の雪の眩い白さ。本当に美しかった。それを見たときから 「コマキスト」。かと思ったが、小学生のとき NHK大河の「三姉妹」を見たときからのコマキファンだ。ほかにみた、寅さんの映画や 「若者達」 テレビドラマの中の栗原小巻は、みな印象深く残っている。
監督の熊井啓は、社会派 と呼ばれているらしい。近年では 松本サリン事件での冤罪を扱っ「日本の黒い夏の監督をしている、帝銀事件 下山事件を題材にしている。東南アジアで娼婦となった「からゆきさん」を描いた 「サンダカン八番館娼館」。そういえばこの映画にも栗原小巻が出ていた。関根恵子がヌードで泳ぎ へアーが見えたとか話題になった「朝焼けの歌」だが、この映画も自然を破壊する 大規模開発を摘発する意図で作られた。「忍ぶ川」も、単なる ラブストーリーでなく、「初夜の性行為は自己を生に転化させる行為」それを伝えたかったのだろう。
今日の記事で一番興味をそそられたのは この映画 吉永小百合を念頭にシナリオを書いたそうだ、吉永自身は、乗り気だったが、父親との打ち合わせで、あの初夜のシーンを拒否され、そこは譲れるはずもなく 断念したという。もしかしたら吉永小百合のヌードだったかも 1972年といえば彼女は結婚して直ぐ。まず あのようなシーンにはならなかっただろう。栗原小巻でよかった。「朝焼けの歌」でも 吉永小百合主演で作られるはずだったが、こちらは 熊井が、吉永には似合わないと、関根恵子に変えた。でも 吉永小百合の大胆な演技もみたかった。

栗原小巻の美しさに酔ったのはこのテレビドラマも。 主題歌、青い輝彦の「二人の世界」もいい曲だ


今週は、整骨院に通った。今日で5日目。症状は左肩の痛みと 右上腕の肉離れ。左肩が上がらない。少しでも動かすと激しい痛み。骨に触ると、腫れているような感じで、ズキンと痛む。以前 ぎっくり腰になったときお世話になった、整骨院へ というより ずっとお友達の龍園君の整骨院へ駆け込んだ。筋肉が疲労した状態で無理をして、炎症を起こしている。それと 寝るときの姿勢の悪さ、冷房や扇風機にあたって体を冷やしても起こる症状らしい。全部 心当たりがある。やってる。
先週兄の手伝いで、おおきな食器棚を運んだ。3段重ねで、腕を伸ばしきって届く高さの位置に、やっとこさ持ち上げ おくことができた。そのときから 痛みが出始めてる。よるはテレビを見ながら頭を腕で支えて寝転がっていて、そのまま 寝入ってしまうのが常。そのときは 扇風機の前にいる。つまり 肩と首を扇風機の風で冷やしながらということだ。おかげで 首と肩の筋肉はパンパンに張って 頭痛までする。電気と吸い玉の治療に マッサージを受けて、だいぶ痛みは取れました。
腕を上げて側頭につけるほどまで伸ばすと少し痛むけど、シャツを着脱するときにも大変だった状態からはかなりの回復だ。右腕の方は軽かったんだけど、完全に良くなるには時間がかかるようだ。
でも 普段の行動ではそれほど影響はない。肩が直ると、もう 通はなくて済むのかと思うと残念。何故かって、マッサージが気持ちいいのだ。これは毎日喜んで受けたい。でも 治療のためのマッサージだからなぁ。
足のふくらはぎの肉離れのときは 姶良のおてき整骨院の先生も驚くほどのひどい症状で、治療は一年かかった。その間マッサージもずっと受けていたら、毎年苦しんでいた、坐骨神経痛も出なくなった。
づっと通い続けたら、ほかにいいことが起こりそう。目が良くなるとか、腰痛も起きなくなるとか、もしかしたら体の弛みも取れるか、お腹がすっきりしたり。そこまで期待するのはあつかましい!

昨晩は、鹿児島から帰省したMを囲み、久しぶりの歓楽街 屋仁川で、息う。小料理屋で、挨拶もなしにいつもの馬鹿馬鹿しくも聞こえる、四方山話を積みながら、料理に舌鼓。そのあと いつものjust pubへ、いつもは、知覧の駐在で、おばあちゃん達の相手をすることの多い、M君、若くてかわいい お店の女の子を、隣にして、すこぶるご機嫌。30以上齢の離れた相手に、盛んに自己アピールしていた。彼のための宴だ、満足してもらって結構なこと。酒の入らない私も、気分よく、カラオケで、拓郎と陽水を、一曲づつ うたった。私の気分の良さも、若くてかわいい子のせいかも
。でも みんなご機嫌だった。小料理屋から、帰ったはづのUsiまで、リセットしてきたらしく、にこやかにあとから合流。ママのY姉さんの歌まで、飛び出し、お店のみんなが、たのしく過ごせた。
しかし 私が昨晩 最も うきうきしたきぶんで、楽しく、嬉々とした時間を過ごせたのは、皆と別れ 一人で行った「一村」での時間。店の入り口でばったり出会った、大将(大将という名をつけるには弱弱しいが)とし坊から、先ずは「こないだは来てくれてありがとう」の挨拶。先日の加川良のライブのことだが、かれが主催ではなかったはずだが。彼ら夫婦にしてみれば、加川良は親戚以上の親密な関係。身内のために来てくれたことへの お礼ということだ。先日のライブが良かった と 御かみことrikkoも加わり話が弾む。看板の12時近くなり 他の客が帰っても、彼らの弟分 K君も交え、歓談は続く。とにかく選曲が良かった。春夏秋冬には驚いた。みんなが知ってる曲ばかりだった。生活の柄の高田渡も親戚以上の中。名瀬でのライブはすべてとし坊が呼んだもの。例の「伊勢屋」を紹介した「酒場放浪記」を彼も見ていて、しっかり高田渡の姿を見つけていた。ライブでは歌わなかったが、わたしの好きな加川良のうたのいくつかを挙げると、彼らも当然知ってるその歌を3人で歌いだす。あっという間に 時間は12時半。閉店時間をとっくに過ぎてると気づき、帰ろうと立ち上がったが、まだ 話は途切れず続き、結局たったまま さらに 一時間続く。その私をみてrikkoが「ほんとこの人変わってる」という そして 「また 喫茶やってよ」というのに、「ジャズ喫茶をやってみたい」と応えると、「いい!是非やって 協力するから」とK君も「昔のジャズのレコード30枚くらいあるので 使ってください」もう決まったかのような雰囲気に盛り上がってしまった。「やれるかどうか」なんて 気弱な発言したら怒鳴られそう。

シバの作ったこの歌も好きだ と言ったら 「あんた 私達と 同じ感覚だね」


地元の南海日々新聞に、商店街の区画整理に対する、商店主らの意見を紹介する記事が出ていた。区画整理事業は、名瀬中心部の商店街に幹線道路を作るもの。もう何年も前のことだが、街づくりの計画策定を、コンサルタント会社に依頼したところ、この幹線道路を、通すことが提案されたそうだ。(高額な手数料を支払ったんだろう)支出を無駄にしてはいけないので、この提案を採択、議会も通してしまった。コンサルタントは、商店街のためにも良い方策と思い、他所での成功例もあるので、自信を持って提案したのだろう。しかし 商店街 商店主の真の実情には精通していなかった。市役所も、道路つくりが主目的にかわり、商店街に対してのビジョンなど、後回しになって行き、
結局 、市役所は苦労して、地権者を説得し、沢山の移転費用も用意して、工事が始まり、今 町の中心地は、空き地だらけ。商店主でも 計画に賛成した人もいる。しかし けっして 計画に賛同したのではなく、自ら所有する、店舗を、売却できる 良いチャンス。深刻な不況の中、廃業にはいい機会だった。賃貸の店舗で営業していた人でも、この機に、受け取る移転費用を退職金かわりにして、閉店した人もいる。新聞に登場した商店主達も、今後の展望が見通せず、要望も聞いてくれるが 実行されたためしはないと、あきらめ顔。新しいビルの建設計画もあるが、総じて悲観的。
行政への不満はかなり大きそう。友人のMにきいた話だが、行政と商店街の懇談のなかで、「将来のことなど 考えてないんじゃないですか、ビジョンを示してください」と述べたところ、担当課長は「われわれは決められた仕事をこなすだけです」と回答。これを聞いた市長は激怒。課長をその場で叱りつけた。市長の真剣に取り組む姿勢にいくらか期待はもてそう と Mは感じた。課長も反省して、考えを改めたか?と思ったら、定年で退職したそうだ。商店は一日一日の成果が、収入。人が商店街に来なくなっては、生活していけない。あきらめ気味のベテランに対し、若手経営者は、活発に行動している。意見も遠慮せず言っている。単に自己の業績だけでなく、街の活性を真剣に考えている。新聞ではもがいてるかのごとく書かれていたが、きっと殻を破り、大胆な街つくりをなしてくれそう。行政は邪魔をせぬよう、脇から手を貸してくれるだけにしてくれたらいいのに。
奄振特別法についても言及があった。自立できない島の経済は奄振法だけが問題ではない という表記。30数年前 信用金庫の面接で、私は 「今は特別法で、活況に見えるが、特別法はいつまでも続くものではないから、もっと自立できるように、意識を高めないといけない」と答えた。
まだ職にも就いてない学生に言われて、生意気と思われたようで、後にそれが父に伝わり、父に叱られたことがある。でも そのときは本当にそう思った。30年以上経ってもまだ特別法は延長を重ね続いている。一時期 その恩恵が一部の人たちに偏っていると、反発から、見直しが議論されていたこともあるが、今 特別法が前提で、しまの経済は機動している。全国の不況の風に震える何処も、援助に頼っている。

200g1万2千円のコーヒーを、紹介していた。経済ニュースを取り上げる、テレビ番組で。コーヒーは高級志向に向かっていると、サブタイトルが付いている。ゲストの「コーヒーハンター」を名乗る人物を成功者として紹介するために、つけたものだろう。顧客は、航空会社や有名ホテルなど。少ないではないか。一般の人が普段そんなコーヒーを飲むはずない。購入企業もそういう高級コーヒー豆を使用したコーヒーを使っていることを、売りにしたいのだろう。コーヒーハンターの意見は、「コーヒー市場を、ピラミッド型にしたい。低価格の普及品もあれば 超高級品のコーヒーもある。」
そんな高価格のコーヒーも出てます。しかし 普通に売れるのは、低価格のものです。というのが実際の状況だろう。番組内容にケチうをつけてるようだが、この価格にはどうしても納得がいかない。
ワインボトルのようなものに納めて、高級感を出そうとしている。いかに高く売ろうか と、工夫している。商売人としてはいかに儲けるかを考えるのは当然のことなのだが、コーヒー自体の価値は、こんなものになることはありえない。どんな管理が行き届いた、農園の、最高の環境の中で作られた、高級品でも、生産地に 一キロ6万円に見合う利益は還元されないだろう。日本人がばか高く買ってくれたからといって、農園労働者が喜ぶ、見返りはないんだろう。
ボトルを開けるとき、シャンパンの栓を抜くように、ポンと音を立てて線が抜ける。これはなるほどと思った。焙煎後しばらくは炭酸ガスを発生するため、私の場合 翌日まで、密封ビンの蓋をあけたままにしておく。もし、ふたを閉めてしまうと、次 開けたとき、やはり 大きな音とともに、ガスが一斉に放出され、中の豆も瓶の外に途に出してしまう。これはいいコーヒーだからではなく、焙煎間もないコーヒーは皆そうなるのだ。香りにしても、閉じ込められた放出されるときの香りはかなり強い。しかし コーヒーは、づっと香りを出し続けるわけではない。時間の経過とともに薄れていく。香りを逃がさぬよう炭酸ガスも閉じ込めておくことは、おいしいコーヒーを飲み続ける上でそれほど重要とも思えない。要は、香りが十分楽しめるうちに飲むこと。長く保存できる用法を考えるより、新鮮なうちに飲みきる。もし古くなってしまったコーヒーが残っていたら、処分して 当たらしいのを購入してください。そのために 手ごろな値段であったほうがよい。
喫茶業では、日常から離れた空間の提供という主旨から 一般にスーパーなどで売られているコーヒーとの差別化として、高めの価格設定をするのは納得できる。ある程度の高めだ。200g1万2千円は、どう説明できるのか、どうすればそんな値になるのか。本人は 「それだけの価値がある」と確信を持っているんだろう。買ってくれるから 設けよう なんて 考えるコーヒー屋はいない。コーヒーに愛を持つ人なら。

岡林信康の「チューリップのアップリケ」の曲が終わった直後、ラジオ番組のDJを務めていたアナウンサーが発した言葉は「うわー 暗い曲!」笑いながらだった。曲名からコミックソングと間違えたのでは?20代後半か30代の彼には、この歌が理解できなかったようだ。時代が違うから仕方ないのか。私が初めてこの曲を聴いた高校生の時、岡林がかっこいいという印象が強かったが、それはこの歌のメッセージを理解したからだ。
我々は若者より多くの経験を積み、それは知性と感性を豊かにもするものだと思っている。
昨日の 加川良のコンサート、一曲目が 泉谷の「春夏秋冬」だったのは驚いた。加川は、「今になって、この曲のすごさがわかってきた」「年を取って いろんな事がわかってくる。年を取るというのは いいことだ」と言った。ライブハウス「あしび」は満席。観衆はほとんど50歳以上。それも50代後半と60代の人でほとんどだったかも。若いのは店の従業員だけ。
加川良66歳 まだまだエネルギッシュ。何曲歌っただろう。ギター一本で弾き語り。私たちがなじんでいる古い曲をたくさん歌ってくれた。「戦争しましょう」「教訓」などは 私は楽しく聞けるけど、若い人には理解できなかったかもしれない。「伝道」「下宿屋」も加川の代表作だけど、同じフレーズの繰り返しや、セリフが長々と続く歌は、馴染みのない人には、良くわからないだろう。
一緒に会場入りした山田君が言うには、毎年このライブは聞いているが、初めの頃 これらの代表曲は、リクエストがあっても 絶対歌会わなかったそうだ。今は お年寄りを喜ばせるため、感謝の意味で歌っている。と、言っている。高田渡の「生活の柄」が、一番感動したかな。2日前、全く高田とは関係のないテレビ番組で、偶然 高田渡の懐かしい顔を見つけて、感激していたから。「高知」をうたったので ついでに「アラバマ」もと願ったが、それは叶わなかった。何十回も奄美に来ている加川は、時々 顔見知りになっている人たちに話しかける。個人的なことを、と思えるが、それが客席との一体感を感じさせ面白い。とにかく 汗を振り飛ばし 唾をとばし 熱く、歌ってくれた。満員の観客も知って歌は一緒に歌い、どの顔も満足そう。
私にしてみれば、34年ぶりの生演奏。1979年8月大阪 天王寺野外音楽堂で、レージーヒップとのコンサートを見て以来だ。ほかに コンサートは2回 それに 春一番コンサートでも毎年見ていた。その後、テレビでも時々、youtubeではしょっちゅう見ているので、づっと聞いてる つもり。それに 30年前と 彼がちっとも変わらない。髪の毛も黒々、トレードマークの口髭もそのまま。声も 歌ってる姿も変わらない。ただ「 自分もみんなも年取った」というだけ。年取って 自信がわいたライブだった。



明け方 テレビをつけると、ちょっと涙ぐんだ有森裕子の顔が合った。感涙のようだ、画面の誰もが喜びの表情。2回目の東京オリンピックが決まったのだ。
決定の瞬間の様子が映し出された、泣いて喜ぶ 関係者を見たら、やっぱり 当選してよかったと思う。
あと7年後。その間に、日本の状況を、平和の祭典を迎えるにふさわしいものにしなければならない。前回のように どぶ川にふたをしたりしないで、根本的な環境整備をしてほしい。ハード面は備わっている。これを機会にうんと暮らしやすい町になってくれれば。
世界中の人が 震災後の東北に関心を持っている。東北の復興は、オリンピックより優先されるべきだ。そして 原発の恐怖を2度と起こさせてはならない。

4年前 「初めからわかっていた負け戦」という 川柳を紹介したが、今回はそうではないようだ。立候補している3都市、どこも一長一短、横一線らしい。東京有利の報もあり 国内盛り上がっている。
まだ決まったわけではない。だが 既に喜んでいるような盛り上がりだ。一年前ならイスタンブールが抜けていたが、その後の政情不安で、支持を極端に減らしたようだ。マドリードは同じ国内のバルセロナ開催から、それほど年月がたっていない。前回から54年目の開催を望む東京への支持が増えているという予想が報じられている。2回目の開催。過去に、アテネ、ロサンゼルス、ロンドンと、2回目の開催をなした都市はあるが、ほかの都市、たとえば京都を含んで大阪。広島長崎を含めて福岡 とか、新しい開催地のほうが 良かったのでは、と私は思ったりしている。しかし 前都知事の野心で立候補し続けていたのではと、考えれば他都市に譲ることなどありえない。ここに来て、原発の汚染水の問題がクローズアップされ、大きな不安材料が出てきてしまった。これを打ち消せるだけの対策を政府は何も示していない。これが理由で落選したら、政府の責任は大きい。投票する人たちは 同情すれども、不安や危険の排除には容赦しない。それより 計算高い人たちのように見える節もある。あと 8年位まって、復興を成し遂げた、東北のオリンピックを仙台大会として開催できたらいいのに。オリンピックが決定しても、今 日本の最重要課題は、東北の復興 であることは、肝に銘じていて欲しい。
さて あと 数時間で決まる。テレビは各局オリンピック特集。明日の夜、この特集がめでたく続くのか。結果を伝えるだけのスポーツニュースで終わるか。もし 東京落選でも私としては、次の 広島平和オリンピック や 東北仙台復興オリンピックの可能性が出てきたということで、夢は続いてくれる。

1週間前、テレビであった宮崎駿監督の特集で、新作「風立ちぬ」が完成し、試写会が終わった翌日、監督は自分のアトリエで、ラーメンをつくり、それを食していた。その場面が番組のラストだった。
番組内で、づっと見ていた顔とは、違う、何かが抜け落ちたような、あるいは 開放されてほっとしたような、そんな表情に変わっていた。
「風立ちぬ」は、2年かけて製作されたそうだ。その2年間、苦悩の連続だった。訴えたい子とを、どう表現すれば伝わるか、製作中に実際の社会は変化していく、それにどう応えるかで、さらに悩む、たぶん、社会状況の変化は、監督の中では大きなものだったと思う。それをさけることはできず、当初の内容から、変えざる得なくなり、さらにその前後も、一貫性を持たすためにどうしようと、場面場面で、深く思慮しながらの製作。これが2ヵ年毎日だったのだろう。避けることができなかったこと。それは監督の怒りかもしれない。人の生き様、その愛の物語だが、背景は戦時。関東大震災の場面もある。あのときの間違いを また起こしそうな今の現状に怒っていて、ただ それを作品で訴えても、きな臭いような状態を変えられないのでは という無念も合わさって、あの放心したような表情をみせたのでは。これは私の全くかってな想像だけど。
その宮崎監督が引退を表明した。いずれにしても 全力を尽くして、仕事をやり遂げた、満足感は、漲っているだろう。番組を見た私は 「仕事 頑張ろう」と 思った。普段 仕事をやりつくしてないと、反省せざる得ない身には、そう反省の念を抱かせる、監督の姿だった。

タイトルテーマ曲がユーミンの「ひこうき雲」大好き。
ジブリ映画では、ユーミンの「やさしさに包まれたなら」が流れる、「魔女の宅急便」が好き。


荷物を今日の船に間に合わせようと、急ぎ、運送会社の営業所へ急いだのだが、営業所は半分シャッターが閉められている。張り紙があり「本日 船が欠航」 「ありゃ!急いできたのに」
荷物の受付を制限しているようだ。荷物は預かってもらったが、いつ出荷は未定だという。
台風の発生は知っている。今朝から 天気は荒れている。明日くらいがピークで今日は大丈夫だろうと思っていたが、もう 今日から影響jが出てるのか。
夜、天気予報を見ると、なんと、既に奄美は通り過ぎてしまっていた。やがて屋久島だ。
これ以上の暴雨風にはならないんだ。安心。昨年奄美は何度か台風の直撃を受け、大きな被害が出た。ことしは皆強く警戒している。夏の台風より これからの秋の台風のほうが、勢力が強いことはわかっているので、これまでが幸いそれてくれていても、警戒は弱めない。
明日は 鹿児島に上陸しそうだ。昨日からの豪雨で、大雨洪水警報、不安定な天候で、竜巻注意報がすでに出ている、加えて 暴風雨警報もでそうだ。昨年までかこ5年くらい、鹿児島はまともに台風をうけることはなかった。このところの豪雨で 災害に対する警戒は、強く持っているだろうが、十分な対策を用意して被害を抑えて欲しい。
娘にメールを送った。彼女の住居は、大きな一級河川の河口付近。この川の氾濫はあの大きさゆえ大丈夫だろうが、低地になっているため、側溝や用水路からあふれた水に襲われないか心配だ。
それに古い家で、雨漏り。隣の離れのスレートの屋根。離れた父は心配でならないが、当の娘は、相変わらず のんびり猫と戯れているんだろう、きっと。

昨日は3件の書き込みをした。8月最後の日。月に6件の記事では少なすぎる。あわてて、体裁を整え様と、思い付きを書き込んだ。最後の記事はラッキーだった。結局テレビで知ったことを、そのまま書いただけだが、テレビを見終えた23時、「これだ!」と直ぐ パソコンに向かった。
音楽に関する記事が続いたが、こんなとき 音楽は便利だ。それにyoutybeの動画画面を埋め込めれば、立派に1ページ出来上がり。テレビで「異邦人」の誕生紹介を知らなければ、演歌歌手のジャズについて書こうと思っていたが、そのための資料を探さなければならなかったから、昨日中のアップは無理だったかも。別府葉子さんの「パリの空の下」にも助けられた。
何でこんなに8月は書けなかったのか?7月の世界水泳 8月の世界陸上、これを楽しみすぎた。
夜更かしは以前からのことだが、このときは夜中3時まで目をギンギラにしてテレビに見入っていた。
以来 毎晩眠いのは、夜8時から11時。しかし この時間に見たいテレビ番組もあるし、焙煎もしないといけない。眠気を我慢しながら、テレビの前でうとうとしている。中途半端な状態で、12時近くなると、パソコンの前に座るのだが、何を書こうかと思案しながら、ネット記事を読み、ブログ仲間の記事を読み、そうこうしている間に、いつの間にか 時間は3時に近づき、眠気を強く感じ、寝てしまう。そして慢性的寝不足が続く。テレビを我慢すればいいことなのだが。ブログに書きたくなるような価値ある情報が入るかも など 適当な理由付けで、やめられない。さて
言い訳は、ついこの間も書いたばかりだった。
言い訳して 反省しない。こういう人間です。だらだらと書いてばかり、写真でもあれば見栄えするのに その写真のアップが面倒で、たぶんい1年くらいないのでは。
何のために ブログをやっているか?これが苦痛になってしまっては意味がない。久保田早紀の苦しい音楽じゃあないけど、書くことで喜びがないと!読んでくれる人がいるということのありがたさが、喜びだけど、こんな 言い訳読まされたら、「時間の無駄だった」と思ってるでしょうね、貴方。
ごめんなさい。