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命のメッセージ展

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友人 川口君の 死亡事故加害者の刑事裁判の判決が22日出ました。危険運転致死罪で懲役3年。3年は短いような気もしたが、執行猶予は付かない。危険運転致死罪が認められたことの意義は大きい。川口のお母さんのコメントが新聞に出ていた。「危険運転致死罪が認められ、ほっとしている」と。でも、嬉しくなんかないはず。思い出せば悔しさが募るだけ。この辛い感情を、づっと持ち続けなければならない。せめて 加害者が、つみを受け入れ、真に反省でもしてくれたら、少しは慰みになるのだろうか。
こんな折、国会では 悪質運転に対して刑罰を重くする法案が可決。この法律制定を陳情する、交通事故被害者遺族の活動で 中心になった、大分の佐藤悦子さんの講演が文化センターであった。
奄美看護福祉専門学校の文化祭で、毎年 催してる 「命のメッセージ展」を、この機に、文化センターを会場に 広く 知ってもらおうと 規模を大きくし、その中で、佐藤さんの 講演が実現した。
佐藤さんの息子さんが、この奄美名瀬の地で、悪質な飲酒運転車の輪禍にあい 命を失い、犯人が飲酒をごまかすため、事故現場から逃げ、よいが覚めてから出頭。危険運転致死罪の証拠が隠滅されたため、過失致死とされたことに、到底納得できず、自ら法を変える運動を起こた。その運動の名瀬での活動を助けたのが、奄美看護福祉専門学校の生徒達だった。
佐藤さんのお話には 胸を打たれ、涙をぬぐいながら聞いていた。当然 川口のお母さんのことも重なる。子供を失ったことの辛さは、舞をなくした私も共感できる、ほんとに辛かっただろう、でも 子供の命を、奪われた となると その悔しさは計り知れない。同じ思いの全国の交通事故被害者遺族達と手を結び、逃げ得を許さない法律への改正を訴える活動を 長い年月をかけてやってこられた。街頭に立ち、署名を呼びかけ、地道な粘り強い活動が、先の法改正に結びついた。やっと正義に則った、まともな法律になった と 佐藤さんは訴える。運転者の心がけひとつで、なくなる事故 失わないで済む命、その事故の重さをしっかり認識させるために、法による罰則の厳しさが必要だった。佐藤さんたちの成し遂げた成果は、広く社会に大きな意義のあることだった。
文化センターロビーには、悪質運転の犠牲となった人たちのパネルが展示され、そこには個人の写真と紹介 遺族の思いやメッセージが、記されている。その数157。若い人が多い。子供 幼児も多数。みんな夢を持っていた。夢の実現に頑張っていたのに、全てを奪われた。飲酒運手、無謀なスピード違反、追い越しでの歩行者見落とし、轢いたのを気づかず、何メートルも引きずられた例もある。みんなここへ来て、これを見て、自動車事故がどれだけ 悲惨で みんなを辛い目に合わせるか、しっかり認識して欲しい。
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この二人の若い女性、飲酒運転
の車に命を奪われた
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奄美文化センターで、九州民族芸能大会。九州各県の民俗文化財として指定されている芸能を、演じて紹介するセレモニー。本当はそれほど、正直に言うとほとんど 興味はなかった。火曜日にたまたま寄った、博物館で、市役所職員の同窓生、YやHが打ち合わせをしていた。全く知らない催しだ。その時 まだ 広報活動をしていなかった。本来 県の教育委員会のイベントで、市の教育委員会は活発な準備さぎょうはしていなかった。その会合で、「客席ががらがらだったら、まずいんじゃない」と言う意見があがり、担当になってしまってた、Hのため 足を運んだしだい。それと 前座じゃないけどプレイベントとして 上演される 奄美高校郷土芸能倶楽部の演奏が見たかった。何年前だったか、国際ペンクラブの大会が東京であった時、この奄美高校の郷土芸能部の演奏が、オープニングセレモニーで披露された。日本の高校生を代表して 彼女等が招待されたのだ。東京にいるやまもとは、それをじかに見に行き 「感動した」と興奮して伝えてきた。当時の日本ペンクラブ会長の、浅田次郎さんがリハーサルを見て 「感動しました」と声をかけてくれたことのほうがもっと彼は感動したようだったが。
新聞で12時40分からとあったので それにあわせて行ったら、20分からだったようで、半分しか見れなかった。それでも 見事な演奏で、満足できた。
予想を覆し、客席は、8部ほどに埋まった。前日の地元新聞で紹介されたこと、入場無料ということで、沢山の人がやってきた。考えてみれば、本来ならそこにいかなければ見れないものが、やってきてくれたのだ。この機会を逃せば一生見れない、その芸能を知る事もない 可能性が高いのだ。神楽 狂言 太鼓踊り など 奄美の人にとっては珍しい 貴重なものもある。特に目を見張ったのは、宮崎えびの の麓輪太鼓踊り。矢旗と呼ばれる、長い円筒の飾りを背に備え、胸には大きな太鼓を抱えて、踊りながら太鼓を鳴らす。鉦の勇壮な響きに合わせ、何十人もの人が見事に合わせて 太鼓を鳴らす。衣装には「丸に十の字」の島津の紋章。昔はえびの も薩摩だったんだ。20分あまり重い矢旗と太鼓を身につけ、踊り続ける。ほかには 竹富と宮古の人たちが演じた「八重山の奉納舞踊」。ゆっっくりとした動き。全く無駄がないように見える。腰の高さが一定で動かない。プロの踊りだ。さ最後は やまもとの大好きな 佐仁の八月踊り。そして六調。皆その土地の伝統芸能を、地元の人たちが 日々 鍛錬し 練習し、守り続けているんだろう。
過去のこの大会の出演演目を見たら、「与論十五夜踊り」が3回も出ている。国の重要無形文化財で貴重なものであることは知っていたが、与論で過ごした4年の間 一度も見なかった。踊っている 城集落の人たちとは親しくして毎日会っていたのに。


九州高校駅伝。鹿児島女子高は2位。南九州代表をかけたライバル宮崎日大高は3位。ゴールした時、その差5秒。都大路をかけたレースは大接戦、レース中 ずっと5秒以内で競り合っていた。
このレースを見ていたわけではない。テレビもラジオも放送はなかった。鹿児島陸上協会のホームページで随時入る区間結果を わくわくしながらみていた。
一区で宮崎日大が4秒先行、2区で鹿児島女子が追いつき同タイムで3区へ。3区は僅かに鹿児島女子がリード、その差3秒。4区で、プラス2秒の5秒差で アンカーへ。鹿児島女子 上原と宮崎日大 林田のエース同士が競う。実績からしたら上原のほうが、絶対的に強いのだが、県大会前に痛めた足の甲が治っていない。それでも、リードを保ち、順位も4位から2位へ引き上げ 区間賞でゴール。宮崎日大 林田も直後5秒差でゴール。二人のその差は、ゴールでも変わらず。二人同タイムの区間賞。
鹿児島県民の私としては「良かった」と言うわけだが、宮崎日大の無念さも痛いほどわかる。あと少しだった ひとり1秒づつ 早ければ、1時間9分台の 全国でも上位につけれるタイム。県大会で敗れた小林に 1分以上の差をつけて 先着したのに。都大路へいけるのは県大会で28秒差で先着した小林。九州大会で是非 南九州代表の座を と 思っていただろう。1区で3位だった鬼塚は2年生、来年をぐんと期待させる走りだった。
1位は神村。1時間8分台で、全国入賞に近づいた。鹿児島女子も神村も、県大会より1分記録を縮めた。あと1ヶ月あまりの全国選手権まで、さらにタイムの短縮を期待したい。とくに 実は上原の怪我が完治すれば 相当な短縮が期待される。県大会3位の鳳凰も1分短縮の記録で8位。4県の1位校よりも良い成績だった。
男子もまた すごい 接戦だったようだ。アンカーおトラック勝負で、大牟田が逆転優勝 1秒差で 小林 4秒差で 鹿児島実業。この3校が2時間4分台。こちらも 12月末の選手権が楽しみ。鹿実で5区を走ったのが 奄美金久中からいった 榊君 区間4位ながら1位とは3秒差という好走だった。彼の同級生だった鹿児島女子の2区久保さんは 区間10位で不本意だったかもしれないが ライバルの宮崎日大に追いつきかわしたことで、役目は十分果たした。個人的に二人にも注目。

私の最も大切な友人川口が、交通事故死してから2年。その加害者被告の刑事裁判がようやく始まった。罪状は危険運転致死罪。被告は否認している。
薬の服用で、意識がはっきりせず、運転不能の状態で起こした事故で、危険運転致死罪に該当する。当初 被告の年齢など考慮して 過失致死罪を適用するはずだった。しかし 加害者の不誠実な態度には怒りが積のり、断然許しがたく、罪の意識もなし、反省せず、情状を考慮すべき要因なし。それで 危険運転致死罪相当と判断されたのだろう。
しかし 川口の遺族の質問には「自分は薬を飲んでいて 憶えてない」と、逃げてばかりいたのが、法廷では一転して「薬は飲んでいない」だと。その妻も、当初薬の服用を証言したのに、裁判になると否定。事故直後の尿検査で、薬物反応あり、事故車の後を走行していた運転手の 「蛇行運転で ガードレールなどにぶつかっていた」と言う証言もあるのに。それでも否定するのか。
裁判のための手段だろう。自分達が被告になって辛いと思ってはいないか。一番辛いのは川口の遺族だ。被告の卑劣な手段で、さらに苦しめられる。
じつは 被告の奥さんを知っている。たぶん知ってたあの人だろう。30年前に会ったことのある人だが、平気でうその付ける人ではなかった。敬虔な信仰心熱いひとだった。夫を愛し、弁護士の支持による発言かもしれないが、神の前で 恥ずべき事をやってないか よく考えて欲しい。

ジャズで聞こう「鈴懸けの道」

テレビで男性コーラスを聞いて、「聞き覚えのある歌だけど、何だっけ」と思いながら、ゆったりと クラッシック風にに歌われている曲を考えていた。歌詞に「~~スズカケノミチ」とでてきて、あぁ「鈴懸けの道」かと、判った。いつも聞くのはジャズのこの曲。鈴木章二とピーナッツ・ハッコーのスイングだ。テンポが変わるとこんなにイメージが変わってしまうのか。同じ曲なのに。
昔 「あなたのメロディー」というアマチュアが作った歌を、プロの歌手が歌って披露する番組があった。あるバラードの綺麗な曲が その週の優秀曲として選ばれたが、審査員の高木東六がある懸念を訴え、そのメロディーを、アップテンポにして歌った。それは映画音楽「白銀は招くよ」だった。テンポを変たら同じメロディーだったという例だ。モーツアルトのホルン協奏曲と、さだまさしがうたった「北の国から」のテーマも、よく似ている。テンポは違うが。適当に鼻歌など歌うと、どちらにでも聞こえる。ジャズでも、「今宵の君は」と 「ラバーズコンチェルト」は最初の3音が一緒。「ラバーズコンチェルト」の演奏が、途中から「今宵の君は」に変わったりする。ジャズの場合 クラシックやポップスをアレンジして演奏する。子守唄の「サマータイム」やシャンソンの「枯葉」は、テンポを変えてスイングしても、やはり同じ曲だ。ただ原曲のイメージからはかけ離れたものになってはしまう。でも どちらもいい!。日本でもバラードの「亜麻色の髪の乙女」がダンスミュージックのようになったり、フォークソングの「襟裳岬」は森進一によって演歌になってしまったが、どちらも支持されヒットした。
探せばいっぱいこんな例はあるだろう。FMの「おしゃべりクラシック」という番組で、「よく聴くと どこか似ている曲」のコーナーがあって、いつも楽しく聞いていた。名曲をテンポを変えたらどうなるか、楽しい曲がいっぱいできそうだ。しかし 歌詞に合わない曲にもなってしまうだろう。


昨日は、まだまだ暖かい奄美の様子を書いたのに、今朝は一転寒い! 昨日の天気予報で「明日は今年一番の冷え込み」と言っていた。奄美まで含まれるとは思わなかった。
こんな気候の変化は、焙煎屋にとってはなはだ厄介。私の小型焙煎機3キロ釜は、外気の影響を受ける。季節が変わるとコーヒーの味が変わる。どうも人間の味覚に変化があるようだが、それに 今までと同じ焙煎で、出来上がりに違いがでてくる。確かに空焚きの段階で、温度の上がりが遅いが、焙煎中の温度上昇は同じになるようにしている。それでもいつもの味にならないのは コーヒー豆自体に違いが有るのか?夏の多湿の状態での保存と、低い気温で、乾燥の進んだ状態では 焼き上がりに違いがでるだろう。今日は違いの少ない深煎りのコーヒーを多く焼いたので、それほど神経は使わなかったが、最初に焼いたマンデリンは、遅い空焚きの温度上昇にたいして、多めに投入した備長炭が、丁度 焼き上がりの時にピークの燃焼状態になり、じっくり焼けなかった分、軽い。やり直しで、満足いく焙煎ができた。
この苦労が冬の間続くのか、というと そうではない。何もしなくても いつもの味に自然となってくる。意識せずとも、冬に合った焼き方になっているのかもしれない。私としては、焙煎機が勝手に投入された珈琲生豆にふさわしい方法で焼いてくれている、と思っている。確かに冬の方が、炭は沢山使う。それは 空焚きの時間、焼ける温度に達するまでの時間が夏と冬では倍違うからで、焼き始めてから、加える炭の量は変わらないと思う。焙煎機が温まり その気になればバッチり 美味しいコーヒーを焼いてくれる。24年経つがいつも感心なありがたい焙煎機だ。s-012.jpg


奄美はまだ 夏日。今日も一日、半袖で過ごした。例年11月初めは夏服。しかし 半ばでこの気候はどうだったか 稀な事か。一年前16年ぶりに戻った島は、気候環境に変化がおきてはいないか。昼一時的に強い雨。ぬれてしまって 帰宅後シャワーを浴び、そのごはずっとTシャツ一枚でいた。さっきまで。今 くしゃみの連続、鼻水が止まらない。さすがに夜は冷えている。風邪をひいたようだ。そういえば 食事のあと、扇風機にも当たってた、窓は半分あいたまま。冷たい風が入ってきている。
こんな夏の最後に、奄美市 旧名瀬市では 市民体育大会が行われる。私の小学校時代から楽しみにしていた行事の一つだ。ずっと 11月3日文化の日開催と決まっていたが。近年は11月の第2日曜ということになっているようだ。以前は私も陸上競技協会の公式審判員をしていたので、この大会でも審判員だった。陸上協会員で私が帰っている事を知っている人は3人いるかな。これまで審判の要請が来た事はない。
午前、女子の1000m走に有力選手が出るので、それを楽しみに出かけたが、仕事が入って、レース見ることなく急いで戻る。それじゃぁと、男子の1500mにも、九州一周駅伝で、県代表になった有力選手が出るので また出かけた。陸上競技場は沢山の人、16年前と比べて 遥かに多い観衆。隣の球場では ベイスターズのキャンプも行われているから、それを目当てに足を運んだ人もいるだろう。競技役員は、やはり 嘗て一緒にやってた人達が今もがんばってやっている。私のことは忘れているだろうから、声をかけることもなしに スタンドで沢山の観客に混じって、観戦した。100m走を終えたN先輩とすれ違ったとき、頭を下げたが気づいてもらえなかった。Nさん30代の選手だった時の事を覚えているが、今日出たのは60代。全力で100m走れる事に感服。
黄色いユニホームの大柄な女子選手を見てSさんだと判ったが、私のことはわからないだろうと、目をそらしていったら、「こんにちは」と、お辞儀をしてくれた。気づいてくれたんだ。私が憶えているのは当然。身長171.5センチの美人。当時の名瀬市要覧の表紙モデルを2年続けてやっていた。そして私の店の常連だった。懐かしくなってきた。審判役員を見ると、選手係にはYさんとT先生 Yさんは 昔からどの大会でも選手係。スタート係には Fさん この人もづっとスタート。赤いシャツのTさん 赤いシャツはスターターだ。16年前、Tさんは女性スターター養成という協会の方針で、練習に励んでいるところだった。一人前になったんだ。そしたら 計時主任にはKYさんがいるのかな。私もづっと計時をやっていた。通告員は どうもあのOさんではないようだ。Oさんも
「代わりの人育てて じぶんは引退したい」と言っていたけど、あの 名アナウンスはきっと 近年まで続いたんだろうと思う。16年たって 16歳年取ってもみんな同じように、陸上競技にかかわっている。やはり 懐かしい思いが強くなってきた。来年は 私もまたやろうかという気になっている。

ベイスターズキャンプ見学後感

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火曜日から 奄美では プロ野球、横浜ベイスターズのキャンプが行われている。場所は奄美市三儀山運動公園。今日 近くの郵便局へ行ったついでに、寄って見学した。球場 屋内練習場、投球練習場と分かれれて 練習していた。割とのんびりしているように見える。投手の練習は終わった様で、選手達が移動を始めた。球場ではトスバッティング。3塁側で、一人の選手を見ていた、背中にAKAHORIと書いてある。トスされたボールを打ち返すと 外野スタンドを越える。投手が投げたボールなら反発して遠くまで 飛ぶだろうが、彼は自分の力で レフトフェンスを越えるまでの打球を打っている。バックネットに向かって、バットを連続して 早い振りで、ボールをたたき続けている人がいる。背番号は4。いったい何分間打ち続けるのだろうか、時々 悲鳴のような声を発している、トスを出すものも励ますように声をかける。「きついだろうなぁ」とは見ていて思うが、やはりあそこまで続けれるのは並大抵の体力ではない。室内練習場では バッティングマシンを使って 打撃練習している。窓側の選手は SIRASAKIと書いてある。彼の近くに立ってみる。マシンから猛烈な勢いでボールが飛んでくる それを 負けぬくらいの勢いの打球で打ち返している。「あんな速い球 一体 見えるんだろうか」
最近のプロ野球には疎い私、今日見た選手は全く知らない。今 ベイスターズのHPで、調べたら白崎浩之選手は2012年のドラフト1位、駒沢大出身。今年の成績52打数11安打。まだレギュラー級ではない。赤堀選手は5試合で7打数1安打、2軍での出場が多いんだろう。でも「さすが プロ」という 技量を今日は見せてもらった。レギュラークラスはこれよりすごいということだ。テレビで試合を見ていて「あ~あ」なんて、貶すような事を言ったりするけど、彼らのレベルはすごいんだと認識してみなくちゃいかん。
以前 キャンプに来ていた プリンスホテルの選手がその後、プロで大活躍したように、彼らも、きっと、一流の選手となって、活躍してくれるだろう、そうなればうれしい。来期はプロ野球も、時々は見てみよう。


「私ってこんなに猫 好きだったかなぁ」と思ってしまうのが、FESTA!さんの「ちゃい日記~猫のブログ~」を見たとき。主演2歳のちゃいちゃんの動画が 楽しい。「かわいい」と、自然に心が温かくなる。猫にとっては、なんでもない日常の行動なのだろうが、人間には、かわいいしぐさに映る。
猫の表情って 変わることはないと思うのだが、なんらかの行動のあとは、その表情が、語りかけてくれる。実際 そこにいたら、思わず抱き上げたくなるきもちは良くわかる。FESTA!さんは このブログを毎日更新している。もちろん毎日主役はちゃいちゃん。コメントも愛情もってよく観察して、いとおしく見守っていることを記している。
姶良には娘がかわいがっている3匹の猫がいる。母猫はもう5歳かな? 姉の舞が勤めていたホテルの閉鎖時に残されていたこの猫を連れてきて、我が家の住人になった。その子供が あと2匹。かわいがっている というか 一緒に遊んでいる。私もたまには抱き上げたりしていたが、ほとんど娘が独占していた。
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ミッシェル カワモト 女 
さて 奄美市には飼い猫条例と言うものがある。もともとの趣旨は 奄美の希少動物を 野良猫から守る ために制定された。「飼ってる猫は愛情もって、終生、責任もって世話しなさい」と、言うことだが 野良猫には 餌を与えてはいけない と、あまりに 飼い猫 野良猫を差別していることに 批判も出ている。この条例後 どうなったか? 残念な結果と言わざる得ないだろう。町中 野良猫が増えている。夜ウォーキングしていると、40分間で10匹くらいの猫に出会う みんなかわいいんだけど。それまで猫を飼っていた人たちは全て良心的な人 ばかりではなかった。登録して マイクロチップを付け 避妊手術をして、その費用は全て飼い主負担、それに 飼いかたについても 行政から干渉される。それを嫌って、遺棄した者もいたようだ。彼らに 餌を与えてはならぬとなると 飢えた猫達は 希少動物を襲いはしないか。
猫に 罪はない。隣の猫に 思いやりをもって、良き環境を作って上げられないか 考えてみよう。

拓殖大の恵隆之介さんが テレビに出てた。普段見ない番組なので、一瞬だけその弁を聞いた。
チャンネルを切り替えて 番組を探している時 たまたま目に入っただけなので、すぐに次のチャンネルに切り替わった。さして 興味のない番組にこの人が出てたことを、わざわざ、何故取り上げるか というと、私の中学のときの先輩なのだ。一学年上。この学校、ほとんどの中学生は寮生活。そして 縦関係に厳格。先輩には 逆らっちゃ駄目。この人の思いでは、話がいつも演説のようだった。お世話になった という記憶はない。ただ 雰囲気が、おっさんくさいというか、独特のものだった。ロバート・ケネディーに手紙を書いたことを自慢していた。よく下級生に説教していたような印象もあるが、それは たぶん あの話し方からそんな印象となっているのかもしれない。成績がよかったとか 喧嘩が強かったとか、聞いたことない。同じ一年先輩で、伊仙町長の大久保さんは成績優秀なサッカー少年だった。翻訳家の田原さんは、普段はにこやかな人だが、喧嘩したときは強かったと聞いていて、同級生からも一目おかれていた。こういう人気のある先輩とは、違い、沢山いる先輩の中のちょっとうるさいタイプの人。
沖縄出身だが、奄美にも縁のある人。以前 奄美で講演したときの話を、聞かせれていた。「沖縄の人たちは馬鹿だ。」基地返還要求運動を批判したそうだ。経済面 安全面で 基地があったほうが良い という意見だったそうだ。今回テレビでの発言も 同様。「基地返還運動は 本土から来た、左翼の連中がやっていて、沖縄の人は迷惑している」。どうも 左翼、革新、運動が 大嫌いのよう。
テレビに映った他の出演者は熱心に聴いている。私の感想 「相変わらずだ」と笑ってしまう。
実は、拓殖大には 同じ中学での同級生も国際政治の教授をしているものがいる。一度 新聞で彼の論を読んだことがあるが、やはり 日米同盟の重要性を説いていたと思う。彼とは仲良しだった。よく一緒に映画を見に行った。性に目覚めたばかりの中学生が興味を持て観たがる、ちょっとエロティックな、たとえば フランスのルノー・ベルレーの映画など、いつも彼に誘われ見に行ってた。映画のあとは、熊本 上通りにあった 古本屋で、やはり エッチな本を買う。制服を着ている。私達はいわゆる学生服ではないので どこの中学生かはばれている。本屋のおじさんもよくあんな本を、少年に売っていたな。彼は自宅から通っていた。私は寮だから そんな本もって帰れない。
でも 私も買っていた、こっそり隠して持ち込み隠れて読み、すぐ 処分したはずだが、どうやって捨てたんだろう。高校生になると みんな回し読みだったが。
中学時代は幸せだった。こんなことでも懐かしく思い出している。テレビでちょっと見た 親しくも好きでもなかった先輩をみて、こんなことを思い出している。やはり あの学校へ行けたことは幸せだったのだ。
この学校出身の有名人は、小山薫堂と武田双雲 かれら後輩は、この先輩達のことはどう 写っているんだろうか。なんとも思わないだろうなぁ。

ブログの内容とは全く関係ないけど 中学生の時この歌も流行っていた。


「カミハテ商店」映写会

映画「カミハテ商店」映写会 あがた森魚ミニコンサート。上映に先立ち山本起也監督が挨拶。「自殺を止めない初老のおばあさんの話」と言うを聞いて、ショック。私と同年代の高橋恵子は初老?
これは映画を見て、さらに 鑑賞後にさらにあった山本監督の説明で納得。まだまだ 魅力的で艶やかで妖艶さを見せることのできる高橋恵子が この 映画では孤独で、疲れ果て、人生の終わりを選択する人たちに共鳴もできているような そんな重い影を漂わせる、自らも終末を予感している、老婦の表情を的確に演じている。なんだか頭髪も薄いように見える。
もともとのシナリオでは80歳くらいのおばあさんになっていた。キャスティングの段階で、製作協力者の高橋伴明監督が「うちのかみさん使え、頼みやすいから」と発言。何か意図があるんだろうと、その意見を採用したわけだが、「主演高橋恵子」が、この風変わりな映画に大きなインパクトをもたらしている。ストーリーもエンディングも、風変わりな映画。このストーリを書いたのが、山本監督が教鞭をとっている京都造形芸術大の二人の女子学生というのにも 驚き。生死観のテーマに深く入り込む、若き才能に驚き。
カミハテ商店に訪れるものは これから 自らの意思で命を絶とうとするもの達。何故それを止めようとしないのか。もう一人 普段活躍している俳優では、寺島進が出演している。零細事務機販売会社の経営者役で、いつも 支払い請求に追い回され、逃げ出したい衝動に耐えている。映画の中ほどで カミハテ商店の初老婦人と彼が兄弟であることがわかる。彼が親しくなった女性へする古里の話の中で、父親もそこで自殺したことを明かす。かれが久しく音信不通にしていた姉へ電話をするのは、自分に死へ逃げ出したい願望があったからだろうか。そのすぐあと 親しい女性が死を決意し、やがて 姉の前に現れる。寺島進は 「ぜったい自殺をやめさせる行動をとるべきだ」と主張し 監督と対立。シナリオでは女性が残した預金通帳を持って 雑踏に走り去る と、なっていたのに 走り去るを拒否。歩き出すが立ち止まった。弟は姉に電話をして助けを求めるだろうと、見ていて私は思った。寺島進も そう主張して、実際にそのシーンも撮ったそうだ。しかし、監督が勝手にカット。見たあと 考えてしまう映画を 目指している。監督から 「この映画は好きな人 嫌いな人 極端に分かれます。」という言葉も。
最後 主人公と死にに来た弟の彼女が、見詰め合ってエンドになる場面を見て、小栗公平の「死の棘」を思い出した。何故 奄美で2度も上映会を?と言う理由に、監督はもう何年も前から奄美に通っている。それは 島尾敏夫の「死の棘」げの興味から、子息伸三氏の「月の家族」「星の棲む島」で、「死の棘」の家族で育った特異さに注目 これを映画化したいという きぼうを持っている。
私が思い浮かべた映画「死の棘」と 監督の「死の棘の家族」の話の偶然に なんだか気分がいい。
あがた森魚は 運転手の役、寂れた漁村へ向かう乗客はカミハテ商店に来て そのあと崖へ向かう人だけ、それを知ってて運ぶ運転手、せりふは一回だけ。このキャスティングは先ず最初に決定したそうだ。
その あがたのライブ3曲、話は曲の10倍くらい長かった。彼は 奄美のシンガー元ちとせとの縁を疲労。オフィスオーガスタの社長と長く仕事をともにしていたそうで、社長が「奄美に素晴らしい歌い手がいた」と話していたのを憶えている。その縁で 彼女のための曲を依頼され、提供したが採用されなかった。元ちとせという 珍しい名前を歌に挿入したのが理由だった。でも 最初のアルバムには「冬のサナトリアム」というあがたの曲をカバーして入れてくれた。
余談で 話を一件 シアターの社長 川上さんと 朝 会った。「高橋恵子じゃなくて 関根恵子の頃の映画も上映して」と言うと、「「ラブレター」をやったよ。と返事。「おさな妻 とか 高校生ブルースとか」私の高校生時代をどきどきときめかせた映画タイトルを言うと「そんなのは駄目」。残念。川上さんも本当は見たいんじゃないの。


この曲も歌いました


楽天優勝 日本一 昨晩から このニュースがトップで流れる。最近 あまり野球放送は見ないが 昨日だけは夢中になってみていた。そして なんとなく 楽天を応援していた。監督もオーナーもあまり好きではないが、ここは 東北楽天の優勝に大きな意義があると感じ、終盤はらはらしながら見ていた。前日の試合で、田中投手が敗戦になった というのも大きなニュースになってる。その田中が最終回登板したとき 里田まいの祈るような表情がテレビに映し出され、ちょっとこちらも篤くなる。優勝が決まった時の選手の感極まったような涙の様子が、一流プロ野球選手でも、純粋な青年の感情が極まることにさらに篤く。彼ら、グラウンドへ入るとき 去る時 必ず一礼する。そんな習慣が、いつまでも純粋な気持ちを維持させているのでは。
しかし 楽天だけでなく 巨人の選手も ほとんど知らない。私も20代のころはジャイアンツファンで、テレビ放送はほとんど見ていた。あの頃の 中畑も 原も いまや監督。高田や土井は監督も引退した。

高校駅伝 鹿児島県大会が行われた。女子は神村と鹿児島女子の一騎打ち と 新聞の見出しにあった。全国トップレベルの2選手を擁する鹿児島女子に、対して 県内トップの選手を揃えた神村。私は鹿児島女子に期待していた。17年間神村が優勝している。たまには他の学校も。神村の駅伝チームは、野球部と違って 全員県内出身者。もちろん全国大会に出れば応援する。ことしは鹿女子にチャンスがあるので、今回は鹿女子を応援。しかし 一区が驚きの結果に。全国で日本人トップのはずだった鹿女子の上原が 区間3位と振るわなかった。結局 神村が一区から先頭を譲らず、完勝。ただ いつもの年と違うのは、4区 5区 二つの区間賞を鹿女子がとったこと。4区は奄美出身の久保さん。鹿女子入学時は大いに期待されたが、ここしばらく出番がなかった。ようやく間に合ったようだ。1区で2位の鳳凰高校有馬さんも、大島地区 和泊の子、これは 来年1月の地区対抗駅伝が楽しみ。大島高校の浜崎さんも樟南の奥さんも 上位で走った。もう 先のローカルな大会に、わくわくしているが、今年の全国高校駅伝は25回の記念大会。九州大会の結果ではまだ出場のチャンスがある。鹿女子も鳳凰はまだ チャレンジできる。どちらか南九州から一校だが、もう一校の鹿児島からの出場を楽しみにしている。



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