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長く更新を怠っている。やはり 心配している旨の音信が届いた。最後の記事が病気のことなので、不安に思った方もいたようだ。
元気です。真面目に欠かさず服薬しているおかげで、血圧はかなり下がりました
仕事が忙しくて、時間がなくて、と、更新を怠けた言い訳をよくしてきました。今回も忙しくてなのですが、毎晩屋川に通うので忙しい。屋仁川は、歓楽街 屋仁川通りのこと 嘗ておなじ事業所で働いていた、後輩女性 みーさんが お店を開業。喫茶業の経験のある私に「手伝って。教えて。」と言ってきたので、「よしよし」と彼女のためならず 自分が楽しめそうと、応じているしだい。尤も、彼女も飲食店でアルバイトの経験あり。人気者ゆえ 沢山の協力者もいて、わたしの手助けなど必要なかったのだけど、私の勝手で 押しかけて、ちょこっと手伝い、一杯のビールと カラオケ一曲を楽しませてもらっている。
その計画を聞いて、「やるんだったら、できるだけの協力はするけど、なるべくならしないほうがいい」と思ったのだが、その3日後、「店舗、借りる契約したから」という、知らせには、「早い!」と仰天し「困ったな」とも。女性はやっぱり度胸がある。
わたしが依頼されたのは、調理器具を設置するための 台を3つ作る事と、警察、保健所にへの提出書類に添付する、図面を作る事。これならできる。「忙しい時と怖い客が来た時は連絡するから来てね」忙しいときは手伝うけど、怖い客に対して私はなんお役にたたない。これは 合気拳法の師範である、M君が知り合いと言う事で 彼に任せることに。
紆余曲折しながらも、予定より一ヶ月遅れて、開店にこぎつけた。同時に息子さんの大学受験。無事合格して、その準備で、町を離れていたり。昼間は努めの仕事。ほんとに大変だったと思う。
二人の子供がまだ 幼い時期にご主人を亡くされ、苦労したと思う。その ご主人が遺した財と人脈が、大きな助けになっているようだ。
ほんとは わたしが手伝いに行こうが 行くまいが、営業に変わりはないのだが、私の楽しみで、押しかけていた。でも、余計な男がうろついては、店の評判にも良くないだろう。時々客として店に顔を出すだけにして 普段は家で ブログの更新に努める事にします。
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最近 お腹が張って苦しい。異様にお腹が出っ張っている。もともと脂肪が多い腹は出っ張っているけど。胸が圧迫される感じがするほどで苦しい。体重は増えてないから、太ったわけではない。以前 お酒を飲みすぎた後に、ガスが溜まって同じような痛みを感じたりしたが、今はほとんど飲んでない。
3年ぶりに医者にかかった。近くに評判の良いクリニックがあるので、出かけた。そこを選んだもうひとつの理由は、そのクリニックの調剤を担当している、薬局が わたしの得意先だったこと。もちろん薬剤師のお得意さんも勧めてくれた。エコーなどで、胃腸を調べてもらったが、異状はないらしい。「大腸がんの疑いもありません」と言われ、ビックリ「この症状で、大腸がんが疑われるのか」。大丈夫のようで 安心。それより 問診表に書いた、以前かかった病気、正直に「心筋梗塞」と書いた。「叱られるだろうから、書きたくないなぁ」と思いながらだったが、やっぱり 叱られた。厳しくではないけれど、以外と若かったその院長は「心筋梗塞になって 治療をほったらかしているのは いけないことですよね 判ってます?」と。その後 動脈硬化などの検査をし、血圧硬化剤とコレステロールを下げる薬を処方してもらった。胃腸薬はなし。胃腸の話は後半 全くなかった。心筋梗塞になったのは4年前。それから1年4ヶ月は病院に通い、薬を飲み 医師の言うとおり摂生して運動して、体重を落とし、順調な回復が血液検査でも確認できていた。しかし 退院して5ヵ月後、舞の病気が発覚して入院、動揺していて 自分の6ヵ月後のカテーテル検査を、すっぽかし。それからも病院へは行っていたが、一年後の6月から、舞の病気の進行で、ほとんどの時間付き添いをすることになり、舞がなくなる2日前に しんさつ予約をキャンセルして、それ以来病院には行っていない。数ヶ月は混乱と落胆の中でも、自分の治療を再開しなければという意識は、はっきり持っていた。しかし 時間がたって 血圧も安定していると、「急がなくても」という 気持ちに変わり、ついつい 3年。病気のことを知っている周囲の人からは、行かなくていいの」「直ぐ行ってください」など、心配してもらっていた。
けっして自棄的に、なっていた訳ではないが、素直に聞く振りだけで、何もしない。ただ 食事に気をつけ、大好きだったラーメンとサラミソーセージを全く口にしなくなったり、食品購入には、ナトリウム量を確認したりはしているけど、夜更かしはするし、間食もするし、健康的な暮らしとは言えない。行った方がいいのは判っている。結局、医者に行くきっかけを待っていたんだ。原因のわからないお腹の張りは、治療再開へ誘導してくれた。幸いな事だったようだ。
血圧も高め、体重も大幅な減量が必要。ここにきて 糖尿もちょっと心配。しっかりと意識して、健康を取り戻すべく摂生し努めねばと、今、肝に銘じたところ。

昨日 町へ出た帰り、同窓生が営む、ギフト用品のお店の前を通ると、彼O君の姿が見えた。ちょっと立ち寄り、「応援ご苦労様でした」と声をかけた。選抜高校野球の応援に甲子園まで行ってくれていたから。「おう。やったぞ、応援が最優秀賞取った。今 発表された」。「おぉ やったね」「行ったかいがあったよ」。彼の携帯のメールが鳴る。東京の同窓生から、「見てたよ やったね」。間髪いれず東京からもう一件。山元に電話をすると、「その場面見てなかった。残念」テレビのローカルニュースを見ていたら、出ました。発表の場面、表彰される場面、大島高校で、発表に喜ぶ生徒達の様子。そして 対平安戦の応援の様子。大高に取材が行き、表彰を受けた応援団長の生徒が 甲子園に行っていたと言う事は、前もって、応援に関して何らかの賞が与えられる事を知らされていたのだろう。しかし みな 自信はあったと思う。テレビで見ていて 素晴らしい様子だったし、大高ナインだけでなく、相手 平安の監督も、自校の校歌に手拍子をくれる温かみに感激していた。2回戦 3回戦の平安の試合に、大島のTシャツ姿の人たちが平安の応援団に混ざっていたそうだ。奄美2世の選手がいたこともあるが、相手チームへの尊敬でもあったろう。
晩になって、近くのコンビに「ぶどう館」へ、行った。大高でライトを守っていたST君のお母さんが勤めている。「もう 夕方から その話で持ちきり」奄美の大高甲子園フィーバーはまだまだ続く。九州大会がもう直ぐ。応援はどれくらい行くかな。きっと 九州在のOBがやってくるぞ。