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友 遠方より来る。隣県熊本からだから、それほど遠方と言う距離ではないのだが、この 友にとってはは、かなり遠いようだ。9年ぶりの故郷。その前に来たのは、21年前。忙しいのだ。今回も、何と日帰り。お姉さんのお見舞いと お墓参りに朝 9時の飛行機でやってきて、夕方 6時には帰っていった。仕事は 大学で、英文学を教えている。その名前をネットで検索すると、シンポジウムや 講演会の、告知や報告の記事に 彼の名がずらっと出てくる。週末はその行事に全国飛び回っている。当然、全国と言っても大きな都市部での開催だから、故郷の奄美に仕事で来る機会はない。
わたしが鹿児島に居るうちは、年に 数回会うことが出来た。今回は4年ぶりと言うことかな?空港に現われたかれは、4年前と全く変わらず、その様子はラフで、誰も彼が大学教授とはおもわないだろう。車の中でフォークソングを昔を思い出しながら聞いていた。大学では「チューリップ」のコピーバンドでキーボードを弾いていた。その頃付き合ってた彼女の顔と一緒に当時が蘇ってきたのでは。車中の会話は専ら、懐かしい歌と、クラスメートだった女性達のことだった もう40年前のことなのだが。高校時代の彼はアグネス チャンのファン。唯一 アグネスのポスターだけが彼の殺風景な部屋に貼られていた。今は アグネスの事は「もういい」と、わたしが送ったアグネスのカセットテープのお礼は言いながらも、そう伝えてきた。卒業文集に「アグネスチャンばんざい」とまで書いていたのに。
彼の故郷は龍郷町秋名。墓参りのためその地へ向かう。普段通ることのない、東シナ海沿いの道を行く。名前だけは知りながら行く事のほとんどない。安木屋場 円 嘉渡 を横目にしながら ここら辺では最も大きな、秋名の集落に到着。墓地も広く、母親の墓前で参ったあと探したおじさんの墓は結局見つからず。
その後のドライブ中もレストランでの昼食中も、懐かしい女性達に関する話ばかり。そういえば 高2のとき、二人で、教育実習に来た、女子大生を尋ねて、徳之島へ行った事がある。かれは その実習の先生にあこがれていた様で、「会いたいなぁ」と懐かしがっているが 私はバスの中で彼がナンパ?した兵庫から旅行に来ていた女性をはっきり憶えている。
午後4時半病院で待ち合わせて 空港へ向かう途中、わたしが親しくしていて、彼の幼馴染でもあるMさんの居る 市役所に立ち寄る事に。正面に停車して、役所の彼女のデスクがある方向を見ると、人の姿が。向こうから顔を出してくれたら会える と、電話して 窓際にきて と 伝えたが「今 忙しいから」と拒否され。「仕事中だもんね」とあきらめた。一日すっかり学生気分に戻っていた我々とは違うわけだ。帰りの車中の音楽は天地真理。歌はほとんど聞いてなかったが、懐かしい話題の会話は、まだ続いた。時間に余裕があったので、空港近くにある友人Kの墓へ。Kは亡くなる一年前 熊本へ所要で、行った時 彼を訪ね、彼の運転で観光地をドライブしている。その時の久しぶりの再会を二人とも喜んでいた。
空港では会えなかったMさんのために写真を撮る。ついでにタブレットのショットを取る時など、まるで女学生のように、はしゃいでしまった。へんなおじさん二人を周囲はどうみていたのだろうか。再会を誓って彼は帰っていった。10月末に私は中学時の同窓会が熊本である。その時 会えると思ったが、彼の中学の同窓会も10月末 奄美である。彼には一週間くらい島に滞在するよう言っておこう。

 
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港町の交差点、歩道を自転車で曲がった時、横断歩道の前に立っている男と、目が合った。「与論のKだ」と気付き、十数メートル進んだところで、自転車をターン。すると、直ぐ、近くに居た初老の女性が声をかけてきた。
「せぴあ を やってた方じゃないですか」その顔を憶えている。嘗てのわたしの店のお客さんYさんだ。当時は市役所に勤めていた。お友達のMさんとよく一緒だった。
Yさんはにこやかに話しかけてくる。彼女も最近鹿児島から戻ってきたところだそうだ。店をやっていたのは、20年前、彼女も当然 定年で退職している。私にも「ここに戻っているんですか・」と問う。わたしの肯定の返事に嬉しそうな表情を見せる。鹿児島の天文館で、偶然会ったことがある。その時の事を憶えていた様で、「嬉しかった」と話す。懐かしさ故か、笑顔での話は続きそう。与論のKは、車を待っていた様で、その到着した車で、立ち去ってしまった。それを、残念には思えない。Yさんの嬉々とした話しぶりが、私もうれしい。でも 何故 そんなにわたしの店を思い出すのか。
お友達のMさんの話題を振った。事情がわかった。Mさんは 病気ですでにお他界していた。急な死去だったようで、一番の親友の死にYさんは、自分も生きていく気力を失うほど憔悴していた。せぴあに行って、二人で取り留めのない会話を楽しんだ事を、づっと思い出していた。鹿児島でわたしに会ったのはその頃だった。偶然は、天国の友人の贈り物に違いない と、じぶんを見守ってくれている、友人を意識した。そんな思い出が今日の出会いを事のほか嬉しいものにさせているようだ。「また 会えるんですね」わたしに会うことで、最愛の友人との思い出が蘇り それは亡き人との再会に思える大きな喜びなのかもしれない。わたしが役に立っているんだ。わたしの「せぴあ」が、このひとの中でこんなに大きな存在になっているとは。
「知り合いが多いね」と、よく言われる。多くは 「せぴあ」で知り合った人たち。せぴあの思い出を共有している人たち。
やっててよかった。