店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

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鹿児島の皆さん お世話になりました。
私の体を心配して、沢山の方が、手を貸したり、励ましの言葉をくれたり。入院患者ではあるけど、病人ではない私としては恐縮することしきり。退屈だったのであちらこちら電話をしたことで、驚いた友人 同窓生達が心配してくれた。
入院時、港に迎えに来てくれた、タクシードライバーK君は、身元保証人になってくれた。退院時も来てくれて、さらに車も貸してもらったおかげで、その日は、娘に会いに姶良へ行き、そのまま 桜が満開の、国分城山公園と加治木の高岡公園へとドライブが出来た。
どちらも娘を連れて、遊具で遊びにきたことはあったが、「桜が見たい」と言う意見にはすこし驚いた。でも もう成人の年なのだから、遊びにはおかしいか。花見の情緒がわかるようになったんだろう。
途中で、永いお付き合いの「印鑑のフクモト」さん 同窓生 薬剤師のNくんを尋ねる。4年前ここを離れてからはじめての面会。ふたりともちっとも変わってなかったが。鹿児島へ戻る途中、秀丸さんから 電話が入り「クボタさんちにいます 来てください」。何度も行った郡元の家を尋ねたが、すっかり風景が違っている。狭かった道が倍以上の広さに。クボタさんちは 道路から路肩を横切って10mくらい入り込んだところにあったが、その路肩がない。家が道路に面している。秀丸 クボタさん 旦那さん、もう一人お友達で、しばらく歓談。Kに車を返しに行くと、「もう 仕事は上がるから、今夜は家に泊まれ」。ホテルの予約は未だだったので、ありがたくお世話に。
翌朝、Kが 送ると言うから、駅までのつもりでお願いしたら、そのまま 姶良まで。娘との約束の時間より 一時間早くついてしまった。加治木に住む Oに電話すると「今から迎えに行く」と言う。程なく彼が現われ、彼の家に招かれ、ウエッジウッドのターコイズのカップに注がれたコーヒーをいただきながら、病気の話、他の同窓生の話、彼の家族の話。前日電話で、近況など話したSくんのことを、まだ知らないでいたようで、鹿児島で頻繁に会ってるか、そうでなくとも 連絡は取り合っているだろうと 思ってたので 驚いた。そのSS君と薬剤師のN君は義兄弟なのに彼等も普段連絡しあう事は、なかなかないという。お互い 多忙で、自身のことでいっぱいか。
娘との時間を過ごして、電車で帰ろうとする時、「駅で待ってるから」という Ikさんからの電話。彼女とは正月も会ってる。やはり 体を心配してくれている。港まで 送ってくれるという 申し出。まだ 時間はあるので、駅近くのパン屋のイートインで、会話。途中 秀丸さんから、「今も クボタさんちです、船の時間まで 一緒にどうですか?」ありがたきお誘いを辞退して、港へはIKの車で。船内から熊本の隈に電話で 一連を話すと「それVIP待遇だよ」と。本当に みんなありがとう。摂生して、お互い 元気でまたあいましょう。
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無事に退院できました。
3月30日 鹿児島医療センターへ入院、4月2日退院。ステントを2本挿入。6年前に入れたのとあわせ3本のステントは私の体の中にあります。こんだけありゃ金属探知機にひっかかるも。
名瀬での検査で、血管が狭くなって治療を要する箇所が2。一箇所は、幹静脈の心臓に極近い場所で、二股になっている。ステントを入れることで、分かれてる一方の方が狭くなってしまう、難しい治療。もし トラブルがあれば、心臓手術になる と言うことで、治療症例の多いこの病院ですることになったのだ。医師から「一時間の予定だけど、石灰化して硬くなっていたら削らなければならない 場合によっては2時間」と言われていた。CT検査では石灰化の疑いが言われていた。31日 予定より一時間半遅れて始まった治療は40分で済んだ。その後安静が必要で、歩けず、腕が固定されたままでは不便で きつい時間があったが、心配してた割りには、かなり楽だった。直後に見せて貰った心臓付近の画像に。太くなった血管に勢いのある血流。良かった。病室へ戻りながら、車椅子を押してくれている看護士に「スキップしたい気持ち」と話すと、声をたてて笑ってくれた。
翌々日朝 退院。ご飯は美味しかったし、食堂が備わっているから、眼下の鹿児島の町並みを未ながら食べれた。ロビーには興味深い雑誌も多数。入院時に付き添った娘以外、病室に尋ねてくるものはいなかったが、鹿児島在の同窓生達に電話をかけまくり、同室の、親が奄美笠利の出身と言う男性と共通の話題が次々出て、会話が弾んだ。何より4日間の入院ですんだ。私にとって貴重な4日間だったと、思えるように鳴るだろう、これから何事もなければ。それは 私の普段の健康えの意識の持ち方しだいだろうな。