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筑紫哲也の言葉

筑紫 哲也を、初めてテレビで見たのは、73年「こちらデスク」だった。
先ず 印象は、かっこよかった。名前は知っていた。たぶん 記事を紙上で、
読んでいただろう。学生だった私が目標としていた、知的な大人の模範だった
筑紫哲也の一方に偏らない 取材や報道は このときにも 実行されていた
朝日新聞に批判的な 雑誌記者や評論家を、スタジオに招いて、その主張は
「こちらデスク」で、放送された。イラン革命の真っ只中 イランの強行イスラム
原理主義者による アメリカ人人質事件では、国際世論が イランの蛮行として
非難していて、私もイラン人以外のほとんどの 人は、事件を非難していると
思っていた。たぶん そうだったのだろう。筑紫は、非人道的な行為と、認めながらも
「我々 先進国の人間は 今まで このイランに 何をしてあげていたのだろうか」
と、 イランの側の不満も、報道していた。
朝日ジャーナルは、づっと読んでいた。筑紫哲也が、編集長のときも それ以前も
その後も下村満子編集長で、終わるまで、朝日ジャーナルのスタンスは変わらず
権力の横暴、社会の矛盾を、糾弾していた。筑紫編集長の企画で、印象に残っている
のは、「こんなものいらない」というシリーズ。行政の無駄や、非効率な仕組みを訴えていた
大橋巨泉が、日本テレビの番組の中で おなじ 「こんなものいらない」という という
タイトルで 番組か 1コーナーかは憶えてないが 検証をやっていた。大橋が、「これは、
朝日ジャーナルのシリーズをまねた」とはっきり言っていて、ゲストに筑紫も呼ばれたことが
ある。まだ朝日新聞の社員だった筑紫が 読売系の番組に出たことで、日本のジャーナリ
ズムが健全である証と 大橋が言っていて 私も同じ感想を持ち、今思えば 筑紫哲也
と言う人が、その時多くの人達に 影響を与え 支持されていたかと言う事でもある。
TVのニュースキャスターになってからも 私は 筑紫哲也の言葉を求めていた。「多事争論」
は、楽しみで 必ず見ていた。久米宏の番組が、始まったのも 同時期で、こちらも 久米の
辛口な論評で人気番組。一時期 久米宏の直接的簡潔発言が、 筑紫の知的深層表現より
判りやすいと 久米を支持した時もあったが、筑紫の言葉に反発や落胆することは決してなく
づっと 私の社会を読み解くガイド役となってくれていた。
その筑紫が この世を去った。喪失感というものを意識したのは、私だけじゃない、青年期に
社会の理不尽な部分を見知った者のほとんどは 同じ思いだろう。筑紫哲也が、訴えた
言葉は、づっとこれからも、我々に残り、彼の感性を取り込んで 権力の横暴や、社会の理不尽
非効率な仕組みを監視し、世に問う意識に昇華させなければと思う。
朝日ジャーナルで 筑紫がはじめた テーマに「若者達の神々」という 時代の寵児等を紹介する
コーナーがあった 今 筑紫哲也の言葉こそ 私には、「神々の声」というに値する。

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