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記憶をひけらかす3曲

「居酒屋 一村」の律子さんから「よく 音楽のこと調べてるね」と言われたけど
書き込むだけでも 面倒に思えて なかなか出来ないのに、その下準備まで
わざわざ やるわけない。難なく書けるテーマしか取り上げてない
適当だから あとから訂正 ということも しょっちゅう。
以前見聞きして 憶えている事を ひけらかしてるだけ。
「意外な事実」というものなどを知った時も、得意に 話したがる。そおいう輩です。
2,3日前 高石友也が、シューベルツの「風」について話してた。
作詞の 北山修が、言ってたこととして、「当時60年代後半 日本は欧米に追いつこうと
して、開発を急ぎ 日本本来の風土 風景を失っていく 目的が達成された時豊かな
ものを失って ただ 風が吹き抜けているだけかもしれない。と 思ってこの歌が出来た
だから さびしい歌なんだ」 
「何かを求めて 振り返っても 其処にはただ風が 吹いているだけ」このフレーズが、
こうして 出来たんだと納得するが、この歌のテーマが 旅人の別れと郷愁であることに
変りは無い。 でも 知ってしまった私は 誰かに言いふらしたい。
そして また 思い出す。以前 新聞で読んだ2つの歌についての記事を。
ひとつは 「神田川」 これは 戦う男の歌だという 「若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ 貴方の優しさが、怖かった」 作詞の喜多条忠は、学生時代 デモから帰ってきた
自分に甲斐甲斐しく、食事を作ったり 世話をやく 恋人の優しさに 自分が甘えて
社会に抗う気力が、萎えてしまうことを恐れていた。連日 学生デモに出かけていたと
いうから、革命家の気概は持っていたのだろう 当時 「小市民」という言葉がよく使われ
社会革命を訴えることが トレンディ^だった若者達は、「小市民に成り下がる」、ことを
屈辱としていた。 そうならないために 恋人の優しさをも 裏切らなければならない
そこの 葛藤が、戦いだったのだろう。
もう一曲は 「なごり雪」 これは 別れの歌ではなくて 旅立ちの歌だった 作者の
伊勢正三は後になって そう気づいたという。
「なごり雪」という言葉が出たのは 故郷 大分津久見の駅から 上京するときのことを
思い出していた時だという 将来のことに 不安な気持ちを抱えて、切なさを感じていた
事を思い返していて「なごり雪」の情況が形になった。ホームでの別れもあったが、
将来への旅立ちという 側面がより大きいのかも。「去年よりずっと綺麗になった」
ことは、むなしさや 切なさではなく 前向きに期待を持たせることなのかもしれない。
いずれにしても 皆が知ってる ポピュラー曲、「違うだろう」「間違ってるところがある」
と、反論も多かろう。それに メディアで、取り上げられていた事、「いちいち言われなく
ったって 知っている」ひとも多いだろう。 でも 新しく知った私は誰かに言いたい。
自己満足で、構わない。ただ 調べた内容じゃなくて 憶えてたことだから あとから
訂正は かなり濃厚。
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