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我喜屋監督に捧ぐ

最近、野球を見ることがほとんど無くなった。20代の頃は、毎晩テレビでの
プロ野球観戦が、楽しみだったのに。ニュースでも気に留めることは少なく、
ホークスの結果と姶良出身の川崎が、どうだったか、結果だけ知ればそれで
良い。高校野球にしても、県内の大会で、知り合いの子息が、出ていたら
応援に球場へ、出かけるが、テレビでは、鹿児島代表の試合でも、ちらっっと
勝ってるかどうか確認するだけになっていた。
今日は、割りと長い時間、選抜大会の決勝戦を見た。実際は、長い試合の3分の1
くらいかな、5、6回と、7、9回の一部。最後の12回。最後の12回の裏、表。
結果が決まった、クライマックスを、見れたので、気分は、試合を十分楽しんだ思いだ。
沖縄代表を応援したわけだが、監督の我喜屋さんの思い出が、応援した理由でもある。
興南高校が沖縄代表として、当時では、思っても見なかった 活躍で ベスト4に
進出したのは、1968年、そのときの我喜屋キャプテンが、数年後、都市対抗野球
で、優勝、大昭和北海道の、ナインとして新聞で紹介されている記事を見て、驚いた
ことがあった、そのときの驚きは、「沖縄の人が わざわざ北海道まで行って野球して
いるんだ」という事。高校野球では、その後暫く 沖縄チームの活躍が少なかったため
興南のベスト4は、まぐれ 見たいな事も言われていたため、我喜屋選手の活躍は
あのときの興南の、選手達はやっぱりすごかったんだ。と、再考させる事となった。
1989年の、7月、都市対抗野球が開催されてた時期、私は東京にいて試合会場の
東京ドームは、頻繁に行っていた。準決勝で、野茂投手の新日鉄堺と、大昭和北海道の
が、対戦した試合も観戦した。そのときはまだ 我喜屋選手は 大昭和北海道の中軸打者
として活躍していて、当時のNO1ピチャー野茂を打ち込み 勝利した。初回にホームランが
2本出たが、我喜屋選手が打ったんじゃなかったろうか。21年前の事で、わからないが
彼が活躍したのは確か。
その後監督になったようだ。(思い出した1989年の時点で彼はコーチ兼任だったはずだ)
選手として長い期間 プレーし、活躍もしたわけで、やはり 立派なプレーヤーだ。
そして、数年前、母校の監督になったことを、新聞でしり その活躍を期待していた。
今日優勝監督として、インタビューに応じ その真摯に受け答えする姿を見て、立派な人格者
だと 確信した。これまでの野球人生同様、好選手として活躍しても地味で目立たず、周囲を
盛りたて、気配りを忘れず。地味であっても 野球界では、絶対必要な人でもあろう。
今後も この監督に注目し、応援したい。
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