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12日は父の3回忌の法要の日だった。11日の船で奄美に帰る予定にしていた。
その日の 15時前 あの地震。ラジオの一報で震度7と聞いて、「大変なことになった」と思った。家のテレビの前で、支度をしながら 音声だけ聞いて、津波警報を、知った。そのときはまだ、震源地周辺のことという認識しかなかった。その後 鹿児島にも津波警報、さらに 奄美にも。
与論の友からメールが来た。「与論は津波警報がでました。川元さんが乗る船は大丈夫ですか」
えっ というのが直ぐの感想。遠く離れた鹿児島で影響が出ることなど全く、予想してなかった。
港へ着いたら、待合室入り口で、船会社の職員が、説明していた。
「今 津波警報のため 岸壁は閉鎖されてます。そのため 乗船手続きも中断してます。津波到達予定の6時10分が過ぎないと 手続きは始められません。」
6時10分まで待てばいいのかと思った。結局8時過ぎ 欠航が決まった。警報は解除ならず。なんと 注意報に変わったのは、その24時間後だった。待合室のテレビで 東北の津波被害のことを知った。すさまじいものだった。現実に起こってるとは、信じ難い画面の中の状況だった。遠く離れたこの地も与論もまる一日以上解除されなかった津波警報。東北の様子を見れば そうだろうと考える。おそろしい津波の破壊力だった。
奄美には翌朝 飛行機で行き、当地の交通も混乱気味だったので、行ったその日の夜、警報解除と、同時に接岸した船に飛び乗り戻ってきた。
それから 一週間、被災地はさらにその困窮の度合いを増している。新たな問題も発生。私の意識も 田舎へ、帰ったことなど振り払われたかのごとく、遠くなり、目の前の悲惨さに涙する。
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