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録画してあった BS朝日の「うたの旅人」を2本見た。「北国の春」「五木の子守唄」このうたにそれほど興味は無いが、番組は大好きだ。そのうたに纏わる面白いエピソードを紹介してくれる。
北国の春は B面ように 急遽作られた歌だったそうだ。遠藤実は、曲を5分もかけずに作ったという。作詞のいではく 作曲の遠藤実 歌った千昌夫 それぞれが 北国 寒冷地を故郷に持つ 共通点を持ち、出来たばかりのこの歌にすごく共感したらしい。レコードを出した後 一年間 話題にもならなかったが、思い入れの大きかった千昌夫が、新曲を拒否してまで歌い続け 一年後の大ヒットに繋がった。ただ 私が最も感動したのは 最後の場面
 ステージで歌う千の伴奏が 生ギター一本。そのギターを弾いていたのが、ナターシャ7の坂庭省吾だったこと。ナターシャ7の前 遥か前だけど クライマックスで「花嫁」のコーラスを甲高い声で 歌ってた。5,6年前に他界している。彼のギターを弾く姿、youtubeで見ることは出来るけど、こうしてまたテレビで、意外な場面で見ることが出来て、胸が熱くなった。
五木の子守唄は 子供を寝かしつける子を守るうたではなかった。子守人として 奉公に出された 年若い少女達の 辛い 悲しい歌だ。歌詞の意味をよく知らずに聞いていたが、「私は物乞い あの裕福な人はいい着物」「この泣いてばかりのこの子が 憎くなる」という歌詞があったのだ。五木村の中でも地区によって歌が少しずつ違っている。隣の相良村でもこの歌が歌い継がれているが、やはり 微妙に 違っている。この地の歴史にも触れ、ひっそりと皆が寄り添って暮らしていたと想像してたが、33戸の地主が 小作人を絶対的に支配していたという話は衝撃だった。子守に娘を出すのも地主の指示だったらしい。現在は 川辺川ダムに翻弄さ土地を住民が離れ、一昔前と様相が一変しまったのも哀しく思える。
ここでも 胸に突き刺さるほどの悲哀を感じさせた 話が最後の方にあった。10歳を少し過ぎたばかりの少女達が 奉公に発つとき親子の別れる峠が 子別峠という名前の場所だったという。そこを下って、二度と 故郷に戻れない人がほとんどだったそうだ。五木の子守唄で、その 苦行を知っている 子と親 その別れはどんなにつらかったことだろう。「生きていくためにこの方がいい」と親は無理やりにでも 納得させて、この悲しみに耐えたと 解説していた。
みんなの心に残る歌には 人々が思いを共有できる、感動できる背景が備わっているのだ。
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