店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

プロフィール

川元 正樹

Author:川元 正樹
店主です。よろしく!



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



そろそろ老年の勝手な青年団考

日曜日の夕方 MBCラジオでは、県内ローカル局の番組を紹介していて 奄美のFM宇検の番組も流れる。今月は宇検の青年達の日常を紹介していた。スポーツが盛んなこと、祭りの相撲大会では皆がまわしをつけること、青年団 壮年団の活動が盛んで、年配者との交流が多いことなど。確かに名瀬以外の地方に行くと各町村の連合青年団の名前をよく聞く。名瀬でも、中心部から離れれている、後から合併した三方地区という地域には青年団が存続しているが 私がいた中心部では 昭和40年代から、青年団の名称は聞かなくなっている。全く私には馴染みのないものになってた。
そんな私が 青年団の集まりに参加したことがあった。社会人になった年、会社から 「奄美を興す、青年の集い」と言うのがあり、若い職員を参加させて欲しいと言う要請があったらしく、新人の私を含め3人,参加することになった。街から離れた 岬にある研修所で一泊する。自費でだった。他の参加者は費用が支給されたらしい。町村の公費からだったり、青年団からだったり。
それは 青年団活動をどう盛り上げるかと言うテーマの会だった。20代の私は団体というのは 個人の自由と敵対する と考えていた。だから 後に組織からはみ出して、自営業に転じてしまったのだ。その会は 全く私の興味とは離れた内容で展開され、友人達との普段の会話では聞くことのない話題ばかり。一言も意見を言うこともなく。ただ 数人いた 素敵な女性参加者を眺め 彼女達の発言だけ、聞いてた。当然親しくなっても 話が合いそうにもない。「相撲大会に誘っても 出てこない人がいる こういう人たちを参加させるにはどうしたらいいか」なんて意見が出ると、「僕だって 相撲なんか絶対出たくない ほっといてくれ」と 内心思ってたり。
3年後 転勤してきて一緒に仕事するようになった先輩に 青年団活動をしてる人がいた。その人と 良く飲みに行ったりもしたが、青年団の仲間も一緒の事が多かった。小さな集落の青年団。その地で生まれ育って住んでいる。そんな繋がりの強さを知った。その 青年団の人たちとはそれからもずっと親しくさせてもらった。
その後 与論に転勤して、青年団とは 若者だけのものでなく 社会的な存在である事を知った。島の行事 祭りの担い手として 青年団があった。経済活動 福祉活動にも 青年団が重要な役を担っていた。青年団活動でしりあって結ばれた夫婦が沢山いた。そうだろう いっしょに汗を流し、一緒に楽しんで、お互いを見て 分かり合えば、これからもずっと一緒に と意識するだろう。与論に行ったのは20代最期の年だった。誘われた事もあったが、まだ 分からなかった。丸谷才一の小説に「国家は個人と敵対する」と言う言葉を読んで「そうだ!」と思ってた時期だ。国家はそうでも 青年団は人生を楽しくしてくれる。そう考えを改めたのは、 もう壮年になってからだ。
スポンサーサイト


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://coffeekawamoto.blog55.fc2.com/tb.php/384-5e0f7bf3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)