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今週の「ブラタモリ}も面白かった。先週から引き続き、江戸の運河の名残を探していくのだが、隅田川から引き込まれた運河の後を探して やはり堤防を探して歩く。古地図を見ながら、予測を立て、進むと ちゃんとそこに古い堤防の一部が残っているのが見つかる。今はその上に新たなコンクリートを流した塀が作られているが、しっかり土台部分は、砂利の密度の濃い、昔の造作だとわかる。江戸時代、佐賀町という場所が 流通の要所だったと記録されているが 今の佐賀町を訪ねると そこは 隅田川に面した場所。運河の入り口に当たる。昭和の30年代までは倉庫群が存在してた様だ。その川向が日本橋、その奥に江戸城があったわけで、江戸の物流の様子が明らかになった。その運河の上に高速道路がある。古地図に現在地図を重ねると運河と高速道がぴったり一致する。なんと首都高は運河にそって進んでいる、運河がカーブすれば 首都高もカーブになってる。江戸で、運河を船が荷を運んでいたのが 今 トラックが上空の高速道路を走っているわけだ。運河を辿って、行き着いた場所は、今でも流通の元となる場所。国内トップの運送会社の多くがそこに 最大の物流センターを構えている。郵便局も 最大の「新東京郵便局」があり、番組ではその中を案内している。巨大さ、荷物の多さ、最新の仕分け設備、見るものビックリするばかり。最後に タモリがコメント。
「今でも 徳川の 遺産を食ってやっていると言うことだ。江戸で作られた 物流の仕組みを我々は使っているんだ」
monnaka015.jpg
佐賀1丁目と福住1丁目の間の運河。
右が佐賀、左が福住。
pic001_2.jpg

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