店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

プロフィール

川元 正樹

Author:川元 正樹
店主です。よろしく!



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


「昭和青春グラフティー」で東京オリンピックの裏話を知り、「あの時もそうだったのか」と、思った。北京オリンピックのとき中国政府と北京市が、余りにも露骨な形だけの成功を目指して、住民無視の対策を取ったり、中国人に不人気の競技には、小中学生を動員して、競技場の観客席を埋めたりしている 報道を あきれてみていた。47年前の東京でも、似たようなことが行われていたそうだ。まさしく蓋をしているのだ。景観のふさわしくないと判断された地域や、下水道などの都市整備が済んでないところは、幹線道路から見えないように、塀を作って隠している。悪臭がしていた、川は 蓋をして暗渠に。交通路整備に高速道建設は、用地買収の手間を省くため、川に杭を打って作っている。江戸の中心地 日本橋の上にも 高速の高架が出来。「野暮なものが出来ちゃった」よ地元の人は嘆いている。このとき 東京の川の25%が失われたと、ゲストのなぎらけんいちが、話していた。彼は当時、小学生で、学校行事として、陸上競技を見に行ったが、10000mの予選を 人もまばらな観客席で見たそうだ。全く興味も無いので、レースのことなんか憶えてなく先生の つまらなさそうに言った「さっ 帰ろうか」といった言葉だけ憶えているそうだ。学校に対して 観戦するよう要請があり、仕方なく行ったらしい。
しかし 私達はそんなこと全く知らない。壁を作る様子など 報道もされていたはずなのだが、憶えてないのか。一般の人は 東京オリンピックに期待し 楽しみにしていた。抗議の声も聞こえなかった。東京オリンピックのためなら と 我慢もしていた。羽田から 会場への直通高速道は、のり養殖が盛んだった 大森の海を埋め立てて作ることを、勝手に道路公団が決めてしまい、初めは納得できなかった、仕事を失う事になるのり養殖業者も、「オリンピックのため」という言葉に、従うしかなく 魚業権放棄を決めた会場には 漁民の嗚咽があふれたそうだ。司会の関口弘の「あの頃は この先 きっといいことがある 幸せになれると 信じていた だから 我慢できた」という言葉で、当時の大人たちの気持ちがわかったような気がする。
東京オリンピックは成功だった。たくさんの感動の場面があった。記録映画を何度も見て そのたびに 感動が蘇る。また見たいと、今も 思う。


スポンサーサイト


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://coffeekawamoto.blog55.fc2.com/tb.php/500-cba7946a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。