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ジャンゴの思い出

ジャズのもうひとつのレクイエムと言えば「ジャンゴ」。1953年 突然死したギタリスト ジャンゴ・ラインハルトを悼み、MJQのリーダージョン・ルイスが作った曲。MJQの演奏は ミルト・ジャクソンのビブラホンを、中心に 静かに始まり、中間は力強く、ベースでリズミカルに そして 静かに終わりに向かうが、最後の一音 ミルトの力を込めてたたく姿が 悔しさをものがったっているかのよう。
私が 奄美ジャズの会に入って 最初に開いたコンサートは 猪俣猛率いるフォースだった。バイブの浜田均のエネルギッシュな演奏に驚き 感激した。当日 リハーサルが終わって、本番まで あと少しというとき、浜田均に緊急の電話が入り、メンバーが驚きの様子を見せ、あわただしくまた電話をかけなおしていた。ジャズ仲間で、浜田の親友が 交通事故死したという知らせだった。
フォースは MJQとまったく同じ編成のカルテット。観衆は当然MJQの代表作ジャンゴを期待している。出だしの演奏が、ミルト・ジャクソンのあだ名をタイトルにしたバグス グループだったから、ジャンゴは必ず聞けると思っている、バイブの生演奏をはじめて聞くファンのきたいは大きかった。猪俣猛は 演奏する前に 必ずその曲についての説明をする。そのときは、悲しい知らせががあったことだけ話して、ジャンゴの演奏をはじめた、観衆はジャンゴで何があったかを悟った。終演後 「誰が亡くなったんですか」と尋ねる観客が数人いた。浜田均はどんな気持ちで、演奏していたのだろうか。悲しみは胸にしまったまま アフターでも愉快に振舞っていた。私は初めて自分が関わったコンサートが大成功だったことと、彼らの洗練され演奏に酔いしれ感激し、上機嫌 爽快感いっぱいだった。
その 2年後 再び フォースは奄美にやってきた ツアーの途中だった、その前日 猪俣猛の父親が亡くなっていた、すぐ駆けつけたかっただろうに、猪俣は 奄美のファンのために悲しみを超えてやってきてくれた。フォースは解散したが そのときのメンバー 猪俣猛 西直樹 内山健一 浜田均太 みな大好きなプレーヤーだ。

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