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自由な髪型を。実はものぐさ なだけ。

新聞で改革が進む高校の特集をしている 昨日からは仙台一高。今年、男子校から共学に変わったと言うことで取り上げられているのだが、私が注目したのは、校則の緩やかさ、昨日出てた 応援団長の男子の長髪。制服なし服装自由と言う学校は、われわれの高校時代にもあった。しかし 高校生らしい という大前提の言葉がまずついていて、外見の評価は厳しく言われていた。ただ この応援団長 長髪の外見ながら 内面はより硬派。女子が入学することには反対していたし、男子校としての伝統を引き継ぐこと大事に思っている。もしかしたら はるかに古い時代の旧制高校の雰囲気に浸りたいのか あの頃の学生は羽織袴にぼさぼさの伸び放題の髪というスタイルでいたように伝聞されている。
私の場合、中学で 髪型のカッコいい同級生や先輩を見て、男子校だから女子の目はないのに、かっこよく見られたい色気が出て、刈り上げから上品な7:3分けに。その髪型 40年後の今も同じ。そのときから 教師には 頭髪をしょっちゅう注意されていた。「散髪に行け」と言われても 髪形を変えたくないので 襟剃り という耳上と うなじの伸びた部分を鋏で軽くカットするだけ 150円で出来たと思う。前髪を目の上まで たらす型は譲らず。これ 小学生のときテレビで見た ワイルドワンズの「バラの恋人」を歌ってた キーボードの渡辺というひとを真似ていたのだ。
高校で帰った鹿児島では中学が長髪禁止 丸刈り強制だった。高校もわれわれの入学する 直前に長髪解禁になった。私の入った大島高校が最初に解禁。生徒総会で要求を決議した先輩に感謝したものだ。入学した直後は 他の男子生徒はみな丸刈り、髪が伸びてた私は クラスの調髪委員というのをやらされた。調髪解禁の要望を学校に認めてもらうのに、「高校生らしい髪型を守り、生徒自らルールを決め 乱れないように啓発する」と言うことをも決議していて 生徒会に そのための調髪委員会というのが設置されていたのだ。委員になっても私の髪のこだわりは代わらず、「散髪行って来い」と 教師には年中言われていた。素直に従う訳がなく 髭までも剃らないようにしていると、「髭剃って来い」と言われる。その教師、その後自分も髭を伸ばし始めたのは、意外と私の髭がかっこよかったのでは。高3の後半からは 床屋へも行ってない。中学時代床屋でやってもらってた 襟足だけかみそりでそぎ落とし、それから 大学4年の 9月末、就職活動に入る直前まで、床屋へは行かず 自分ですきバサミなどで髪量の調節だけしていた。自分でやるには 短髪では無理 長髪なら、失敗してもやり直せる。そんなわけで19歳から20代前半、ロングヘヤーに髭まで生やした私の風貌は、仲間内では問題なく受け入れられてたが、世間では異質だったのか。全く女性にはもてなかった。
仙台一高の調髪の彼は、もてようなんて思っていない硬派。自分のスタイルを頑固に守っている。もし私の高校時代が同じように自由だったら、やはり長髪にしたと思うが、理由は 床屋へ行くのが面倒だから。それに 周囲から散髪の圧力が強くなったら、それに抗い続ける自信はない。やはり 言われているのを気にはしていた。だから 卒業後は 伸ばし放題。1年後は下の写真のとおり 19歳にしてはふけてるかな。
  img19619kao.jpg
一昨日 散髪した。10代と同じ髪型に ただ 白いのが目立つのが昔とは明らかに違うところ。
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