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訃報

彼とは中学で出会った。あだ名は「バンビちゃん」小柄でかわいい風貌だった。色黒、奄美南部の古仁屋の訛りが強かった。明らかに田舎者、立派な田舎者でいてくれた。試験の成績が学年で2番になったことがある。続けて2回。それは その後の彼を苦しめてしまったのではと思う。有名進学校ではないけど その私立中学でもその成績なら 後々 東大入学も夢ではない。しかし 目立った成績はそのときだけだった。3年生の時かれは 奄美に帰って行った。翌年 私も奄美に帰って、奄美の高校で再会した。様子は少し違っていた。中学ではすこし控えめだった。屁理屈をいうのは同じだけど、高校ではかなりはしゃぐ。人を笑わせるのを楽しんでいた。笑われることを面白がった。そういう自分を作っていたのでは と 今 考えられもする。一流を目指していた。そう推察できる言葉をきくことは多かった。教員をしているお父さんの影響を強く受けていた。革新思想に傾注し、社会学者の著書を読んでいたようだ。その点 大人びた思考をしていたか、父親に近づこうと背伸びしたか。今思い出そうとする高校生の彼は 道化に徹している彼。勤勉は似合わない。すでに大学生になったかなような自由さに、破天荒まで加わり、その点で 同級生の目を引き付けていた。
社会人になって久しぶりに会った彼も、また 印象が違っていた。よく喋る 屁理屈を言う それは同じなのだが、現実の自分で、精一杯努めているようだ。駅に現れた彼はジャージ姿で 少年ジャンプを抱えている。襤褸は着てても一流を目指していた時とは違う。企業に所属し利益のために奮闘している現実のために、理想は理想としての位置に一応格納しておこうと決めたのだろうか。そして その現実を自分でどう消化できていたか、それとも、あいまいにしてその不快さに苦痛を感じてはいなかったか。
彼の奥さまから、東京の山元に昨日届いたメールの事を 山元に説明されても 何のことかわからなかった。まったく 想像すらできないことだ。転送されたそのメールは確かに
彼が先月で逝ってしまったことを伝えている。四十九日を済ませたばかりとある。そっとしといてください ともある。でも はっきり事情を知りたい山元の架電に対して、涙ながらに答えてもらったのは、メールの内容と同じもの 何があったか は判らず。
昨年の同窓会に来た彼は 顰蹙を買うほどに酔って言葉を掃出しあきれられたようだ。だが それも彼らしい。とも評価できる。今となってはあれが何か、かれの中での状態を伺わせるものだったのでは、と 原因を最悪のものと想定して考えると、そう考えてしまう。わからない原因をどうしても推測してしまう。賑やかなだけの彼なら 大丈夫だが たぶん内心に ずっと屈折したものを抱えていたのでは。
四十九日過ぎて あの世へいってしまったようだ 先に行った 川口を見つけたかな?会ったら 「俺も来ちゃったよ」と 二人で 大笑いしたことだろう。
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