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美味しいものは 高い?

昨日の新聞で、ミシュランの東京版がすごい売れ行きで 増刷分も 売り切れの模様と書かれてあった。2000円あまりの雑誌だが みんな興味があって買ってるんだ。
しかし 雑誌を参考にして掲載された店に食べに行ってみようというのではなく ほとんどの人は、一流の店と言うのは どおいうものか 知りたいという理由で買ってるんじゃないだろうか。三ツ星のお店は、一皿ン千円 お一人様 ン万円の食事を出している所ばかりのようだ。
それ以外の店も そう 頻繁に食べにいける 値段ではなさそうだ。雑誌に載ってるどこかの店に 一度は行ってみようと希望しているのが、ほとんどだろう。
おいしい食事を 味わうと 人間が豊かになるのは確かだと思う。 三国 清三 や 片岡 護 や 陳 建一は、 私が尊敬する 料理人で、 彼等の作った料理を経験すると 人生観が
変わると言う意見も 耳にする。テレビなどを見ていて料理の素材にあわせて その旨さを、最大限に引き出す料理法にいつも感心している。 食べれる日が来ることを 願っている。
 ただ 「高級素材を使わなければ 美味しいものは出来ない」と言う意見があると 「高級なものを使うのだったら 美味しいのは 当たり前だろう」と反発したくなるのだ。もともと 卑しい精神しか持ち合わせぬゆえ 仕様がないのだが、平凡な素材を 驚くほどの美食に仕立てあげる 技術を目の当たりにすると、もう 感激の極みだ。 賢島グランドホテルの高橋シェフが
つかこうへいとの対談で 「美味しいものを食べようと思ったら 1万円はかかる」といってた
25年以上前の対談で、毎日 300円のチャーハンや350円の定食を食べていた私も 「いつかは、そんな高級料理が食べれるようになるだろう」と思っていたが、いっこうにそんな余裕のある生活などできそうにないと悲観すると、考えもひねくれてきて 以前は尊敬の目を向けていた高橋氏にも「平民が美味しく食べれる料理も作ってみろ」と言いたくなっている。
500円からせいぜい1000円くらいのラーメンについて 一過言持ってる人は多い。各 ラーメン店は研究と工夫で 美味しいラーメンを追求しているのはわかる。ありふれた食材で 労力と時間をかけてみごとに客をうならせる一杯には、感心させられる。しかし 有名店になると
その分 値段が上がってるのはどうも腑に落ちない。立地条件がよいと家賃が高くて それを
商品に転化せざる得ない。それでは、立地のよさが繁盛店の理由になって、味で客をひきつけているとはいえなくなる。求められるのは 限界効用による満足度。この金額を出せばこういう美味しいものが食べれて満足できる。高いお金を出して おもったほどの満足が得られなければ「あまり 美味しくなかった。」と判断してしまう。なかには 味なんか気にせず ただ沢山食べれたら満足と、言う人もいる。ただ生命を維持するために食べてる 動物のようで 感心できないが、彼等こそ 食する量に対価を払うという効用で食事を判断する。
書いていることが 上級消費社会に対するひがみになってきているが、要するに 感性と技量で我々を、満足させてくれる「安くてうまい」を コンセプトにした店が中心になる社会を望んでいるわけだ。私は いま ほとんど外食しない。支出に対して満足度が少ないからだ。
満足して食べているのは 食材の代金だけで食べれる 自分で調理した パスタや麺類 野菜炒めや煮込みなどだ。これを食べ終わった時には、幸福感を味わってる。でも 他の人に
食べさせても 私と同じように満足してくれるかと言うと 自信はない。私の満足と 他の人の
満足では 質が違うかも だから わたしは 高級料理店で幸福を体感する人達のことが理解できないのだろう。
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