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もがりの森

NHKBSで 河瀬直美監督の 「もがりの森」が放送された。(「もがり」という漢字が出てこないので ひらがなで 記す)
それぞれ 愛する人を 失って 心に傷を負った 認知症の男と 介護員という立場の女性が出会い、それぞれ 逝ってしまった者への思いが断ち切れず その思いゆえに苦しんでいる。
奈良の 山奥の濃い緑の自然風景と 老人達の嬉々とした表情が繰り返し映し出されながら
進んでいく
 映画の半分は 2人が 森の中を さ迷い歩くシーン。 男が 何かに取り憑かれたように
森の中に進んでいく 女は 男を 保護しなければならないと 後を追う。
台詞がない 映像から説明は発せられない。 男は何をしようとしているのか 女は 困惑した表情ながら 男の様子を見守っているだけ これからどうなるのか。 見ていて 思うのは
観る者が 自分の立場 経験で 彼等の 心情を想像すれば 観衆それぞれが、微妙であっても 異なるものを感じるだろうということ。
途中 雨で 流れの速くなった 小さな川を突き進もうとする男に 女が おおきな泣き声で叫び 行くのを やめさせる そこで 男の様子が変わる 女の存在をそこから 強く意識し始めたのだろう。暗闇の中 雨に撃たれて冷え切った身体を 肌と肌を触れ合って暖めあうシーン
女が 必死で男の身体をさする 激しい音が お互い心を許せるほどに 理解しあっているのだと 主張しているように思える。 ついに 一本の木にたどり着き 男が安堵の表情を見せる
33年前に亡くした妻との思い出に関わる木なのだろうか。そこで 常に 大事にしているリュックから ノートを出して並べる 33年間、妻に語り続けた胸の思いを綴った日記だろうか。
それを 妻に伝えたかったのだろう。その木の根元 を 木の枝で 掘る 必死の様子 一心
に掘る。そこに ノートを埋めるのだろうか
ここで 暫く テレビから離れてしまった 家内 うちの家内 に用事を言いつけられて。
「全く 大事な場面で なんとも間の悪い」とも思いながら、逆らえない
再び 見た場面は 男が その 掘った場所に顔をうずめていた ノートはどうなったかわからない。でも 33年間背負っていたものを ここにおいて行く 決心をしたように思いつめた表情 女がその 頭を抱きかかえ 撫でる 何度も、いとおしむように。
女も空を見上げる やはり 抱え込んでいた 思いを 伝えているように。 死なせてしまった幼子の魂と触れ合うことが出来たのだろう。
死んだ者を づっと 思い続けることは 大事なんだろうが 大変なことでもありそうだ。
死者はあの世で 生きていく 生者はこの世に居て あの世の、かの人のことを しばしば 偲ぶ。あの世と この世が繋がっているとしたら お互いに望むのは それぞれの場で 精一杯に生きることだろう。
いろんなことを 考えずにいられない 映画だった。
でも もう一度 観たら きっと違う感想をもつだろう そのときの 観賞する環境によって 違ってくるはずだから。  
河瀬監督の作品は これで3本見た。美しく鮮やかな風景と そのなかで 淡々と生きている
人々の日常や大事に受け継がれている風習 祭りが 画面にながれる。しかし 淡々と生きてる人達は、なんでもない笑顔と どうしようもない人生の定めに苦悩する表情とをを見せる。
どれも 出演者は 芝居をしない 日常会話で、話し 大げさなアクションもしない。ただ 見ている我々と同じ時間が流れている。「萌の朱雀」も「沙羅双樹」も、この「もがりの森」も、生きて行くということを 考えてみようと思わせた作品だった。
 



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