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ミュージックポートレイトで、宮沢りえが、自分の逆境の時聞いていた曲として、井上陽水の「帰れない二人」を紹介していた。
アイドルとして頂点に立った後、婚約騒動などで、衆目を浴び、マスコミにあることないこと書かれ、止む無く日本を離れ、ロサンジェルスにいたときに、陽水の曲ばかり聞いていたそうで、「彼の曲は、不条理なことを笑って過ごしてくれる」と評価している。「帰れない二人」はロマンチックで、世間に抗うような内容ではないが、陽水自身は、いつでも薄笑いを浮かべ、社会に対し斜に構えている印象がある。皮肉った歌も沢山ある。宮沢りえは、モデルを生業にしていくつもりだったそうで、それに反し、アイドル、女優として演じることが苦痛だった。自由に好きなように歌える、フォークシンガーに憧れを持ったのでは。今では 映画 舞台で、高い評価を受けている、日本屈指の女優となっている。苦労は肥やしとして、生かされているようだ。
対談していたのが、野田秀樹。彼には興味がない。しかし クリフォード・ブラウンの名前が出てきたときには、しっかり、彼の発言を聞いた。学生劇団「夢の遊民社」を結成した、快進撃のころ、聞いたようだ。23歳で亡くなったこの天才トランペッターに、自分を重ねてみれるところがあったらしい。21か2の頃だから、その年代で、このハードバップジャズを聞く人は珍しい。わたしがジャズにはまったのは20だい後半。21のときにマイルス・デイビスの演奏に驚愕したことはあった。もちろん60年代の演奏だ。マイルスは70年代になっておかしくなり、わたしも 全く聞く気にならなくなった。音楽評論家を名乗る奴が、「マイルス亡き後、ヒュージョンにかわり、ジャズは衰退した」と言ったが、「ヒュージョンなんて紛いものを作ったのがマイルスだろ」とラジオに向かって反論した。ことがあった なんて、どうでもいいか、話がそれた。
天才と言われていた野田秀樹が、天才の夭折を知って、思うことがあったのだろう。
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