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「沖縄ノート」裁判

大江健三郎が被告となった「沖縄ノート」の記述に関する裁判で 大阪地裁は原告の請求を全
て棄却する判決を出した。大江文学の信望者のわたしは 少し 嬉しさと安堵を憶える 少しと
言うのは、例え 裁判結果がどうであれ 大江文学の 評価に影響は全くないことを 確信して
いるからだ。
判決では、駐軍隊長だった原告が島民に 自決することを命じていないとしても 軍の関与は
明らかで 住民等が 命令を受けたと主張する 根拠となる事由は 多数存在していて 被告
人も その証言から 命令の存在を認めるのは理に適うと言うことだ。
隊長でない他の軍人が言ったとしたら 徹底した上意下達の軍隊の構造から 隊長の命令と
人々は考えるだろう 「私は、貝になりたい」のなかで 言われた 「上官の命令は 天皇の
命令として 絶対に逆らえない」と言う台詞は、相当な誇張としても 軍組織の 構造を 明ら
かにしてくれる。 昨日の新聞に 原告に提訴を促した元軍人の 投稿が、出ていた。「当時 
捕虜になる前に 自決すべしという 風潮が 国民全体にあった 自決は 本人の意思でやった
もの」と言う意見だ。そういう風潮は、軍と軍の為の教育が 作ったものだろう
現在だったら そういう風潮を知ってる 隊長は 自決を止めさせる行動をしていなければ 無作
為を罪として問われることだろう。
判決で 集団自決があった場所には必ず軍がいた 軍のいなかった場所では 起こっていない 
と述べている 軍の存在だけで 住民は 自決するしかないという 脅迫観念に襲われたのだろ
う。命令を発した事はなくても 住民は 逆らえない軍の意を あきらめてくみ取ることしか出来な
かったのだ。
原告等は 自分が残酷な命令を出し不幸な事態をもたらしたと、されることを苦痛に思い 提訴し
たものだろう。戦時の阿鼻叫喚の状況を体験し知っている。集団自決の悲劇、惨さも認識してい
るきっと 「二度と戦争はしてはいけない」という信条は持っているだろう。裁判はあらためて 戦
争の残酷さを認識する機会にしなければならない。4000人の兵士が死んでも なお 「戦争は
正しかった そして 勝利した」と威勢を見せる どこかの大統領は、兵役逃れを企んだらしい 
やったかどうかは、あいまいにされたが 戦場には、戦闘員としては 行ってないらしい。 こうい
う為政者の戦争論こそ 否定しなければならないと思う。日本の政界でも 長老といわれる 人
達は たとえ タカ派といわれても 本人が 戦争を体験していれば 軍事行動にはより慎重に
なっている。問題は、40代 50代の議員等が 野党であっても 集団的自衛権を主張したり 戦
力の国外進出を 訴えたり 国のメンツとか国際的立場ばかり重視している。「自分達は 戦場に
行かなくていいと思って、簡単に言うな」「もし戦争に参加するなら 決めた 政治家が真っ先にい
け」という 世間の声には 「そうだ そうだ」と同調せずにいられない。
死ぬ確立がグンと高くなる戦場になんか行きたくない。敗戦で不幸な事態になるのもこの国に
生まれたのだからしょうがないといわれたくない。人にいわれて 自決するのも戦争だから仕方
ない、なんて、絶対 受け入れられない とにかく 戦争だから 人は沢山死ぬんだなんて 当た
り前のように 決め付けられる状況の時世には、してはいけない。
裁判で 明らかになったのは 戦争になると 絶対あってはいけないことが 起こってしまうのだ 
ということ。原告も被告も戦争があった故にこの裁判に関わらなければ成らない不幸な身になった
ということ
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