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恋愛小説を書いてみようか

「池上線」の話は、結果的に悲恋なんだが、今になって回想すれば、青春の鮮やかな
そして 貴重な体験であったのは間違いないだろう。だから 詩人になれた この歌が 
世に残せた。
私も書いてみようとしても 体験がない 空想ばかり。大学時代何をしてたか バイトと
古本屋の様子と、あと 印象に残っているのは 大学の講義よりも優先したコンサート
女性と行ったコンサートは、以前書いた 京都での先輩といった野外コンサートだけ
こっちはデートのつもりだったが 相手は コンサートに来た以外何の目的もなし
「目を閉じて 頭にうかぶ何もなし 悲しくもまた 目を開けるかな」啄木のこのうたを
知ったのも この時期だった。今 「頭に浮かぶ 女性なし」悲しくはないがつまらん。
思春期の入り口 中学生の始まりは 男子だけの 私立中の寮生 女の子の話は
仲間と沢山したが 実際そこに女の子の影もなし。放課後よくトレーニングとして
数キロ離れた 湖畔の公園まで 走った 途中に公立の中学があり その近くでは
走る速度を落とし 女性徒がいないか校内を覗き 見つけたら わざと 「ファイト!」
大きな掛け声を出す。なぜ湖畔の公園が目的地かというと そこには 高校生も
トレーニングに来るから 女子高生が目的なのだ、そこでも 女子高生から見える位置
に 留まって 腕立て伏せ100回してみたり 馬鹿馬鹿しいアピールに精を出していた
もっとも 誰も 声をかける勇気もなし 勝手に盛り上がるだけ。
実は この時期 密かに 思い出してときめきを覚える娘がいた この中学に入る前
故郷の歯医者であった女の子で、その名前を見て 幼稚園の時仲良しだった子だと
きずいたのだが 久しぶりに目にした成長したそのこが まぶしく見えたものだった
中3の時、クラスメートから「自分の従妹がお前のこと好きだといってる。会わないか」
と、言われた時にも その子に申し訳ない気がした 別に 交際しているわけでもない
かってに 空想で 「かけがえのない人]にしてしまっている 熊本と奄美に別れている
し、今だったら こっちはこっち あそこに行けば また 別 と考えるのだろうが
もう とことん一途な恋を 目指していた。
その後 故郷に戻り その子と 同じ高校に通うことになった ずっと好きだった。彼女も
私に 好意を持ってくれているのは 周囲の人達から知らされていて 二人は うまくい
く筈なのに 進展しなかった ふたり それぞれの 気持ちの中では 燃えていたのだが
言葉を交わしたのは 2度 はっきり覚えている。手を握ったのは フォークダンスをした時
一回だけ。純情な少年は、思い切って彼女に近づいても 見ていた周囲のうるさい連中
にはやし立てられると 照れくさくなって 何も言わずに すれ違うのだった それ以上に
彼女の方が 純情で 私の姿を目にして 恥ずかしがっている様子が 明らかにわかった。
顔を あわせると 動揺しながらも、笑って見せて 心のうちを 伝えるだけで一生懸命だった
卒業して 彼女は東京へ 私は 福岡で1年浪人 その後大阪へ。目指していた一途な恋
の炎は、燃焼し始めても 勢いよくは、燃えず くすぶった状態になってしまった。
数年後 彼女が結婚したことを スナックで同窓生から聞かされ その日は ひどく
悪酔いした。 こんな体験では 情けない滑稽話にしかならない。ランチャーズの
「真冬の帰り道」が好きではあったが このときも 「心で燃えて 唇かむだけ」を、経験
したいと思っていただけなんて事はなかった。でも事実は、「わかって欲しいんだ、切ない
このおもい」と、訴えたい 気持ちであった。
そういえば あんまり思い出したくないが、大学時代に 高校で同じ部にいた同級生に
交際を迫ったことがあった。何でだかわからん 綺麗ではない 頭のいい人だった 大胆な
行動をする子だった 振られた。まさかこうなるとは思っても見なかった 私の 友人の方に
好意を持っていたらしい また 私は「恋に敗れた、悲しい男」の感傷に浸って、満足していた
何が欲しかったのだろうと 今は考えるが 彼女の大胆さを思えば 「痴人の愛」の主人公の
気分になれたかもと、思う。屈辱を覚える振られ方だった 彼女にしてみれば「これぐらい
はっきり言わないとあきらめないかも」と考えたのかなと今では思う、思い出したくないないの
だが、この件では今でも友人たちに からかわれている。 
それよりも、私のことを思ってくれていた もうひとりの女性徒のことを、思い出すほうが 清しい
気持ちになれる よく2人で話していた 話が合った 家も近くだった。卒業してから 彼女の
気持ちを知らされた 驚かなかった 「そうかもな」と心当たりはあった。しかし そのときは、私
のほうが そういう感情が起こらず 返事をしなかった。いま 同窓会に来てくれる彼女は 昔と
同じ スタイル。ほとんどの 昔、女子高生だった人達は まあるくなって 貫禄が出てるが 
彼女は 当時と変わらぬスラットした手足で長身、ロングヘアーで、綺麗なドレスで着飾って 
見ていて嬉しくなる 美人。「あの時 応えていれば」と、ちらっと 考えたが でも 今も 友人
として付き合えるのだから これでよかったのだ。
やっぱり 恋愛に 縁はなし 「いい人だけど 付き合うと 退屈」「大人しすぎて スリルがない」
30歳近くなって 高校生にはもてたが 大人の関係は皆目駄目
結婚したかった女性と 鹿児島で久しぶりにデート した時、先輩からも宴会に誘われていて
デートを中断して その 先輩のところへ行ったため、その後彼女には、相手にされなくなって
「あの時 ずっと 一緒にいれば 今ごろ」と後悔したこと。 「好きです 付き合ってください」
と 告げたら 「あきれた」と言う顔をした 気位の高い女に「女はてめぇ一人じゃないぞ馬鹿
やろう」と腹を立てたこと。気合を入れすぎて 便箋 20枚の ラブレターを書いて送ったら
あまりに長すぎて 読んでもらえなかったことも 女性の思い出は、つぎつぎ出てくる。
初恋以外は「彼女がいる」という 悦を欲しくて つぎつぎ 手当たり次第にあたってる
小説にするような 激しい恋愛には 程遠い。
私にも妻がいる。結婚したのだから恋愛が 結実したのだろう 紆余曲折のはてのことだった
からそれなりに 激しかったのだろうが 今 我が家の支配者として いつも小言で私を責める
彼女を見てると 恋愛してたことなど霧のかなたにぼんやりみえてるように思い出すだけも。
「そんな時代もあったよね」と言ってみるしかない。でも 妻のおかげで ソクラテスが言ったよ
うに 「哲学者」になれそうだ。
やはり 恋愛を書くとしたら 想像に頼るしかない 表現には限界がみえる それより
世の中 人の世 に ネチネチとけちをつけ 批評し吼える文章を書くほうが 楽かな
哲学っぽいのを 混ぜながら。
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