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NHKの「ファミリーヒストリー」を見ていた。戦前 満州で、医師として働いていた 俳優 梅宮辰夫の父親は、かの地で、誰もが認める立派な医師だった。終戦時、侵攻したソ連軍 中国八路軍からの強制連行を決死の覚悟で逃れ、家族を守り、戦後東京で、個人開業時でも、昼夜を問わず患者のために、労を惜しまず、地域住民から、全幅の信頼を得ていた。その実態を幼き梅宮は知ることなく、厳寒の夜でも往診に出かける父の医師という仕事に追従する気にはとてもなれなかった。その本当の父の姿を、関わってた人たちの口から知らされ、父に反発し、避けていた事を悔やみ、嗚咽する。その様子を見て 私も貰い泣き。でも
私の驚きは最後にあった。つい声を上げてしまうほどの驚き。
満州で、ソ連抑留から守った入院患者の柳沢孝信という人物。恩を受けた彼は梅宮の家族の脱出に命がけで手を貸す。その写真が出たとき、何かその後、大きなことを したじんぶつでは?と 感じたものだが、画面にサクソフォンが映し出された、工場らしい。「えっ!ヤナギサワ」。あの 管楽器のヤナギサワそれを起こした人物だった。もともとは、楽器の修理を生業としていたが、戦後直ぐ、柳沢が、会社を継ぎ 楽器製造を始めたそうだ。手作りで、一本一本個性のあるすぐれたサクソフォンとして プロの間では有名だ。ジャズプレーヤーに愛用者は多い。高級で高価イメージ。私はヤマハの手ごろなアルトサックスを所有しているが、ヤナギサワは憧れだ。梅宮辰夫の父親とヤナギサワの所長が、強烈な縁で繫がっているとは。梅宮辰夫もそのお騒がせ娘のアンナも、柳沢のおかげで今があるとは。すごい!
真面目に、つとめてきた人は、やはり皆 立派な名声を残すものだ と言うこと。私にはとても出来ないが、若い奴らには、ちょこっと威張って話してみたい。
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これは私のヤマハAS32
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