店主の気ままなひとり言
珈琲工房かわもと店主の、ほとんど独り言

プロフィール

川元 正樹

Author:川元 正樹
店主です。よろしく!



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


P1010585.jpg
鹿児島中央駅一番街。私は平成8年から 4年間この商店街に店を構えた。私がいた頃は旧駅名にちなんで「西駅一番街」80あまりの店が並んでいるが、間に2本の道路が横切り 3区画に別れ 駅の方から 1丁目 2丁目 3丁目と呼ばれ、私の店は 3丁目。駅に近い1丁目は土産店、飲食店が多く、2丁目は2つの大きな衣料品店が中心。3丁目も衣料品店が中心だが、私の向井は時計屋 お好み焼き屋。隣は古着屋と、健康茶の店、写真にある黄色い看板の「沖縄健康茶かわだ」が以前は3丁目にあった。
もともとは 戦後直ぐの頃、朝市が並んでた場所。古くからの店が多い。衣料品も、あでやかなブティックのような店ではなく、ミドル向けがほとんど。唯一 私に特に親切にしてくれた、喜界島出身のSさんが店長をしていた「バギー」という店だけが若年男性向けの商品を扱っていた。顧客も年配者がほとんど。若者や学生が駅への通路として利用するので、通行人はおおいのだが。
で、店主達も、なかなかのつわもの達。素直な性格?の私など、なんだか下手に見られているようで、馴染めないところもあった。年齢が近いSさん 隣のかわださんと店員のMさん 時計屋のお婿さん など 親しくさせていただき、助けてももらったが、大方の商店主からは、「あんな 商売では」と 蔑まされていたのだろう。
私が去った後、ここは環境が大きく変わった。新幹線の開通で駅が新しくなり、駅構内にショッピングモールが完成。ファッショナブルな店が沢山出店。鹿児島の有名菓子店が屋台を並べる区画ではお土産として求める客で終日賑わい。はたして一番街はどうなる?
2丁目はその一角を、一つのビルにした。両サイドに一棟づつ。その2階までが店舗用として作ったが、私が鹿児島にいた10年ほど前はほとんど空いたままだった。「バギー」や古着屋 衣料品安売りのみせも撤退。唯一あったスーパーもなくなった。
いま 鹿児島に行くとき 尋ねてみると、昔のままだ。懐かしい顔が、昔のままの店で見ることが出来る。2丁目のあたらしいビルがあっても、商店街の雰囲気はそのまま。ここは これでいいんだろう。ほとんど2代目になっているが、先代からのノウハウを受けついでいるのだろうか。でも 新しい感覚は取り入れ、商売の基本はそのままに。戦後、必死さを隠さず働いてきた親世代が築いた財産を優しい世代が工夫を凝らしより 親しみやすいものにしている。20年前 私の店を通り過ぎてた、若者達も いまは ミドルになって、やさしい商店街に親しんでいるのかも。
スポンサーサイト


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://coffeekawamoto.blog55.fc2.com/tb.php/857-7fa728f3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。