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苦手な80年代フォーク

インドネシアでは五輪真弓が人気だそうだ。テレビ番組で紹介していたのだが、五輪真弓の事を「80年代を代表するフォーク歌手」と紹介した。違うだろう 70年代から 活躍していたし、代表曲「少女」も「煙草の煙」も「ミスター クラウディ スカイ」も70年代初めには歌っていた。最もレコードが売れた、「恋人よ」が80年初めに発表されたので、80年代に活躍したと思われているようだ。
私が五輪真弓のコンサートを見たのは76年。そのとき弦楽5重奏をバックに数曲歌っていたので、趣が違うと感じはした。でも、みんなが聞きたがっていて最も盛り上がったのは、先の3曲だった。これらはピアノとギターの弾き語りだった。
「恋人よ」は、五輪真弓が10代のときから、アレンジを担当していた木田たかすけの、事故による突然の死の悲しみを歌った曲だ。方向を模索していた時期に最も信頼していたパートナーを失い、この方向に行き着いたのかもしれない。その曲が決定的な支持を得た。
「落日のテーマ」と言う曲がある。あれが70年代五輪真弓の最後だったのかな?

土曜日。ポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)のメモリアルコンサートの模様が放送された。番組はそのコンサートだけでなく、ポプコンから出たミュージッシャンや曲を昔の映像で紹介したり、当時の音楽シーンを ナレーションで紹介していた。冒頭、「30年前日本の音楽が変わった」というナレーションがはいった。「えっ 40年前でしょう」ポプコンが若者の音楽に対する考えを変えた。と言うことだろうが、 上条恒彦と六文銭の「旅立ちの歌」は1971年 小坂明子の「あなた」は73年 中島みゆき「時代」75年。ポプコンの前 「作詞作曲コンテスト」には 天地真理の「水色の恋」の原曲「小さなわたし」もあった。普通の素人達が曲を作り始めた。ということがおおきな変化だとすれば 変わったのは 40年前だと思う。でも
               この歌も聞きたい
コンサートに登場してたのは、辛島みどり チャゲ&アスカ 雅夢とか 私にはぽポプコンとの繋がりがわからなかった人たち。わかってる70年代組は、NSP 、柴田まゆみ 谷山浩子 小阪明子 映像で、中島みゆき や もとまろ ツイスト。渡辺真知子がポプコンで歌ってた?彼女のデビューは70年後半だったが、ポプコンやコッキーポップで聞いた憶えはない。どうも 70年後半から私のきょうみが薄れているようだ 「大都会」 や 「夢想花」 「待つわ」といった 大ヒットした曲はポプコンの入賞曲だと知っているが、ポプコン入賞曲を紹介するラジオの「コッキーポップ」では聞いたおぼえがない。聞かなくなってた。中島みゆき など その後もづっと好きなシンガーなのだが、ポプコンとの縁を意識することはなくなっていた。80年代も続いてたポプコンを知らなかった。
中島みゆきの曲も レコードを買ったのは4枚目まで。その後の曲で知っているのはヒットした曲に限られ、それも 数年経ってから憶えたものがおおい。10歳下の女性とメールをやり取りして、「中島みゆきが好き」と言うので 話が合う かと思ったが、相手の出す曲名が全くわからない。全部80年代の曲だったのだ、教えられ聞いてみたら やはりいい曲だと 思った。しかし 懐かしく聞くのはアルバム「愛していると言ってくれ」の世情くらいまで。ただ 聞き始めて、40年経つわけだから、後から知った曲は沢山ある。
80年から 私のジャズライフが始まっている。音楽はジャズばかり。テレビの音楽番組など全く見てない。80年代に出てきて今も活躍しているひとは沢山いるだろうが、今しか知らない。もうこの年だ。懐かしい歌ばかり聞いて 新しいものへの興味が薄い。
今 ギター抱えて歌っているのは「夜明けのスキャット」「天使の誘惑」「空に星があるように」 70年どころか60年代の歌だ。

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