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「骨髄バンクチャリティー 愛のコンサート IN奄美」
娘がお世話になった 骨髄バンクのため 寄付のつもりで、1000円のチケットを購入していた。時間が取れたので、観賞する事に。年末の第九演奏で 感動させてくれた 奄美オーケストラの演奏も また 聞いて見たい。
コンサート冒頭は 少年少女合唱団。思い出してしまった。 娘 舞も合唱団の一員としてこの舞台に立っていたのだ。今から20年前。合唱団の小さな女の子が 口を大きく動かして歌う姿が舞に重なった。あれから15年後、骨髄バンクに助けを求めたが、叶わなかった。懐かしいのではない、悔しいとか 辛いという感情でもない。ただ 涙が溢れた。
ピアノの田中裕太氏と奄美オーケストラの演奏 ショパンのピアノコンチェルトも よかった。先月の第九を聞いた時と同様に 感激した。こんなコンサートがこの島で体験できるなんて、すごい と、思った。
骨髄バンクへの ドナー登録、私も是非 奄美の人たちにお願いしたい。娘は白血球の型の一つが 「日本人には珍しい」型 だった。
もしかしたら 奄美の人間 独特の型ではなかったのか?と言う疑問がずっと残っている。先祖にはカツオ漁で栄えた集落の人もいる。近隣国の人たちとの交わりもあったのではないか。舞より一年前、同じ病院から同じ病気で逝ってしまった、私とも知りあいだった、Mさんもカツオ漁が盛んな大熊の人だった。奄美に比較的多い型が存在するのではないか?気になって仕様がない。もし そうなら奄美のひとなら たすけることが出来るのだ。
是非多くの奄美の人にドナー登録して欲しい。奄美の人を助けると、思って。

不寛容の社会といわれている。自分と異なるものを許容しない。異なる人種 外国人 宗教 そして対立する考え。異なるものを認めてこそ話し合いが始まり議論してお互いを知れるのに、はなから 毛嫌いするかのような言動を取る。もちろん少数の者たちなのだがその言動こそが 私には異質でやたら目立つ。
在日外国出身者に対するヘイトスピーチは 社会を不安にしてしまう要素として これを処罰する法制度が進んでいる。国外では 滞在難民の排斥主張が大きくなってきた。イギリスは国内不満の矛先が難民に向かい、EU離脱の選択に多くの国民が賛成してしまった。「こんなはずじゃなかった」という意見も後々噴出しているが、一部の過激なアジテーションに引きずり込まれた結果だろう。
冷静に考えれば、隣の人が、外国人だろうが、イスラム教徒だろうが韓国人だろうが、テロリストでもなければ、普段、良き隣人として過ごしているはず。少数の過激意見に翻弄される事はない。面白がって聞き入っていると、いつの間にかポピュラー化して ブームになってしまいかねない。無視する事だ。メディアも無視して欲しいが、少数意見も報道することが民主主義の下の使命だろう。

先日の選挙で、18歳の投票率は51%だったそうだ。全体では54.7%。年代別で比べたら低いのかも知れない。毎回投票率は、地方で高く、都市部で低い。しかし18歳に関しては、都市部で高く、地方で低い。東京 神奈川 群馬で60%を越しているのに対し、香川29.8 大分34.3 鹿児島は非公開となっているが、投票所で高校生は見かけなかった。「大人のやることに口出すな」という風潮が保守的な地方にはあるのだろうか。これまでは大人たちの利害で判断されて投票が行われてきた。これからはそうはいかないのか?51%の票は大きい。18歳にも、認めてもらえる政策が必要になる。高校生に認められる人物でなければならない。彼等を軽んじてはならなくなる。もしかしたら、学生服姿に低頭する光景が現れるのでは、これは自信のない候補者にしか映らないだろうが。
何でこんなことをいちいち書いているのか と言うと 高校2年のときの体験を思い出してしまって。
国政選挙。川沿いの小さな道を単車で行く 前方に候補者が現れた。大勢を引き連れて。立ち止まって、路上の人たちと握手を交わしている。エンジン音を響かせて待機せざる得ない私を、候補者の一団は一瞥しただけ。多くの人が私を見て 通れなくなってしまっていることをわかっている。候補者本人とも目が合った。蔑ろにされたように感じた。票にかかわらない高校生などどうでもよいんだろう。
大勢に進路を塞がれていた時間は 数分だったかも知れない。永く感じた。屈辱にも思えた。
あれから四十数年。そのときの候補者はまだ 議員でいる。私は一度もその男に投票したことはない。その経験が理由で投票しないわけではないが。とても 誠実と書かれたポスターなどに共感は出来ぬ。

「緊急復刊 朝日ジャーナル」。近くのコンビニでこの雑誌を見つけた。学生時代から 廃刊になった平成の初めまで、づっと読んでた雑誌だ。臨時に特別号が出された。読み応えのある雑誌だった。社会的な関心を惹起させてくれた。週刊プレイボーイも読んだが、この硬派な雑誌も絶対読んでおかなければと 思ってた。
その 緊急復刻版 今 刊行しなければならないと、強い思いが出版人にあるのだろう。メディアの義務として。ジャーナリズムの危機をも感じて。社会の風潮に危惧し、政権の独走に取り返しのつかない危険を感じ。戦後歩んできたこの国のありかたが180度転換するかもしれない今、何とかそれを阻止せねばと。
この雑誌の主張と私の考えがおおよそ一致するのは 永く愛読してたのだから 当然か。しかし 全く違う意見も載っている。全く逆で、不思議で仕様がない意見もある。いろんな意見があるのだ。
今 復刊された訳は理解できる。大いに意義のあることだと。国民主権が薄らいでいく。つまりは民主主義が後退する。その危惧を多くのジャーナリストが持っている。それを訴え 考えてもらう為の、刊行だろう。
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奄美龍郷町の新公民館が、建設中。そこには町の文化財を展示する博物館の機能を持ったスペースも出来る。今年 学芸員として採用された、従兄弟の娘、Mちゃんは 公民館が完成する来春にむけ、その準備に奮闘中。そのことを、熊本のくまもとに話すと、「是非自分も手伝いたい」とのこと。自分のふるさとである 龍郷の役に立つことを と、意欲を見せる。彼は英文学の研究者だが、中世の文学。日本だと、古文に当たるらしい。島の方言、島口も、古い言い回しが残っているのが特徴。この方言の研究にも意欲を示す。その変化については共通のものがあるそうだ。より喋易いことばに代わってくる。中世のイギリス文学の魅力を、彼はその文章の素晴らしさ、言い回しの見事さ だと言う。古い言い方と言うことは 日本で 美辞麗句といわれるようなものなのか。彼が翻訳した「カンタベリー物語」は、古い英語を 古い日本語で 表現したようで、日本語で読んでも難しい。これが 奄美の「島唄」でも同じだという。あまり島唄には詳しくないが、各唄の内容については知識を得ている。その歌詞については、普段使う言葉ではないので、正確な意味は知らない。島の中でも東シナ海側の奥深い集落で育ったくまもとは、聴きなれていたその歌詞についても理解していて、中世英文、同様、言葉が巧みで美しいと、評している。
このように島の言語文化と 自分の専門研究の共通点が明確なら、彼の協力は 町にとっても貴重なものになるかもしれない。
Mちゃんに話すと、「是非 お願いします」と。学芸員として、新たな道に入ったばかり。心強い申し出だと思う。観光の専門知識を学んできたが、古里の歴史文化の研究者になる。その ノウハウについても、博物の展示方法にしても、世界のミュージアムを視察してきたくまもとには、より多くのことを 教しえて欲しい。
Mちゃんの言葉を、くまもとに 伝えたとき、「お前も一緒にやるんだよ」って 無茶な。島唄歌えない。島言葉使わない。彼が お姉さまと方言で交わす話は、英語より聞き憶えのない難解なもの。この場に至って 少し興味は出てきたが、他の周囲の島人より その知識は劣っている。でも
思い出したことが。学生のとき、知った 沖縄学の伊波普猶の事をしり、大学の図書館で その 全集を借りて読んだことがある。十巻の内 第一巻だけだけど。そのときは熱心に読んだはず。「アマミキヨ」なんて 神話の中の名前に、おおきく反応した。大学卒業のとき、「ライフワークとして 民俗学を やりたい」なんんて、教授へ文章を提出していた。思い出しただけで、だから 私も!とは考えてません。これは Mちゃん くまもとにぜひ 頑張ってもらおう。